閑話 セレナの役割


 私はセレナ。不治の病を患っていて、妹と一緒に死んでしまうはずだった者。


 それを助けてくださったのはリーズさん。そして今はそのお方の直属の部下になって、日夜忠義を尽くそうとしている。


 私は自分で言うのも何だが優秀な氷魔法使いだ。戦場に出れば切り札にもなり得る存在。


 自分の出せる全力をもって命令に答えて、大活躍してみせようと決意している。


 返しきれないほどの恩義がある。なのでどんなことでもやるつもりだ、その考えに嘘偽りはない。


 リーズさんのためならば撤退戦の殿になるのも覚悟している。


 でも……。


「セレナさん! 米が千石ほど収穫ありました! 倉庫にしまうので集計お願いします!」

「米を百石ほど倉庫から出します! 差し引きお願いします!」

「いや待て。その千石のうちの何割かよこしてくれ。ちょうど米を倉庫から出そうとしてたんだ!」


 私はタッサク街のアミズ商会本店の執務室で、部下の報告を受けながら必死に書類とにらめっこをしている。


 熟練の魔法使いである私の役目は商会長代理であった。


 もちろんこの仕事に魔法なんて使わない。


 先日、リーズさんたちがモルティ国に攻めて城塞都市を陥落させたらしい。


 そんな中で私は呼ばれもしなかった……。


「米百石を出してから、千石を倉庫にいれてください。それと新しく千石は倉庫に全て入庫してください。倉庫に入っている古い米から使ってください」

「「「はい! セレナさん!」」」


 部屋から出て行く部下たちを後目に、再び書類を確認する仕事へと戻る。


 ……いやいいんですけどね。確かに私はリーズ様からどんな仕事でも命じられてもやります。


 でも魔法使いを商人代わりに使うのは、色々と間違っているのでは……?


 私は傭兵としてどこからに雇われるならば、数日で金貨を何十枚と稼ぐことも可能だ。


 腕の立つ魔法使いというのはそれくらい貴重なのだから。


 逆に言うと魔法使いに魔法を使わせないのは、かなり無駄遣いな気がするなぁ……。


 そんなことを考えていると扉がノックされて、エミリが部屋に入って来た。


「セレナー、元気ー? 近くに来たから遊びに来たよ」

「あ、エミリいらっしゃい。お菓子はないけどゆっくりしていってね」

「ないのかー……」


 エミリは少しガッカリしながら私のすぐ横にやってきた。


 彼女はたまに……いや割と頻繁に遊びに来る。友人としては来てくれるのは嬉しいのだけど。


「ねえエミリ。頻繁に来ているけど……暇なの?」

「違うよ!? 私は基本的にリーズさんの側にいろって言われてるだけだから!? 決して仕事が降られてないわけじゃないから!?」

「じゃあリーズさんは?」

「叔母様に報告しに行ったから、もう今日はついていく必要がないの」


 エミリは苦笑いしながら答えてくる。


 彼女の仕事はリーズさんに近くにいて手助けすることだ。少なくとも名目上は。


 正直羨ましい、私がお側付きになって恩返ししたかった。


「ははぁ、さてはアミルダ様と見比べられるのが嫌と見た!」

「うっ……そ、そんなことはないもん!」


 図星なようで薄っすらと目が光るエミリ。


 彼女は図星をつかれると、目が少しだけ青く光る癖がある。


 物凄く注意して観察しないと分からないので、たぶん私しか知らないことだと思う。

 

「エミリー。そんな消極的だといつまで経っても進展しないよ?」

「だってリーズさんの叔母様に対する視線を見ると、私は何をしているんだろうって思っちゃうんだもん」


 エミリの本当の仕事はリーズさんを落として婿にすることだ。


 そのために彼女は極力あの人の側にいて、本人なりに頑張って誘惑しようとしている……はず。


 でも残念ながらエミリはリーズさんの眼中にはない。というか彼の中でのエミリは、たぶん気の合う友人ポジションに落ち着いてしまっている


「でもエミリはリーズさんの側にいられるだけいいじゃない。私なんてほとんど離れて書類仕事……」

「リーズさんに指示されているなら問題ないんじゃない?」

「これだといつまで経っても恩を返せない。思い返してみてよ、私が今まで役に立ったこと」


 エミリは顎に手をつけて考え始めた。私のこれまでの行いを思い返し始めているのだろう。


 私の今までの活躍、それは……正直大したことはしていない。


 ある程度活躍したのはアーガ王国が攻めてきた時に、傭兵たちに混ざって暴れた時だけ。


 それ以外には無理くりひねり出して、民衆に米を配給する時に警備したくらいだ。


 はっきり言って自分の力の見せどころがないのだ。


「でもセレナはアミズ商会の面倒を見てるじゃない。無能な人じゃ無理だと思うよ?」

「いやそうかもしれないけどー、私としてはリーズさんのお側で仕事したいというかー」


 少し悪戯っぽく喋ると、エミリは困ったような顔になった。


「やめて!? これ以上、私以外に目移りされたら困るの!」


 エミリはわりと必死になって叫んでくる。少し後光が漏れているのは黙っておこう。


 ……実は知っている。私がリーズさんのお側で働けないのは、アミルダ様が少し暗躍していることを。


 あの人はあえてリーズさん直属の部下を増やさずに、私をアミズ商会長に留めている。


 普通に考えれば私よりも商会長に適任の者は用意できるだろう。


 いくらハーベスタ国が人材難と言っても、戦力になる魔法使いを留めてまでやらせることではない。


 では何故アミルダ様は私を商会長のままにしているのか。


 それはエミリの援護のためだ。彼女の仕事はリーズさんと恋仲になること。


 私も女なのでエミリのライバルになり得てしまうからだ。


 ……ただこの内謀に関しては少し感謝もしている。私はリーズさんのことも好きだが、それ以上にエミリと仲たがいをしたくない。


 もし私がいつもリーズさんの護衛をしていて、万が一にでも見初められたら……物凄く困ったことになってしまう。


 彼に求められたら喜んで答えたいが、それでエミリと喧嘩するのはすごく嫌という複雑な状況であった。


「まったくもう! 都合のよいことを言うのはこの口かー!」

「やめへー! ほっぺたつままないえー」


 エミリの無駄に柔らかいほっぺを両手で左右に引っ張る。


 貴族令嬢としてはどうなのかと思うが、相変わらず弄り甲斐がある。


 しばらくむにむにしてから手を離すと、エミリは責めるような目でこちらを見て来た。


「まったくもう……私はこれでも偉い貴族の令嬢のはずなんだけど!」

「そう思うならもう少し落ち着くべきね」

「むぅ……せっかくリーズさんからセレナに指令が来たけど、もう教えてあげない!」

「なるほど。背中に氷を落とされるのがお望みか」

「ごめんなさい話しますので勘弁してください」


 エミリはガチ目なトーンで謝って来る。


 彼女は実は背中がかなり敏感なので、氷どころか指でツンと触るだけで変な声を出す時がある。


「実は今度、白亜の城で外交パーティーを開くの。その時にね、セレナにも……」

「護衛!? とうとう魔法使いとしてまともな仕事が!?」


 やっと私にも魔法使いとしての仕事が来た!


 思わず興奮するがエミリは申し訳なさそうに首を横に振った。


「いやあの、ゲストに出す氷の製造要員で手伝って欲しいって」

「それはそれで氷魔法を使うからヨシ!」

「あ、いいんだ……」


 もっとリーズさんのお役に立って恩を返さないと……!


 私にしかできないことで活躍してみせる!

 

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