閑話 兵士たちの振り返り


 俺達は今日もバルバロッサ様の訓練を終えて、いつものように三人でギャザ自慢の酒場で飲んだくれていた。


 この店の酒は安いのだ。米やトウモロコシを原料にした酒を日夜開発していて、そのおこぼれをお試し価格として売ってくれている。


 兵役者しか使えない国経営の酒場な上に、兵士ですら月に五日しか入らせてもらえないのだけが玉に瑕だが。


「ひっく……まったく、訓練がきつすぎるぜ……今日は二回も腕の骨が折れた」


 同期の一人が両腕をぐるぐる回しながら愚痴って来る。


「足がねじ曲がった俺よりはマシだろ。ものすごく痛かったぞ……」


 もう一人が両足をバタバタさせながらため息をつく。


 バルバロッサ様の訓練は本当にキツイ。毎日負傷者が続出しているのだ。


 だが俺達は訓練後にはピンピンしている。いつも怪我する度にC級ポーションが出てきて、すぐに治してもらえるからだ。


 おかげで骨を折るなんて日常茶飯事。ひとり折れましたーみたいなノリで報告するレベルだ。


「バルバロッサ様、マジで手加減しないからな……なんで同じ鉄剣同士でかち合って、一方的に俺達のが割れるんだよおかしいだろ」

「いやあの人はあれでもかなり手加減してるぞ。本気で剣振ってたら、俺達の剣どころか持ってた腕も一緒に粉々になりかねん」

「恐ろしい……まあ給料がいいから文句はないけどさ」


 毎日骨を折る職場だが給与はよいし、ハーベスタ国を蛮族から守るということでやりがいもある。


 それにバルバロッサ様も何だかんだで、俺達のことを思って厳しく鍛えてくれているのだ。


 俺達が戦場で死なないために少しでも強くしようとしてくれている。


 実際に訓練の成果は結構出ていて、受け身など上手になったし戦闘技術も各段に上昇した。


 そりゃ危険の伴わないダラダラ訓練とは訳が違うからな! 骨折り損のくたびれ儲けではないのは理解している。


 俺達は一斉にグラスをあおって酒を飲み干して、店員にお代わりを要求した。


「しかし懐かしいなぁ……一年前にアーガ王国に攻められた時は、もう終わりだと思ってたよ」

「あれは誰でも終わりと思うだろ。リーズ様がいなけりゃ絶対負けてたよ」

「あれからだよなぁ。我が国の破竹の勢いは」

「おっと。この話してたら食いたくなってきた。すまん、『勝利かちまん』ひとつ」

「あいよ。ただ兄さんや、その名前じゃなくて肉まんって言ってくれな」


 俺は店員が皿にのせて持って来た肉まんを、受け取ってから手に取りほおばる。


 肉まんはこの店の名物料理にして幸運を招く食べ物として大人気だ。


 なにせハーベスタ国が立ち直るきっかけ、『乾坤一戦の乱』の陣中食だ。


 あの兵力差十倍の戦を完全勝利してから、ハーベスタ国は全てが好転したのだから。


 ちなみに『勝利かちまん』は俺達兵士が勝手に言ってるだけで、この店のメニューの名前は肉まんである。


 だがあの時出陣した俺達千人の兵からすれば、あれは俺達の士気を上げて勝利をもたらしてくれた食べ物だ。


 これからも勝利まんと呼ばれ続けるだろうし、ゲン担ぎで出陣前には皆こぞって食べにくるだろう。


「それで次はアーガ王国顔真っ赤になって、一万五千の兵を連れて来たんだよな。兵力差十五倍だもんな」

「でもクロスボウでフルボッコだったけどな」

「ついでに常勝将軍も捕縛して殺せたもんな」


 常勝将軍……アーガの三傑のひとり。奴が出陣した戦場ではアーガに負けなし、と伝説になっていた存在だ。


 だがそんな男すら俺達の前に敗北して殺されたのだ。


 アミルダ様が常勝将軍死亡の宣言を広場でした時、俺達は本当に歓喜したものだ。


 常勝将軍はボラスス神聖帝国や東の大国に対しても、その手腕にていつも勝利していた怪物。


