第119話 アガボラエメ三国同盟?


 アーガ王国は周辺国家を飲み込んで巨大化したため、全方位の国と常時対立していた。


 本来ならセルフ完全包囲網で、そんな状態で国土を広げるなど難しかっただろう。


 だがリーズのチート能力をこき使って勝っていた。


 具体的には敵に軍を揃える時間を与えずに、電撃的に滅ぼしてしまうのだ。


 普通ならば大軍を揃えるならばかなりの準備が必要だ。兵を集めるのはもちろんのこと、特に兵糧を揃えるのに馬車をかなり動かさなければならない。


 大量に馬車を動かせば隣国が察知できないはずがなく、それを見て防衛準備をし始める。


 更に言うならばそもそも軍を養えるほどの兵糧を用意する自体、出費がかさんでかなり大変なことであった。


 だがリーズの力があれば兵糧の準備は不要だ。このアドバンテージはあまりに強大であった。


 また今のリーズよりも、アーガ王国の時のリーズの方が魔法の使い方が上手。より多くの物資を用意できていた。


 質より量と厳命されていたため、酷い時のリーズは四万以上の兵の物資や兵糧を全て賄っていたりしたのだ。


 逆に言うとリーズを失った時点で、アーガの力は半減以下になっていてセルフ完全包囲網で戦い続けるのは不可能だ。


 故に……アッシュはとうとう、ようやく、ここまでズタボロになってから隣国たちに同盟を持ちかけた。


 彼女は屈辱に焦がれながら頭を下げたのだ。そうしてボラスス神聖帝国内の教会に三国の代表者が文字通り一堂に会した。


 アッシュからすればこれも大恥だった。今の絶対的権力を握った自分が、敵国に出向かねばならないことを。


 彼らは宮殿内の質素な部屋にて、同じ円卓のテーブルで会談しあう。


「我らボラスス神は自由を追い求める者を救う。アーガ王国こそケダモノ、自由の渇望者なりや。我らに仕掛けてこぬならば、むしろボラスス教義に沿った好ましい国。喜んで盟を結ぼう」


 祭服を身に着けた白髭白髪の老人――ボラスス神聖帝国の教皇――は、愉悦そうにアッシュを見つめた。


 アッシュは固まった笑みをはりつけて、エメスデス王国の代表者に視線を向ける。


 ウェーブのかかったロングヘアを腰まで伸ばし、ヒラヒラのドレスを着たいかにも貴族令嬢な少女。


 一見すれば十三歳以下の未成年にしか見えない娘は、ニコニコと笑みを浮かべてアッシュを値踏みするように見ていた。


「ダウル辺境伯……殿。貴女はいかがです?」

「そうですねー。正直アーガ王国は欠片も信用できません。今までも散々一方的に攻めてきましたからー」

「おほほ。過去のことにこだわっては未来に進めませんわよ?」

「それを貴女が言いますのー? とは言え私としてもエメスデス王を引きずりおろしたいので、後ろに敵を抱えるのは得策ではありませんねー」


 この場に不釣り合いに見える少女は、アッシュに対して明らかに見せかけの笑いを返した。


 ダウル辺境伯はエメスデス王国の一領主。エメスデスとアーガの国境を接している土地は、全て彼女の領地であった。


 彼女はエメスデス王の名代としてこの会談に参加している、わけではない。


 エメスデス王はこの件を一切認知しておらず、また絶対に承知しなかっただろう。


 今こそアーガ王国に攻め入る時と鼻息荒くしたはず。だがその尖兵となるのはダウル領の兵士である。


 ダウル領は王からロクに救援ももらえずに、散々アーガ王国との争いの盾にされていた。


 国に所属して税を貢ぐ、代わりに庇護下に入る。それが本来の国と土地の関係だ。


 だが現状ではダウル領はエメスデス王国に所属する意味はなく、ただ税金だけ払わされてばかばかしいにもほどがある。


 その上に更に侵攻の駒にされて被害を強いられるのは御免だった。


「アーガの口約束などとても信じられません。ですが私たちが攻めないと口約束しておいて、貴女たちがハーベスタ国に全力を向ければダウル領に攻めるための兵がいません。ならば停戦のメリットはありますねー」


 彼女は思案しながら呟いた後、最後にボソリと。


「まあ内心ではアーガには、是非ハーベスタに負けて滅んで頂きたいですが」

「わ、私の前でよくそんなことがほざけますわね……!」

「今まで散々好き放題してきた報いではー? 私の領地を守ってくれないエメスデス王も御しがたいですがー、貴国も同じく憎悪の対象です。利害が一致したので組むだけ、支援を求めてきたらゴブリンの耳を送りましょう」 


