閑話 城のメイドの一日


 私は白竜城で働くメイド。


 今日もいつものように朝五時に起床して、髪を結んだり着替えたりで身支度を整える。


 そして六時にアミルダ様の寝室へと入らせていただくと、彼女はスヤスヤと眠られていた。


 相変わらず美しいご尊顔である。


「アミルダ様、朝でございます」

「……う、ん。わかった」


 アミルダ様は上半身を起こされて伸びをされる。


 このお方はリーズ様とご婚約されてからは、薄いキャミソールを着て眠られていた。


 曰く、いつ夜這いされても恥ずかしくないようにとのこと。


 ……なおリーズ様が寝室にやってこられたことはない。


 そもそもアミルダ様が寝室にいる時間、ほとんどないので夜這いは難しいと思う。


 だが流石にそれを指摘することはできない。何せ「夜這いされた時に……」と言った時の彼女は、普段の凛々しいお顔ではなくか弱い乙女のようだった。


 せっかく主君が甘えられる対象ができたのに、それに水を差すようなことはすまい。


 というかリーズ様、いちどくらい夜這いしてもよいのでは? 私たちアミルダ様警備隊も絶対に見逃してみせますのに。


 そんなことを考えながら、私はアミルダ様のお着換えを手伝う。


「う、うーん……下着はどの色がよいだろうか」

「見えないので何でもよいのでは……」

「もし何かあったらどうする!」


 ……アミルダ様、「軍服姿ならば見えないので何でもよい」と仰っていたのは貴女ですよ。


 最近のこのお方の見繕いの時間、倍くらいに増えたなぁ……。


 ようやくお召し物の着替えが終わったので、私室から飛び出して早歩きで廊下を進み続ける。


 アミルダ様の早歩きはかなり速い。油断すれば一瞬で置いていかれてしまう。


「今日の予定を」

「まず各地方の代官からの報告に目を通して頂きます。その後は拝謁希望の者を可能な限り処理してください」

「……そろそろ拝謁希望者は減ったか?」

「いえ、むしろ増えてますね」

「…………そうか」


 アミルダ様は少しだけ嫌そうな顔をする。


 当然だろう。何せ拝謁希望者の大半はアミルダ様に取り入って、利益を得ようとする者たちばかり。

 

 特に元モルティ国土の有力者たちが、貢物片手に大量にやってきていた。


 これは仕方のないところでもある。ハーベスタ国は旧モルティ国に対して、城塞都市を占領したのみにとどめたのだ。


 そして周辺の勢力には従属を求めたのみ……つまり何も損害を与えていないし、敵のトップを捕縛したとかもしていない。


 ひとまず彼らもアミルダ様に頭を垂れたが……そんな者達が次に何を考えるのかは自明の理で特権などを求めてくる。


 そんなのが大勢いるのだからたまらない。今や一週間、いや二週間以上の待ちができてしまっている。


「……武力をほぼ使わずに国を統一するのも、それはそれでかなり骨を折るな。とはいえ戦争になれば、兵士は骨どころか命まで落とす。それに比べれば私の気苦労など大したものではないが。いつものを頼む」

「こちら朝のS級ポーションになります」


 アミルダ様に用意していたS級ポーションの入ったグラスを手渡すと、それをゴクリと飲み干した。


 これは彼女の毎日の日課。毎朝廊下でS級ポーション一杯、ちなみに昼も晩も飲む。


 世界広しと言えども、これだけS級ポーションを常飲しているのはこのお方くらいだろう。


 ……S級ポーションは万能薬とは言うが、これだけ毎日飲んでたら逆に身体が悪くならないのだろうか。


「あまりお気を張り詰め過ぎず、たまにはお休みしては?」

「私が一日休んだら、その損失で民の誰かが飢え死するやもしれん。そうそう休めるものではない。せめてアーガ王国との件がひと段落つくまでは」


 そうして執務室へとたどり着き、中に入って椅子に座って仕事を始めた。


 机の上には書類の山がいくつも並んでいる。全部積み重ねれば、そこらの子供の身長よりも高くなるだろう。


「この案には金は出せないな……将来性が見込めない。元ルギラウ国土とモルティ国土の豪族の争い……これはバルバロッサに一任するように言ってくれ。トウモロコシの改良……これは通す」