 そんな奴を相手にしても勝てたのだから、もしかして俺達はアーガ王国に勝ち続けられるのではないか、と。


「でも常勝将軍、実は無能だった説が出てるけどな。クロスボウが予想外だったとしても、有能なら多少は対処するんじゃねと」

「でも今まで常に勝ってたのは事実だろ。まさか実は無能で、俺達の士気を上げるために有能のままにしておいたとでも?」


 俺達は笑いながら更にグラスの入った酒を飲み干し、店員にお代わりを要求した。


 明日は訓練が休みなので酔いつぶれても構わないからな! 次の日訓練なら死ぬけど。


「その後はルギラウ国に攻めたんだよなぁ」

「超楽勝だったよな! しかもルギラウ王の最期が爆笑者だったな!」

「バルバロッサさんに決闘申し込むとかアホ過ぎたな。まだドラゴン相手の方が幾分勝機あるぞ」


 ルギラウ国との戦争は本当に楽だった。


 クロスボウで敵兵士はどんどん死んでいくし、劣勢を察したルギラウ王がこの戦争の勝利者を決闘に委ねるとか馬鹿言って来たのだ。


 あげくバルバロッサさんにイチャモンつけて素手で戦わせておいて、自分が不意打ち気味に振るった剣を奪われて殺されたのはすごかった。


 あそこまで人は無様に死ねるのかと感心したくらいだ。


「あの戦、実は裏でアーガとモルティにも攻められたとか聞くが」

「いやそんなわけないだろ。俺達は全軍でルギラウに進軍したんだぞ。どうやって侵攻を食い止めたんだよ」

「だよなぁ。いやリーズ様が軍に帯同してなかったから、なんか裏があったんじゃねみたいな」

「ひとりで食い止めたでも言うつもりか? おとぎ話じゃあるまいし」


 確かにそうだ。兵士なしで敵の侵攻を食い止められるはずがないな。


 そう思いながら更に酒を飲みまくる。ツマミにはコーンチップスというパリッとしたやつを頼んでいたので食べる。


「その後はアーガ王国の『肉壁の乱』だったな。あれは流石に肝が冷えた」

「リーズ様の機転がなかったら、身内殺しか負けてたよな……」

「アーガ王国め!」


 肉壁の乱……それはアーガ王国による卑劣な策。元ハーベスタの民たちを矢避けの肉壁に使って、クロスボウを撃たせなくしたのだ。


 だがリーズ様やバルバロッサ様、そしてエミリ様が敵陣を混乱させた。その隙に肉壁にされていた民衆を森に逃したのだ。


 あの一戦は本当に胸がすかっとした。それと俺達兵士の間でも、アーガ王国を絶対許せないとなった戦だ。


「その後に連戦でモルティ国に攻めたなぁ。『土竜どりゅう殺しの乱』だったよな」

「リーズ様の土竜どりゅう殺しの攻めで城塞都市の城壁を陥落させて、無血開城させたんだよな」

「……俺達、いつも戦ってんな」


 土竜殺しの乱。モルティ国自慢の城塞都市の城壁の地下を掘って、地盤を崩壊させて壁を壊した戦だ。


 なんか元々は土の竜と書いて土竜もぐららしい。


 だが俺達兵士は違う読み方をしていた。


 あのド派手な崩壊なら潜ってた土の竜が地下にいても、一緒に死ぬだろと『土竜どりゅう殺し』だ。


「やれやれ……本当に短期間で戦いまくってるなぁ。最近は少し落ち着いてるからよいけど」

「流石のアーガも弱ってるだろうからな。これからも平和が続くことを祈るさ、祈るだけなら無料だからな」

「まぁ、どうせアーガがそのうち攻めてくるだろうがな! 返り討ちだぁ!」


 兵たちは更に酒をついでもらったグラスを手に取って、乾杯するのだった。

 

 ちなみに今日の酒は普段よりアルコール度数が高く、彼らは次の日に強烈な二日酔いとなって吐いた。




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次話から本編再開です。

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