第16話 無能


「いけぇ! 奴らにトドメを刺すんだなぁ! 女王とその娘は捕らえてボキュに差し出すんだなぁ!」


 ボルボルは馬車の中から命令を叫ぶ。


 アーガ王国軍の切り札であるセレナによって、ハーベスタ国の業炎鎧とバルバロッサは無力化されている。


 この状況ならば数で圧倒的に勝るアーガ王国軍は負けるはずがないのだと。


「ぷぷぷ! お前らなんてボキュの前では無能なんだな! 覚悟するんだな! ボキュの天才的指揮の前にくたばるんだなぁ!」


 兵士たちが前進を始める。


 それを見てボルボルは確信していた。この戦いは自分の天才的指揮によって圧勝を迎えると。


 そんな彼の高揚に水をぶっかけるかのように、副隊長が外から何か叫んできた。


「ぼ、ボルボル様! 敵後方から新たな部隊が! 何やら妙な武器を持っておるように見えまする!」

「…………はぁ、お前は無能なんだな。この状況で何ができるって言うんだな! 突っ込むんだなぁ!」


 ボルボルは報告を受けても気にもしない。


 どうせこけおどし、見たこともないぶっつけ本番の武器なんて怖くもなんともないのだと。


 だがその考えは致命的に間違っていた。ここで警戒して引いていれば状況は変わっていただろうに。


 敵後方のクロスボウ部隊が弓を発射し、まさかの遠距離攻撃を受けたアーガ王国軍は混乱に包まれる。


 未知なる兵器の強さ、それは予想の外からの被害によって敵を混乱せしめることが大きい。


 身構えていないことで被害を食らうのは、不意を突かれた夜襲に通じるものがある。


「ひ、ひいっ!? な、なんだ! 何が飛んできた!?」

「と、投石だっ! こっちも石投げろっ!」

「あいつら金属鎧なんだぞ!? 投石なんてきくかよっ!? しかも石なんて用意してねぇぞ!?」


 周囲の味方がいきなり倒れて、アーガ王国兵士たちは混乱の渦に包まれている。


 これが普通の弓を構えられていたならば、彼らももう少しまともな対応ができただろう。


 戦場でよく見る武器であり対応策も彼らの頭にあったはずだ。


 だが遠目から見えるハーベスタ軍の構える武器は、とても弓の類には見えなかった。


 つまりどのような対応をすれば最適かが咄嗟に分からないということだ。


「ひ、ひけっ! このままじゃ狙い撃ちだぞ!?」

「ば、バカ野郎! 敵は弓なんだろ!? なら距離つめないと!」

「違う弓じゃない!」

「じゃあ何だってんだ!?」

「弓じゃないけど弓だ!?」


 もはや兵士たちは大混乱の中にある。


 ここで優秀な指揮官がいたならば、こうなる前に即座に喝をいれただろう。


 だがここにいるのはその真逆。


「なっなっなっ!? なんなんだなあれはぁ!? ズルいんだな! 卑怯なんだな! ボキュの知らない武器だなんて!」


 指揮官であるボルボルが最も狼狽していたのだ。軍が統制を保てるわけがない。


 かろうじてまともな能力を持つ副隊長が彼に指示を求める。


「ぼ、ボルボル様! いかがいたしますか!?」

「前に出るに決まってるんだなぁ! ここまで来て撤退なんてあり得ないんだなぁ!」

「そ、総員前に進めぇ! ぼ、ボルボル様も前進を……」

「はぁ!? ボキュが矢に当たったらどうするんだな! お前らとは命の価値が違うんだなぁ! さっさと行くんだなぁ!」

「は、はいっ!」


 ボルボルの判断はある意味では正しく、致命的に間違っていた。


 遠距離武器を持つ敵軍の射程内に留まれば、一方的に射撃を受け続ける愚の骨頂だ。


 前に出て近接に持ち込むか、敵の攻撃が届かぬほど離れて仕切り直すか。


 その二択を悩んでいたならば、優秀な指揮官なら気づけたはずのことがあった。


 外れたクロスボウの矢がそこまで飛んでおらず、射程距離があまく長くないと推測をたてれたかもしれない。


 そうなら下がって態勢を立て直す、もしくは撤退も選択肢になる。


 アーガ王国軍は攻めている側でかつ後方部隊も控えている。退こうと思えばいくらでも撤退できるのだから。


