第74話 為替をしよう
「リーズ、よくやった。砂糖を国民が造れるようにしたそうだな」
俺は白亜の城の玉座の間で、アミルダ様と謁見を行っていた。
横にはエミリさんとバルバロッサさんも控えている。
ハーベスタ国が砂糖生産を可能にしたことで、莫大な利益をもたらす特産品が生まれた。
砂糖は高価のため少量を持ち運ぶだけでも、商人に多大な利益をもたらす。
なので各国の商人の中でも目ざとい者は、こぞって砂糖を仕入れようとすでにハーベスタ国に行商に来ていた。
そして商人たちは手ブラで来るはずがない。ハーベスタ国にやって来る時に、馬車にしっかりと商品を載せて訪れる。
つまりは我が国に物が集まって経済が回り始めるということだ。
「耳ざとい商人は私にお近づきの品を送ってきている。どうやら奴らも砂糖の交易に一枚噛みたくてしかたないらしい」
「甘い汁ですからね、文字通り」
「おかげで商人がハーベスタ国に集結し始めている。ここにも拠点や支店を作るつもりだろう」
物や金が集まるということは、それを求めて人もやって来る。人が増えればより市場が大きくなるので大手商会が生まれていく。
経済とは回れば回るほど活性化していくのだ。金は天下の回りものとはよく言った物だ。
昔の日本で江戸っ子は宵越しの銭を持たず、きっぷがよいのを自慢していた。
この考え方自体が経済を回すことになるのだから、ある意味では経済対策になっているかもしれない。
むしろそれを見越して財政担当のお偉いさんが、この考え方を広めていたとか……流石に考えすぎか。
「リーズ、見事だ。本当に特産品を作りだせるとはな。これで停滞していた経済も動き始めるはずだ」
アミルダ様が少し嬉しそうに告げてくる。
だがここで満足してはいけない。砂糖は確かに素晴らしい物だが、量産が不可能なものではないのだ。
現代地球では砂糖の価格が暴落しているように、将来的には下がってしまう恐れがある。
なのでよりハーベスタ国の立場を盤石にするため、以前にうろ覚えで申告できなかったことを話すことにする。
「アミルダ様、経済を更に動かす案を具申したいのですが」
「ほう。言ってみよ」
「我が国における金銭の流通量を増やすべく、為替……預かり証を発行しての金融の開始を提案いたします」
「……なに?」
アミルダ様は怪訝な顔をされた。
そりゃこの説明で分かるはずがないので、俺はさらに話を続ける。
「現状では金貨がなければ経済は動きません。つまり商人が移動する場合、大金を持ち運ぶ必要が出てしまいます」
「当然だな」
「ですがそれでは不便です。ですので我が国で手形を発行し、国内でならどこの街でも預けた金を引き出せる仕組みを作るのです」
俺の言葉にアミルダ様は察したようで、あごに手をつけて考え始めた。
「…………金銭と交換すると確約して、名義人アリの手形を発行するということか? ……その手形自体に金の価値がつく。何なら商人どもが名義を変更することで手形を金貨代わりに、実際の貨幣の量よりも経済をより動かすことが出来てしまうと」
「その通りです。結局のところ、黄金なんて素材としては大して役に立ちませんからね」
黄金は貴重だ、というのはおそらく生まれ持って人間に染み付いた価値観なのだろう。見た目が輝いていて綺麗とかで。
地球でもこの世界でも黄金は凄まじく価値を持っている。
だが本来ならばこれはおかしな話なのだ。何せ……黄金自体に大した使い道はないはず。
黄金で腹は膨れないし、道具として使うなら鉄の方が遥かに優れている。
とどのつまり、黄金とはそれ自体に利用価値は大してない。それにも関わらず、世界中の人間がその価値を認めている不思議な物体Gだ。
不思議な物体Gは見た目が綺麗で、腐らないため劣化に強くて確保がそれなりに難しい。だから素材自体が有用でなくても、価値ある物と判断されている。
ようは民衆がその価値を認めさえすれば、黄金が他の物に成り代わっても全くおかしくない。
それこそ我が国の発行する手形に信用があれば、記載した金額の価値になる小切手にすることだって可能なのだ。
古来では米や塩を貨幣と扱っていた話もあるくらいだ。それらはすぐ劣化するために発展しなかったが。
「……信用の問題はあるがそれをクリアできれば、商人たちも大金を持ち運ぶリスクを減らせる。金貨を紛失すればどうしようもないが、手形を失くしても預けた者と確認が取れたら返せるようにすれば……それに野盗も減らせるか……?」
アミルダ様はすごく真剣な表情で思考を纏め始めている。
商人にとって大金を持ち運ぶとはかなり危険が伴うのだ。
行商中に持っている金貨を狙って野盗に狙われることもある。
だがそこでハーベスタ国内の商人は、金貨ではなくて手形を持ち運ぶようになればどうなるか。
手形を金貨などに代えるのは名義人でなければならない。盗賊からすれば盗んでも仕方がないのだ。
商人が皆、金貨ではなく手形を持ち運ぶようになれば……野盗は商売あがったりでハーベスタ国から去って他の国に行くだろう。
「問題は名義人をどう担保するかだな……やはり引き出し先を固定させて、貸した者がそこに書類を送るなどか。偽造に対策は責任者のサイン付きとでもすれば……」
アミルダ様に突拍子がないと判断される恐れもあったが、どうやらそれは懸念だったようだ。
「リーズよ、この理解で合ってるであるか? 例えばギャザ街で金貨を預けて手形を手に入れて、タッサク街で手形を渡すことで預けた金貨を引き出すと」
バルバロッサさんが唸りながら聞いてきたので肯定する。
「はい、その通りです」
「でもそれだと、私たちのお金が足りなくなりませんか……? ギャザ街の金貨が増えて、タッサク街の金貨が減るのが繰り返されたら困りません?」
「おお、確かにそうなのである」
バルバロッサさんとエミリさんの疑念も最もだろう。
俺だって為替の仕組みを知っていなければ、彼らと同じように考えるはずだ。
「いえ。ギャザ街からタッサク街に向かう人もいれば、逆にタッサク街からギャザ街に向かう人もいます。最終的に金貨のつり合いはある程度取れると思います」
「あー……どちらかだけに移動する人は、そこまで多くないだろうと?」
「その通りです。宗教の巡礼ルートとかなら話は別かもですが、メインターゲットの商人なら街の間を往復するでしょうし」
エミリさんの疑問に対して返事をする。
もし商業ルートが固定されて、一方からの流通が多くなったならばその時はその時だ。
定期的に金貨を運ぶ部隊でも用意すればよいだけだ。超厳重に警備すれば野盗も襲ってこれないだろう。
奴らとて命がかかっているのだ。弱い商人は恰好の的だが、万全の警備体制の隊を狙うのは普通は避ける。
「……確かに面白き案だ。試しに砂糖目当てでやってきた商会に対して、使わせてみるとするか。使うなら砂糖を優先的に販売するとでも言えば首を縦に振る」
「それがよいと思います」
為替で崩壊することはそうそうないだろう。
何せ預かった金を返金するだけの仕組みなので俺達に大した損はないのだから。
後は金貨などを余分に用意しておくだけだ。
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