第166話 飛行船


 決戦当日。兵士たちは全員が地下室に集められている。


 結局ボラスス神聖帝国は動かなかった。今もなおあの土ドームの中ではアンデッドの集団が蠢いていると考えると身の毛がよだつ。


 蟲毒というか何と言うか……気分悪くなるから想像するのはやめよう。


「この戦いを最後とする! 総員、奮起せよ!」


 兵士たちを前にしてのアミルダの演説もちょうど終わった。後は出陣、いや出撃するだけだ。


 各兵士が持ち場についていき、演説を終えたアミルダもこちらに歩いてきた。


「リーズ、一番槍は任せたぞ。私は兵たちを連れて後から追いかけることになる」

「分かってる。そちらこそ気を付けてくれよ」

「無論だ」


 アミルダは凛とした表情で俺を見てくる。だが昨日は……すごく可愛かったな。


 大一番だけあって恥ずかしがらないのは流石はアミルダだが、それでも顔を僅かに赤くしている。俺としても彼女の肢体を思い出して少し……。


「あれ? なんか叔母様とリーズさんの雰囲気おかしくないですか?」

「な、何を言ってるんですかエミリさん!? そんなわけないでしょう!?」

「そ、そうだぞエミリ! お前もさっさと飛行船に乗り込め!」

「んー? 何か怪しいですねぇ……」


 おのれエミリさん。こういう時だけ妙に鋭い……。


「まあいいです。レッツゴーです」


 エミリさんは飛行船へと乗り込んでいく。今回は部隊を二つに分けるのだ。


 片方は飛行船に乗り込んで先行する部隊だ。あまり飛行船に人は乗れないので少数精鋭となる。飛行船を動かすための一般兵士と、後はエミリさんにセレナさんにバルバロッサさんだ。


 ちなみにこの飛行船は少し手を加えていて、そこの部分の人が載りこむ場所はこの世界の船の形状をしている。乗組員が少しでも動かしやすいようにした。


「我が弓の腕を見せる時が来たのであるな!」


 バルバロッサさんが叫びながら飛行船に乗るための階段を上っていく。彼が乗り込む理由は対空防御のためだ。


 もし敵に対空手段や航空戦力があった時に、その恐るべき剛弓で撃ち落してもらうことになる。というか純粋にこの人の矢が空から撃てるだけでヤバイと思う。


「リーズさん、頑張りましょうね」


 セレナさんが俺の方に近づいて笑いかけてきた。彼女は魔法使いとして遠距離攻撃が撃てるので、飛行船の大砲的役割を担ってもらう。


「それと……私も……欲しいです」


 セレナさんは俺の耳元に寄ってくると、すごく小さな声で囁いてきてから飛行船に乗り込んでいく。……彼女の情熱的なアタックはすごいな。俺もちゃんと答えないとダメそうだ。


 そして俺とアミルダだけが残された。


「リーズ、必ず生きて帰って来い。私には今後もお前が必要だ」

「わかってる」


 もう話すことはない。俺も飛行船に乗り込んだ後に《クラフト》魔法を発動した。


 地下基地の天井が一瞬で消え去って遠くに空が見える。もうこの基地は必要ない、飛行船を今まで隠すという役割を立派に果たしてくれた。


 飛行船が浮いていき、アミルダとの距離がどんどん離れて行く。必ず勝って今度こそ全てを終わらせる。そして後は自由に生きると決めて。


 そうしてしばらくの間、空中の旅が始まった。景色もきれいで風も気持ちいい。決戦に向かっているのでなければ騒いでしまいたいが、流石にこの状況下では不謹慎になって……。


「すごいすごい! 空を飛んでます! これなら遠くのお菓子屋にもすぐ行けますね!」

「エミリさん、緊張感って知ってますか?」

「だって皆さん緊張してますから、私は緩める役をした方がいいかなと。まだ敵の前じゃないですしリラックスしないと」


 なるほど、確かに一理ある。エミリさんはたまに物凄く大物だと感じるよな。実際に決して小物ではないと思うけど。


「吾輩を上空から敵陣中央に落とせば、壊滅的打撃を与えられるのである!」

「落ちて行く時に地面への攻撃で地盤沈下くらい引き起こしそうですね」


 バルバロッサさん投下作戦は冗談抜きで切り札のひとつだ。たぶん下手なミサイルよりもよほど相手に大打撃を与えられる。ましてや今の彼はアイテムボックス持ちなのでフルアーマーバルバロッサさんだし。


 そうして飛行船は空を飛び続けてアッと言う間に、あの忌まわしき土ドームの頭上を取る。俺達は飛行船底部についた船の甲板からそれを見下ろしていた。


「リーズ様、ご指示を」


 セレナさんが俺の命令を待っている。彼女はこの船の副船長役でもあった。


「S級ポーションを撒く! 装置の起動を!」

「総員、S級ポーションを撒きます。装置の起動を」


 乗組員たちがあわただしく動き始めると同時に、飛行船底部にくっ付けた船から大量の霧が吹きだし始めた。


 下にいるおびただしい数のアンデッド全員に、S級ポーションを振りかけるのはすごく大変な作業になってしまう。それに撃ち漏らしがあっても困る。


 その対策を色々と考えたのだが空気を洗浄することにした。S級ポーションを霧状に散布して撒くことで、全てのアンデッドを強制的に浄化する……!


 階段などでも行っていたことだが単純ゆえに強力でもある。ほらゴキブリ倒すのに使うバ〇サンも煙上なのでやはり強いのだ。


「「「「ぐおおおおおおぉぉぉぉぉ!?」」」」


 下からおぞましい悲鳴が聞こえ始めた。S級ポーションによって浄化されているアンデッドが断末魔の声をあげているのだ。つまりしっかりと効いているということだ。


 こうしてポーションが霧として散布され続けるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る