第15話 再侵攻を阻止せよ


 色々と準備し始めてから一月。


 月の初めに屋敷で行われる評定で、アミルダ様は手紙を鼻で笑っていた。


「アーガ王国に再侵攻の動きがある。敵は一万五千、対して我が軍は千だ。それと降伏勧告の手紙だが傑作だぞ。見てみろ」


 アミルダ様が机に広げた手紙には以下の内容が書かれてあった。


 ――お前たちに勝ち目はないんだな。さっさと降伏すれば特別にボキュの性奴隷として奉仕させてやるんだな。こちらには切り札の魔法使いがいるから絶対負けないんだな。早くボキュ色に染め上げてやりたいんだな。


 ……うわー、どれだけ上から目線なのか。文章だけでなんかこう、『にちゃぁ』と出せるのはある意味すごい。


 エミリさんなど手紙を見て顔をゆがめている。


「叔母様。私、鳥肌立ってきました……人間ってここまで気持ち悪くなれるものなんですね……」

「ここまで下劣なのはもはや才能の類だな。しかし切り札の魔法使いとほざいているが、王国にそんな優秀な者がいたのか?」


 アミルダ様から言われて考えるが……特に思いつかないな。


 十把ひとからげの魔法兵士なら多少はいたが、特別優秀な者はいなかったはずだ。


 もちろん魔法使いという時点で、特別優秀な者でなくても戦場においては強力ではあるが……。


「魔法部隊はいました。でも切り札となりえるような技量の者は知りません」

「ふむ、ならば外部から雇ったと考えるべきか。もし本当ならばの話だが。普通ならばわざわざ切り札を言ってこないとは思うのだが」

「ボルボルを舐めてはいけません。あいつの無能さは天下一品ですよ、たぶん本当だと思います」

「なんと愚かな。自ら切り札の存在とヒントまで漏らすとは……吾輩、こんな奴が味方にいなくてよかったのである思う次第。あげくこれが指揮官とは地獄である」


 バルバロッサさんが腕を組んで頷いている。


 まあ普通ならボルボルなんて指揮官になれるわけないからな。


 アッシュが大貴族であるあいつの親父に恩を売るために、ゴリ押しで昇進させただけだから。


「それと今回はアーガ王国も物資を揃えていると、敵軍に忍ばせた間者から報告を受けている。前回のような錆びた槍だけということはなさそうだ」

「流石に学習するんですね、あいつら」

「獣程度の知性はあるということだ。今回は後方部隊も補給物資のために配置しているらしい。そこは間者に破壊工作をさせる予定だ」


 アミルダ様は呆れたようにため息をついた後、俺達に対して真面目な顔を向けた。


「今回は前ほど容易な戦ではないだろう。だが我らに負けは許されない。決死の覚悟にて敵を打ち破るぞ、出陣の準備をせよ!」

「「「はいっ!」」」


 そうして俺達は再び千の兵士を引き連れて出陣した。


 以前と同じく国境付近で陣を敷いてアーガ王国軍と相対する。


 魔導双眼鏡で敵軍の状態を確認する。


 敵兵士は全員が皮鎧をつけていて、錆びた槍など持っている者も見当たらなかった。


「今回は最低限はまともな装備で来たようですね」

「そうだろうな。だがそれでも装備の質には圧倒的な差があるが」


 アミルダ様の仰っていることは正しい。


 俺の用意した鉄鎧はかなり頑丈で質がよいからな。対して敵軍は皮鎧だし。


 それとやはり敵の主武装は槍のようだ。たまに鈍器であるメイスを持っている者もいるが少数。


 この時点でアーガ王国はやはり物資調達に失敗しているのだ。


 全身金属鎧に対しては槍よりも鈍器で殴りかかったほうがよい。槍の刃は弾かれるが、メイスなどなら装甲の上から殴り殺せるからな。


 なので敵の装備が槍多めの時点で俺達が有利なのである。


 そんなことを考えているとアーガ王国軍に動きがあった。


「敵軍、こちらに前進してきます!」

「迎え撃つぞ」


 今回は四方から囲む作戦は取らない。


 流石に同じ手は警戒されてしまうからである。ただし伏兵三百を用意しているが。


 兵七百で一万五千の軍にぶつかるのは本来なら自殺行為だが、こちらには強力な軍団がいる。


「業炎鎧部隊とバルバロッサを前に出せ。敵軍を正面から食い破るぞ」


 業炎鎧部隊ならば人数差を覆すことも可能だ。バルバロッサさんに至っては言うまでもない。


 彼らが大暴れすることで大軍相手でも当たり負けしない。


 これで勝てればすごく助かるのだが……。


「やっぱり無能なんだな! 同じ手がこのボキュに通用するはずがないんだな! いけっ!」


 ボルボルの指示に従って敵からもひとりの少女が前に出てきた。


 華奢でとても武芸に秀でているようには見えない。ほぼ間違いなく魔法使いだろう。


 銀髪の髪をポニーテールにまとめて大きな杖を持っている。


「……? アミルダ様、ローブを着た少女が出てきましたよ。…………アミルダ様?」


 返事がないのでおかしいと思い、アミルダ様やエミリさんのほうに視線を向ける。


 するとアミルダ様はため息をつき、エミリさんは驚愕の表情を浮かべていた。


「やはりか」

「そんな……なんでセレナが……!」


 セレナ……アミルダ様たちが以前に助けてと手紙を送ったが断られた人の名前だったはず。

 