 最後の方の言葉はトーンを落としつつ、涼しい顔をするダウル辺境伯。


 対して醜く顔を歪ませるアッシュ。


「我がボラスス神聖帝国はアーガ王国に助力しよう。兵は送らぬが物資の類ならば援助する」

「ありがとうございますわ! ボラスス教、なんてすばらしい教えなのでしょうか! 今度アーガの国教にすることも考えねばなりませんわね!」

「それもまた自由」

「無益の奉仕なんてすばらしいですねー。どんな裏があるのでしょうねー」


 こうして三者三様の理由からアーガ、ボラスス、エメスデスの三国同盟が――ダウル辺境伯は不可侵条約のため同盟というより休戦協定だが――結ばれた。


 だがエメスデスは国ではなくて、ただの一領地の代表が結んだので……かなりカオスな同盟であった。


「では私はダウル領に帰らせていただきますー。キツイ香水で誤魔化していますが、この宮殿からは墓場のような匂いもしますしー」


 ダウル辺境伯の訝し気な視線に対して、ボラスス教皇は柔らかな笑みを浮かべている。


 それを彼女は少し観察した後に、今度はアッシュに微笑みかけた。


「アッシュ殿、貴女に大国を御する覇王の魅がないのは見定めましたー。二度とお会いすることはないですー。清々しますね、では地獄に落ちてごきげんよう」


 ダウル辺境伯はスカートのすそをあげて、明らかに礼など伴わせないように物凄く僅かに頭を下げた。


 これ以上同じ空気を吸いたくないとばかりに、さっさと部屋から出て行ってしまう。


 その無礼な態度を見て更にアッシュは激怒した。


「なんと無礼な者なのでしょう! 風の識者とか指揮者とか呼ばれてるそうだけど、空気の読めない愚か者よ!」

「それもまた自由」

 

 こうして各々の事情はともかくとして、アーガ王国は全兵力をハーベスタ国にぶつけられるようになった。


 しかも慢性的に不足していた物資が、ボラスス神聖帝国によって支援された上でだ。


「ふふふふふ。あっはっはっはは! 見てなさいハーベスタ! 真の力を取り戻したアーガ王国なら、ハーベスタ国に負けはしないのよ!」

「違いますな、まだアーガ王国は完全ではない」


 部屋に残っていたボラススの教皇が、アッシュの高笑いを遮る。


「完全ではないとは?」

「戦とは将の力が大きく影響する。そして貴女はハーベスタ国との戦で失った者がいる」

「…………」


 アッシュは図星をつかれて押し黙ってしまう。


 彼女にとってバベルを失ったのは、埋めようのない損失であり続けているのだろう。


 例え数万の軍を扱えても、今のアーガ王国にはそれを統べる名のある将が残っていないのは事実だった。


「眉唾ものの噂で聞いたことは? 我らボラスス教には死者蘇生の秘術ありと」

「ありますわね」

「それは本当なのです。大量の魔力を消費する上に、同じ人間は一度のみですが。我々はアーガにとってかけがえのない将を蘇らせた」

「…………!? ま、まさか……! いやでもアンデッドになった者を渡されても……」


 人をゾンビの類にして蘇らせるのは、難しくはあるが不可能ではなかった。


 数年以内に死んだ者に限るなども条件もある上に、そもそも知能などが消えているので蘇生のメリットが皆無だが。


「ご安心を、アンデッドの類でもありません。十把一絡げで量産するアンデッドとは違って大層魔力を使って蘇らせましたとも」

「!?」


 アッシュは歓喜の笑みを浮かべる。


 死者蘇生の魔法自体はこの世界に存在する、それ自体は有名な話だ。だがそれを扱える者はすでにいないはずだった。


 S級ポーションと同じくほとんど伝説の代物であった。だがポーションだって作れる者がいる。蘇生もあり得る話ではあるのだ。


 まさかこんな状況でボラススの教皇が嘘をつくはずがない。


 彼女はバベルという右腕を失っていたが、それを取り戻せるとなれば百万の軍(本人基準)を得た想いだろう。


「ま、まさかバベルが……バベルがっ!」

「さあ出てきなさい! その英知で再び力となるのです!」


 ガチャリと部屋の扉が開かれていく。


 そこから現れたのはアッシュの見知った姿、アーガ王国の英雄にしてすさまじい勝率を叩き出した男。


「ボキュが蘇ったからには、全て任せるんだな!」

「いやあああああああああぁぁぁぁぁ!?」


 常勝将軍ボルボル、ここに復活の狼煙をあげるのだった!


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同盟(同盟とは言ってない)。

どう見ても休戦協定の類ですが、それもまた自由(?)。

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