 アミルダ様はきびきびと書類にサインをしつつ、横に置いたり私に手渡してくる。


 本当に我が国はこのお方に依存し過ぎている。この人以外に決定権のある権力者がいないのだ。


 そもそもこの国でまともな貴族は四人だけ。そしてエミリ様は普通の貴族令嬢で内政は無理。


 バルバロッサ様はあくまで武官、あの人があまり仕切ると周囲から不満が出てしまう。それに義理人情で物事を考えてしまう傾向がある。


 それが悪いとは言わないのだが……国政となると人情だけではやっていけない。


 リーズ様は……できそうな気がするのだが。何だかんだで頭は悪くなさそうだし、私欲に走ってしまうタイプでもない。


 あまり重要じゃないことだけでも彼に振れば、アミルダ様はだいぶ楽になるはずだ。


「アミルダ様。やはりリーズ様に手伝って頂いては……」

「ならぬ。それでは私は夫に頼るだけのダメな妻だ。出来ることは自分でする、どうしても無理なことだけお願いする。だから私はリーズに頼れる資格があると思っている」


 アミルダ様は書類を睨みながらそう言い放つ。


 ……いっそ妊娠して頂いて、リーズ様に自分から手伝うと言うように働きかけようかしら。


 そんなことを考えている間に昼になった。


 アミルダ様はS級ポーションを飲みつつ急いで玉座の間へと移動し、拝謁者の訴えを聞き始める。


「私は元モルティ国の北の豪族でして……アミルダ様に是非お力添えを……その暁にはうんぬんかんぬん」

「なるほど。貴公の名前は覚えておこう」

「元モルティ国の海の一部を統治しております。今までと同じように我々の権利を認め頂けた暁には、海の平穏を見事守り通して見せましょう」

「即座には回答できぬ。だが貴公が海を見て来たのは理解した」


 豪族たちの好き放題な訴えを、アミルダ様は顔色ひとつ変えずに聞き続ける。


 五時間ほどして拝謁の時間が過ぎたので、S級ポーションを飲みつつ急いで食堂に向かった。


 最近はこの時間が、アミルダ様の最も楽しんでいる時だろう。すでにテーブルについていたエミリ様、そしてリーズ様と一緒に晩餐を始める。


 私は給仕しながらその話を聞いているのだが。


「エミリさんが黄金の輝きを放てるようになったんですよ」

「それはすごいな。成金の目をくらませられる」

「頑張りました! これでパーティーで目立てますよ!」


 相変わらず他愛のない会話だが、アミルダ様はすごく楽しそうである。


「では私は先に立つ」


 だが時間がないので早めに晩餐を切り上げると、リーズ様とエミリ様を残して食堂から去る。


 そうしてまた執務室に戻って再び仕事を始めて、一時間くらい経って八時ごろ。


 アミルダ様は私に笑いかけて来た。


「今日はもうよい。ゆっくりと休むがよい」

「従者が先に休むのもどうなのでしょうか」

「私はS級ポーションを飲んでいるからな。明日も頼むぞ」


 こうして執務室から半分無理やり追い出されてしまう。


「エミリ様が出たぞぉ! 今日こそ捕らえろ!」

「くそっ!? 暗い中で光られるの厄介過ぎるだろ!?」


 いつものようにエミリ様が食堂で盗み食いしてるのを聞き流しつつ、仕方がないので私室へと戻った。


 だが私は知っている。アミルダ様は隠しているつもりだが、今から七時間ほどは仕事をされることを。


 あの人の睡眠時間は深夜三時から六時の間……S級ポーション飲んでいるとはいえ、いくら何でも眠らなさすぎる。


 ……仕方ありませんね。ここはリーズ様に告げ口して止めていただきましょう。


 婚約されて夫となった人の言葉なら、流石のアミルダ様も耳を貸すでしょうから。


 とはいえ私が夜分にリーズ様の寝室へと行くのはまずいですね。


「エミリ様捕えたりぃ! やっと捕らえたぞ! まったくそこらの盗賊よりよほど厄介な!」

「うえーん! 許してください! 出来心なんです!」

「毎日盗んで何が出来心ですか! 貴女が菓子盗みに成功するたびに、警備が問題視されてるんですから!?」


 ……実はエミリ様の盗みは、半分合法化されていたりする。


 アミルダ様曰く、エミリさんを捕らえるのは城の防衛訓練にもってこいとのことだ。


 実際のところ、魔法を使ってくる暗殺者も存在する。


 だがそんな者を想定した訓練は正直難しい。潜入が優秀な魔法使いなどそうはいないのだから。


 エミリ様の魔法の小賢しさは相当なので、すごくよい実戦訓練にはなるとのこと。


 なおエミリさんが捕縛されたら一週間は菓子抜き、警備班は盗られる度に給与が少しずつ減っているとか。まあそれはよいですね。


 それよりもアミルダ様の仕事をお止めする件ですが……女である私が夜分にリーズ様の寝室に向かうのはマズイですし、捕縛された人を使うとしましょう。


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