 現状のアーガ王国軍はまともに統制を取れてない。ならば建て直すべきであった。


 だがボルボルの頭には二択などない。何も考えずに突っ込めと指示した。


 兵士たちが恐怖に怯えながらもかろうじて前に進む中、ボルボルは矢などに巻き込まれるのを恐れて馬車を止めていた。


「銀雪華! 敵を全部凍らせるんだなぁ!」


 ボルボルはバルバロッサと相対しているセレナに叫んだ。


 だが彼女もまた余裕がない。セレナはバルバロッサを抑えているが、それは逆に彼女も対応のために自由に動けないことになる。


「……無理です。バルバロッサさんが……」

「はぁ!? 優秀な魔法使いが何を言ってるんだな! 根性見せるんだな! 出来ないならもうポーション渡さないんだな! 妹がどうなってもいいんだな!? この戦いに勝ったらS級ポーションもあげるんだなぁ!」

「……っ!」


 ボルボルは他人の嫌がることを理解するのは天才。


 セレナを脅すには妹を出汁にすればよいと本能で理解していた。


 それを聞いていたバルバロッサは、戦場に相応しくない馬車をにらみつける。

 

「なるほど、だいたいは分かったのである。…………この外道がぁ! 馬車から出てくるのである! 吾輩が成敗してくれよう! 出てこないなら馬車ごとぶっ飛ばすのである!」

「げ、げ、げ、外道はお前たちの方なんだな! さ、ささとやるんだな!」


 バルバロッサの咆哮に怯えて、馬車に隠れながら声を震わせるボルボル。

 

 それに対してセレナは唇を噛んで頷いた。


「……永久の氷、我が眼前は絶滅する」


 彼女の足もとに巨大な魔法陣が発生する。それに対してバルバロッサは凍った丸太を地面に突き刺し、腕を組んで眺め出した。


「ふむ、お主の最強魔法か。それを食らえば我が軍百人以上は軽く死ぬのである」

「ぷぷぷっ! さ、さっさと死ぬんだな! ボキュに逆らって生きているなんて大罪なんだな!」

「……うーむ、もうよいか。明らかに脅されているのがわかったのである。リーズ、待たせてすまなかった。好きにやるのである!」


 バルバロッサが手に持った何かに向けて呟いた瞬間、けたたましいクラクションとエンジンの音が聞こえてきた。


「ひ、ひいっ!? あ、あれはっ!?」


 それにトラウマを植え付けられたボルボルが馬車から外を覗くと、すでに魔動車が爆走して眼前に迫っていた。


 馬はクラクションという未知の音に完全に怯えてしまい、もはや馬車は動かすことすら不可能である。


 つまりボルボルの運命はここで決まった。


「くたばれゴミ野郎!」

「ひ、ひいあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 リーズの叫びと共に魔動車が馬車の側面に突進し突き破り、ボルボルを数メートルぶっ飛ばす!


 再び轢かれたボルボルは地面を無様にゴロゴロと転がった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

現在の配置、少し分かりづらそうなので図で記載します。


戦場ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


             バルバロッサ→←セレナ  ボルボル


ハーベスタ軍  ←アーガ王国軍   



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


アーガ王国軍は突出したバルバロッサを避けて、弓の雨に晒されながらハーベスタ軍に向かって前進しています。

最高指揮官ボルボル、自ら軍の指揮を放棄する完璧な采配。

ただでさえクロスボウの被害で士気壊滅状態なのに、あれでも一応は最高指揮官のいなくなった軍の未来はどっちだ!

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