閑話 バルバロッサ無双伝 血風の章 上の巻


 外交パーティーが無事に終了した後。


 俺とバルバロッサさんとエミリさんは、ギャザの酒場で祝いの飲み会を行っていた。


「無事に外交パーティーが終了したことを祝って乾杯なのである!」


 バルバロッサさんがバケツみたいな大きさの木のグラスを掲げる。


 そして一気飲みで中の酒を豪快に飲み干していく。


「甘いですー♪ べっこう飴甘いですー♪」


 エミリさんはお酒を飲まずに、パーティーの食べ残しであるべっこう飴を舐め続けている。


 いやこの言い方には語弊があるな。


 正確にはパーティーに出されたべっこう飴の皿のうち、エミリさんがコッソリ燭台などの影に隠しておいてバレなかった分を舐めている。


 なので彼女の目の前の皿には十粒ほどの飴が残っていた。


「いつの間に隠してたんですか……」

「何のことでしょう? これは生き残りの飴です!」

「残った分はゲストへのお土産にしたはずなのですが」


 砂糖の塊であるべっこう飴は高級品。お土産に渡して喜ばない者はいない。


 なので生き残りなどあるはずがないのだ。残したら勿体なさすぎるからな。


「後でアミルダ様に伝えておきますね」

「や、やめてください……」


 ビクッと震えだすエミリさん。


 そんなにアミルダ様が怖いなら、叱られるようなことはやめておけばよいのに……。


 そんな彼女のことはどうでもよいらしく、バルバロッサさんはグビグビと酒を飲み続ける。


 そうしてバケツグラスをテーブルに置くと、満杯に入っていたワインは空になっていた。


「ぷはぁ! むははは! そういえば以前に吾輩の武勇伝を途中まで語っていたな! 今ここで続きを話してやるのである! そこの給仕、おかわりをお願いするのである!」

「「まだ飲むんですか!?」」

「吾輩は敗戦の報告をするために、アミルダ様の元へと戻り……」


 そうして酔っ払いの武勇伝が始まった。





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 吾輩は死ぬ気で走って、なんとかギャザの屋敷へと戻ることができた。


 何やら門番が吾輩を止めようとするが時が惜しい!


 無視して屋敷へと入って廊下を急いで駆けていたのだが……運悪く幼いエミリ様が同じくその場を歩いていた。


 彼女は吾輩の姿を見るや否や、まるで悪鬼羅刹にでも出会ったかのような悲鳴をあげる。


「ま、魔物……!? あっ……」

「え、エミリ様!?」


 エミリ様がいきなり意識を失ってしまわれた!? 危うく廊下に倒れ伏すところを、何とか腕で抱きかかえて支える。


「ひっ!? ……ば、バルバロッサ様!? なんですかその姿は!?」


 悲鳴を聞いてやってきたメイドの言葉で我に返った。


 確かに今の姿は酷すぎる。鉄の鎧こそ邪魔なので脱ぎ捨てたが、顔も身体も血まみれであった。


「と、とりあえず身体をお拭きください!? 今のバルバロッサ様は化け物の類ですよ!?」

「う、うむ……」


 流石にこの姿でアミルダ様にお会いはできぬと、最低限身体を清めた後に彼女の私室の前へと訪れたのだった。


 ……正直入りづらい。なにせ今から報告する内容は、十二歳の少女には酷すぎる内容だ。


 しばらく逡巡する。だが言わなければならない、と扉をノックして中に入った。


 そこには長い赤髪を腰まで下ろした少女が、椅子にちょこんと座って心配そうな顔をしていた。


 ドレスを着飾ったその姿は貴族令嬢かくあるべき、というに相応しい姿。


 そんな儚げさを持つアミルダ様は、吾輩を待ちわびていたかのように見据えてくる。


「叔父様……お父様とお兄様の介錯をされたと聞いたのですが」


 アミルダ様は少し怯えながら尋ねてくる。


 王たちの首は早馬で送られているのだから、すでにこの屋敷に届けられているはずだ。


 それは彼女も報告は受けているはずだ。その上で問うて来るということは……まだ信じたくないのだろうか。


 流石に幼い少女に首を見せるわけにもいかず、この屋敷にはもう彼女が親しい者は残っていない。


 メイドなどに王の死を伝えられても嘘だと思い込みたいのだ。


 つまり彼女の中には希望がある、まだ騙されているかもと。

 

