閑話 バルバロッサ無双伝 血風の章 下の巻


 アミルダ様の号令の下、集められる限りの兵士を用意した。


 その数は五百。敗北直前の国にしてはよく集まったと言うべきだろう。


 普通なら勝ち目のない戦に民兵など集まらぬが……何せ敵は蛮族国家。


 この地に生きる民たちは理解しておるのだ。奴らに侵略されればおぞましい扱いを受けると。


 これもアーガ王国の悪名高きが賜物であった。


 そしてアミルダ様を総大将として、ギャザの近くにある山に陣を敷いていた。


「確かにアーガ王国は二千程度の軍のようですな。それに敵兵もやる気がない顔をしている者も多い」

「……山を挟むくらいの距離があるのに、よく敵兵の表情が見えますね」

「吾輩、空高く飛ぶ鷹の眼球がどこを向くかくらいなら見えます故」


 アミルダ様は戦場には似つかぬドレス姿で、緊張した様子で敵陣を見据えている。


 敵軍がこちらに相対するように平野に陣を築いているが、その数は先日とは比べ物にならぬほど減っていた。


「アミルダ様、如何なさるおつもりでありましょうや? 吾輩、軍隊長として五百の兵を率いて必ずやご期待に応えてみせるのである!」


 このお方は吾輩よりも頭がよく、戦争を模した盤上遊びでも驚異的な強さを誇る。


 盤上遊びなどと馬鹿にしてはいけない。子供の時から軍略を学ばせるための物で、優れた名軍師は必ずその遊びの達人であった。


 そんな彼女ならば期待ができる。そう思っていたのだが……


「そうですね。まず叔父様は軍を率いないでください」

「……なんと!?」


 冗談の類かと思われたがアミルダ様は真剣な面持ちだ。


「わ、吾輩が軍を率いらずして、誰がやれると!?」

「私がやります」

「無茶でありましょう!? 吾輩の何が不満でありましょうや!? 先の戦でもしっかりと軍団長を務めて、負け戦となった暁には殿を務めて……!」

「殿を務めるまでは何をしてました?」

「無論、指揮であります!」


 軍団長として味方を鼓舞しつつ指揮、更に負け戦となれば敵前に躍り出て味方の後退を援護した上に生き残る。


 軍団長として理想的な働きであるはずだ!


 だがアミルダ様は悲しそうな顔をされた。


「それでは叔父様の力は発揮できません。戦いの趨勢が決まってからしか、個人の武を発揮できないではありませんか」

「む、いやしかし、軍団長が先頭に出て戦うのは……前国王陛下からも後方指揮をするようにと命じられております」


 軍団長とは軍の指揮権を持つ。


 つまり自分が討ち取られると軍が崩壊しかねないので、そうそう前に出るべき立場ではない。


 吾輩ならばそうそうやられはせぬ。だが前国王陛下にも叱られたのだ、トップが先陣を切るのはリスクが高すぎるからやめろと。


「それが間違っています。叔父様は軍隊長もやれるのでしょうが、それでは能力を万全に活かせません。余計なことは考えずに先陣切って突撃して、ただ武功をあげてください」

「し、しかし」

「先と同じように戦えばまた負けます。それに戦いながら色々と考えれば動きが鈍るはずです。逆に言えば指揮など余計な思考を排除し、ただの一兵卒のように暴れる叔父様……誰が止められるというのですか?」


 理にかなっている。


 確かに敵の兵と相対しながら、軍の指揮を行うのはかなり負担になる。


「私が叔父様に命じることはひとつです。ただ暴れてください」


 アミルダ様は哀願するように視線を向けてくる。


 ……どうせ吾輩は敗軍の将。軍団長から降ろされても、誇りも何もあったものではないか。


 すでに自分は眼前の少女に賭けたのだから、それを曲げることはよくない。


「……畏まり申した、ですが吾輩からもお願いが。アミルダ様のその御姿では兵士はとても従えませぬ。どうか戦装束を」


 吾輩がただ暴れるということは、軍の指揮を執るのは目の前のドレス姿の少女になる。


 ……この幼き愛くるしいドレス姿では、兵士はとてもついてこないだろう。


 吾輩が軍団長として成り立つのは、従うに相応しい者であるとの見た目があるからだ。勇ましく頼りある姿は指揮官に必須だ。


 このような貴族令嬢が兵たちを鼓舞しても、とても盛り上がるとは思えない。


 とはいえ最前線に出ているという気概は示せている。


 また彼女には炎魔法があるのでうまくやれば、兵たちを鼓舞することは可能だろう。


「……わかりました」


 そう言うや否や、アミルダ様は陣幕の影へと入っていった。


 そしてすぐに軍服姿になって戻ってこられる。


「叔父様、これでどうですか?」


 アミルダ様は長い髪を結っておられる。


 ……まだ威厳も何もあったものではないが、これ以上を求めるのは酷というもの。


「ははっ! よき姿になったかと! 後は丁寧な口調をやめれば、なおよくなるかと! 吾輩のこともバルバロッサとお呼びくだされ!」


 軍のトップが部下に丁寧な言葉を使うのはよろしくない。


 そんな吾輩の言葉を察したのか、アミルダ様は喉を鳴らしていつもより少し低い声で話し始める。


「……そうですね、いやそうだな。バルバロッサ、これから我が軍は夜襲を行う。お前は単騎にて敵軍後方を攻めよ」


 夜襲。それは寡兵で大軍を打ち破る時の常套戦術。


 だが夜襲には抜群の統率力、そして兵の練度が必要だ。暗闇の中では同士討ちの危険性も高まってしまう。


 民兵のかき集め軍で何とかなるとは思わないが……いやアミルダ様の言葉を信じよう。

 