 確か彼女が味方になってくれれば、千の兵士を得た想いだとか言っていたような……。


「むぅ……! セレナ、何をしておるか! よりにもよってアーガ王国軍についたと申すか! その国が酷いことは貴様も知っておるだろう!」


 バルバロッサさんの咆哮のような叫びが戦場に響く。


 だがセレナという少女は気まずそうにしながらも、彼から相対することをやめない。


「すみません、バルバロッサさん……どれだけ恨んでもらっても構いません。でもセレナは……ハーベスタ国を滅ぼします」


 セレナさんは威嚇するように杖の先端をバルバロッサさんに向ける。


「…………そうか。お前にどんな理由があるかは知らぬ。だが外道に落ちたならばもはや敵だ! このバルバロッサ、敵に対しては一切の容赦をせぬ!」


 バルバロッサさんは丸太を大きく振り回し、その余波で戦場に突風が吹き荒れた。


 二人はしばらくにらみ合った後。


「参るぞ!」


 バルバロッサさんが勢いよく突進し始める。対してセレナは杖を軽く振るった。


「……ごめんなさい。氷の悪戯スノートリック


 彼女の周囲から白い光線が大量に発射され、バルバロッサさんは丸太で大半を防ぐが彼の右腕にそのうちの一本が直撃。


 すると彼の腕が氷に包まれてしまった。丸太も冷凍光線に直撃した箇所は完全に凍り付いている。


「むぅ! 相変わらずの氷魔法であるな!」


 バルバロッサさんは感心の声をあげる。


 だがそれだけでは終わらない。更に他の光線は業炎鎧部隊に襲い掛かり……。


「なっ!? よ、鎧が!?」

「嘘だろ!? 業炎鎧が砕けるなんて!?」


 彼のすぐ後ろで待機していた業炎鎧部隊、彼らの特別性の鎧が光線に当たってひび割れて砕け散った。


 ……最悪だ。業炎鎧は常に熱されていることを想定した金属である。


 熱にはすごく強く作ってあるのだが、その分だけ急速に冷やされると少し弱いのだ。


 そのために今の冷気に耐えられずに砕けてしまった……いやでも少し強すぎるような……。


 氷の悪戯スノートリックはそこまで強い魔法ではない。何なら低級に位置する魔法だ。


 ひとつならともかく三十もある業炎鎧、しかも鎧自体が強烈な熱を持っているのものを砕けさせるほどの魔法ではないはずだ。


 優秀な魔法使いとはいえ低級魔法でそこまで威力出せるとは思えない……いや壊れたけどさ。


 なんかこう、作り手としてのプライドというか。違和感というか。


 敵も魔法をブーストしている道具を用意しているようには見えないし。


「ふん! ……アミルダ様! これはまずいのである!」


 バルバロッサさんが右拳を強く握りながら叫ぶと、腕を包んでいた氷が粉砕される。


 そうこれは凄まじくマズイ。


 俺達が一万五千の敵と正面衝突を選んだのは、ひとえに業炎鎧部隊とバルバロッサさんの武があってこそ。


 だが業炎鎧部隊は鎧が全損し、バルバロッサさんはセレナと相対している。


 つまり……凄まじく多勢に無勢。こちらの部隊は金属鎧があるとはいえ、敵も鈍器などを持っている者もいる。


 このまま戦えば俺達は圧倒的に不利だ。


「ぷぷぷ! お前らなんてボキュの前では無能なんだな! 覚悟するんだな! ボキュの天才的指揮の前にくたばるんだなぁ!」

「おおおおおおぉぉぉ! やっとだ! よくも前はやってくれやがったなぁ!」

「覚悟しやがれ! このゴミ共がぁ! 男は殺して女は犯してやる!」


 ボルボルの勝ち誇った声が聞こえてきて、敵兵士たちが前進を再開し始めた。


 馬車からわざわざ顔を出して叫んでいるのだろう。暇人だな。


 奴は俺達の切り札を破って完全勝利したつもりでいるのだ。だが致命的な勘違いをしている。


 こちらには伏兵がいるということを、奴は結局気づかなかった。


「ふむ。兵の数が不足していると警戒されるか懸念していたが……エミリ、合図を」

「は、はいっ!」


 エミリさんが光魔法を空に放った瞬間だった。


 近くの森に隠れていた部隊が一斉に俺達の後方に躍り出て、彼らから大量の矢が発射され敵軍へと襲い掛かる!


「ひ、ひいいぃぃ!? あ、足がぁぁぁぁ!」

「ば、バカな!? 弓部隊がハーベスタ国にいるなんて聞いてないぞ!?」


 油断しきった敵は予想外の攻撃に混乱している。


 それも当然だろう。弓、それは銃のない時代において最強の武器だ。


 遠距離から一方的に射ることが出来れば、それこそ戦いにもせずに打ち勝てる。


 だが最強の武器でありながら、前回の戦ではハーベスタ軍もアーガ王国軍も弓部隊がいなかった。


 その理由は簡単だ。弓はまともに使えるまでに数年単位の訓練を要する。


 素人ではまともに矢を発射させることすらできず、我がハーベスタ軍はほぼ全員が農民を徴収した兵士。


 そのため急に弓兵部隊の数を揃えるのは困難なのだ。


 だからアーガ王国軍も俺達に弓部隊はいないと判断していた……と思う。ボルボルは何も考えてない可能性高いけど。


 よく大河ドラマなどで弓兵が普通に出ているが、彼らは雑兵ではなく選ばれしエリートなのである。


 弓と比べて銃が重宝される理由のひとつも、引き金ひとつで誰でも撃てることだ。


 下手な鉄砲数うちゃ当たるというが、下手な弓はそもそも撃つことすら出来ないのだから。


 だが……弓を使えぬ者でも撃てる矢がある。


「クロスボウ部隊、次弾を発射せよ」


 アミルダ様の命令と共に、混乱している敵軍に次の矢が発射された。


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