 彼女は幼い時から聡明であり、正直なところ吾輩よりもよほど頭がよい。


 以前にアミルダ様と軍を駒に見立てるゲームで戦ったのだが、吾輩は清々しいまでに惨敗した。まさに才女と呼べるお方だ。


 だがそれでも少女なのだ、現実逃避してしまうのも仕方がない。


「……それはその」


 ……アミルダ様に真実を告げないという選択肢もある。吾輩が王は無事に逃げおおせたと言えば、きっと彼女はそれを信じてしまうだろう。


 なにせまだ十二歳の少女、この現実はあまりに酷なのだ。


 だがしかし……嘘を申せばハーベスタ国は完全に終わってしまう。


 王は世継ぎを王子とアミルダ様しか作れていなかった。


 そして王子が王と一緒に死んだ以上、彼女がハーベスタ国を継がなければこの国は纏まらない。


 すでにハーベスタ国は攻め滅ぼされる寸前であるが、民を纏める者がいなくては抵抗すらできなくなってしまうだろう。


 ……だがそれでもよいか。真実を伝えてアミルダ様う心が折れなさったなら、彼女やエミリ様だけ連れて逃げよう。


「……アミルダ様の父君と兄君は、吾輩が介錯いたしました。立派な最期でありました」

「…………っ。そ、そう、ですか」


 意外にもアミルダ様はあっさりと現実を受け止めなされた。


 目に涙を浮かべながらも、泣くことは必死にこらえなさっている。


「父君と兄君が亡くなられた以上、このハーベスタ国の王はアミルダ様でございます。すぐにもアーガ王国の兵士がやってきます、ここからお逃げください」


 今やハーベスタ国で王家の血を継いでいるのは、アミルダ様とエミリ様だけ。


 アーガ王国は血眼になって二人を捕縛しようとしているはず。


 あの鬼畜外道の国に捕まれば彼女らがどんな扱いを受けるか……殺されるならマシ、貴族共の性奴隷にでもされかねない。


 だがアミルダ様は目に浮かべた涙を手でぬぐわれると。


「……逃げないとダメですか?」


 アミルダ様は吾輩をにらみつけてくる。


 幼き風貌の貴族令嬢とは思えないような、妙な迫力がそこにはあった。


「…………アーガ王国の兵は側まで迫っているはずです」

「分かっています。でも逃げたらこの国と民を見捨てることになります」

「しかし勝ち目はありません。敵は万を超える大軍勢、対して我らは……もはや五百の兵を集められれば万々歳」


 国境付近での戦いで敵軍は二万ほどいた。


 おそらくほぼ全軍がこのギャザに向けて進軍しているはずだ。五百の兵がいたところでどうしようもない。


「この状況では勝ち目など万に一つもありませぬ。せめてアミルダ様はお逃げください。王家の血を絶やさぬために」


 もはやアミルダ様を逃がすことこそ我が使命。


 そう思いながら頭を下げるが……彼女は小さく首を横に振った。


「その前提で間違っているとしたら?」

「……と言いますと?」

「叔父様は戻って来るのに必死で、現状を把握しておられません。こちらに向かってくるアーガ王国の兵士は大きく減っているそうです。おおよそ二千と聞いてますが、勝ち目はあると思うのですが」

「に、二千ですと? いやしかし、そんなわけが……」


 勝ち確定だからアーガ王国は最低限の兵士だけ残して帰した……なんてことはあり得ないはずだ。


 国を攻め滅ぼすならば兵士は大量に必要だ。


 なにせ勝ってそれで終わりではない。占領して統治するのに兵士が必要なのだから。

  

「アーガ王国の補給が乱れたそうです。万の兵士を維持する物資がなくなったので、二千だけ残して帰っていったと」

「アーガ王国は鉄壁の補給力の国ですぞ! そんなわけが……」

「私にも理由はわかりません。ですがアーガ王国の兵士の大半は帰国し始めていると暗部から報告を受けています。この状況で私たちを欺く必要もないので実際に帰っています。敵が二千ならば勝機はあります」

「…………」


 アミルダ様の言うことが本当ならば、勝ち目はあるかもしれない。


 だが……残念ながら彼女のことを信じられない。いくら才女と言っても十二歳の少女、現実を直視できていないだけやもしれない。


 そんな吾輩の心を読んだのか、アミルダ様は静かに口を開いた。


「お父様と兄さまの首を見ました」

「!?」

「少なくとも目を逸らしていません。その上で力を貸していただきたいのです」

 

 ……なんと吾輩は最初から勘違いをしていたのか。

 

 アミルダ様は現実から逃げようとして、吾輩に介錯したかを聞いたわけではない……ただ王たちの最期を知りたかっただけだったのか。


 しかも吾輩の心まで読まれているとは……なんたる傑物か。


「……承知いたしました。このバルバロッサ、アミルダ様に命を預けまする」


 ……もはやこのお方は王女ではない。女王である、ならばその命に従おう。


 齢十二の少女がこの状況下でのあまりの冷静さを保って、現状を見極めて打開を行おうとしている。


 その奇跡のような状況に、そして聡明な彼女の頭脳に僅かばかりの希望を抱いていた。

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