「承知いたしました。吾輩は背後より奇襲せしめましょう」

「頼む。私が炎魔法を使ったら、その機に乗じて攻めてくれ」


 そうして夜になって、吾輩は単独にて敵陣の背後をとる。


 寝静まっている敵陣の幕の近くの茂みに隠れて、タイミングを見計らっていると……。


 突如として敵の炎が空に走り、敵の陣幕が炎上し始めた。


 その炎によって周囲が明るくなって……なるほど、これならば敵と味方の見分けがつくので同士討ちを避けられる。


 ……炎魔法は夜襲においては強力無比であるな。


 普通なら火を用意するには、事前に松明を燃やしておくか火打石などで起こさねばならぬ。


 だが夜の暗闇の中で松明を燃やしていれば、すぐにその姿が見つかってしまうだろう。


 火打石ならばカンカンと音が出るので、そちらでも火が起こる予兆がある。


 だが炎魔法は何の前触れもなく、強烈な炎が発生するのだから。


「な、なんだ!? 炎!?」

「て、敵襲!? 敵襲だぁ!?」


 敵陣が混乱し始めている。


 とはいえこのままではすぐ収まってしまう。城などが燃えているならば脱出しないとダメだが、陣幕などただの布の幕でしかない。


 燃えている陣幕に近づかなければ安全なので、焼け死ぬ恐れはないのだから。


 近くにあった木を引っこ抜いてかつぐと、敵陣の中へと躍り出た。


「さあかかってくるがよい! 今宵の吾輩は、ただの一武人である!」


 手あたり次第に敵兵を木を振りぬいてぶっ飛ばす。


「な、なんだこの化け物は!? オーガか!?」

「違うぞ!? 人間っぽいぞ!?」

「囲んで倒すぞ!」


 木の一振りごとに敵兵が肉塊になっていく。


 周囲には敵兵だけ、どれだけ暴れても味方を巻き込むことはない。


 しかも味方の指揮も不要なので、眼前の敵に集中できてしまう。


 ……なんたる楽なことか! 先の殿とは比べ物にならぬ負担、武器も軽いしこれならば一日でも暴れて見せよう!


「おおおおおおおおお! 我が渾身の武、その身に刻むがよい!」

「「「「「あああああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」」」


 木を空に掲げてぶん回し、竜巻を発生させて敵兵を吹き飛ばす。


 なんと貧弱な兵どもか! この吾輩が全力を出せれば、このような者達など相手にならぬ!


 今で倒した敵兵は二百ほどか。やはり先の戦とは比べ物にならぬほど戦いやすい!


 あげた首級を数える余裕すらできるとは!


 ……なるほど、確かに吾輩は軍団長には向いてないであるな! 


 地面を踏み抜いて地面を揺らし、それに怯えて足のすくんだ敵兵に叫ぶ。


「さあ覚悟せよ! 我が祖国を犯す賊どもよ! ハーベスタ国はまだ終わらぬ!」


 そうして思う存分大暴れして、最終的に七百ほどの首級をあげた。


 アミルダ様の部隊も二十ほどの被害で、二百の敵兵を倒したらしい。




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「というわけである」

「いや滅茶苦茶過ぎませんかね」

「叔母様がぁ……可愛かった叔母様がぁ……」


 壮絶過ぎるというか、なんかツッコミどころがありすぎる。


 いやまあこれはバルバロッサさんの視点の話だ。たぶん端折ってるところとか、脚色している箇所もあるのだろう。


 とはいえ……何より驚いたのはだ。


「アミルダ様が大人しい貴族令嬢だったって……」

「元から芯の強いお方ではあったが、口調などは吾輩が色々とお教えしたのである!」

「……道理でアミルダ様、なんか武人っぽい話し方なわけですね」


 アミルダ様。女王で魔法使いなのに口調が武人、もしくは傍若無人だもんなぁ。


 偉そうにしなければならない状況だった上に、口調監修がバルバロッサさんならそりゃそうなる……。


「叔母様ぁ……昔の大人しい叔母様に戻って……それで私に砂糖をくださいぃ……」

「エミリさん、いつの間にか飲んでるし……」

「はっはっは! 今宵は無礼講なのである! どんどん飲むのである! エミリ様のおごりなのである!」


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