第167話 ボラススの反応


「な、なにっ!? 空飛ぶ船だとっ!? そんなバカなっ!?」


 ボラスス神聖帝国神殿の一室で、ボラスス教皇は報告を聞いて目を見開いた。


 うたぐり深く散々ハーベスタ国に苦渋を舐めさせた教皇も、流石に予想外だったのだ。空を飛ぶ船、そんなものはこの世界には存在しない。


 個人が飛べるハンググライダーすらないのに、まさか大きな船が空を飛ぶなどそれこそ夢物語だ。魔法があってもなお現実味のない状況は、報告を聞いた程度では到底信じられるわけがない。


「し、しかし! 土の壁を見張らせていた者から魔導通信が届いております! 間違いなく空を飛んでいると!」

「幻覚だ! 私はリーズの出来ることも知っておる! そんなことはあいつにも出来なかったのだから!」


 ボラスス教皇は飛行船を幻と断じた。それは常人ならば仕方のない判断だ。


 また教皇が旧リーズの力を知っていることもマイナスに働いた。彼の中では今もなお旧リーズと今のリーズの力は拮抗している認識があり、旧リーズは飛行船を造れなかったのだ。


 なら今のリーズも造れないという考えが頭にこびりついていた。その結果、初動の対応が遅れる。


「しかしもし本当なら脅威です……念のために確認すべきでは!」

「ならば確認要員を外から出せ。そんな空飛ぶ船なら遠くからでも分かるだろう、まああり得ないだろうがな! だいいち船が空を飛べたとして、あのおぞましい数のアンデッドに何ができる!」 


 教皇は大きくため息をついた。彼の発言は間違ってはいない。


 十万の数相手に多少空を飛べたとしても、岩を落としたり魔法を撃ってもそこまでの痛手は与えられない。全滅させようとすればどれだけの時間がかかるか。


 仮にポーションを大量に用意できたとして、投下し続けても日が暮れる。


 そうして六時間ほど経過した後、再び部下が報告をしに戻って来る。


「先ほどの空飛ぶ船ですが間違いないようです! すでに土ドームの中に霧を発生させているとの報告が!」

「はあ!? 本当に空飛ぶ船だと!? それに……霧? そんなモノで何を…………まさか!?」


 教皇は大慌てで椅子から勢いよく立ち上がった。


「ま、まさか! S級ポーションの霧か!? それだとまずいぞ!? S級ポーションを上から落としたところでたかが知れているが、霧にしてあの土壁内部全てに行き渡らせたら……!?」


 彼は無能ではなかった。だからこそリーズたちのアンデッド殲滅手段に気づいたのだ。霧による空気洗浄という攻撃の恐ろしさに。


 ボラスス教皇は急いで部屋から飛び出して、ボルボルのいる個室へと入っていく。


「ボルボル殿! ハーベスタ国の卑劣な攻撃により、アンデッドたちが霧で浄化されていきます! どうか対策案をご教授願いたい!」

「ん? アンデッドたちはハーベスタ国の卑劣な戦法のはずだったんだな」


 ボルボルは思ったよりも記憶力がよくて嘘を覚えていた。アンデッドたちはハーベスタの用意した軍だというでまかせを。


 思わず舌打ちしそうになるのをこらえる教皇。


「……失礼、言葉を間違えました。奴らはアンデッドを霧で強化しているのです! それを防ぐために、『飛行船を魔法で落とすべきか』、『切り札であるアンデッドラゴンを使うべきか』、ご英断を頂きたい!」

「う、うーん……その二つなら、魔法で落とすべきなんだな」

「ありがとうございます! では引き続きその部屋でお隠れなさってください!」


 ボラスス教皇は急いで部屋を出て行き、部下に対して命令を下す。


「『切り札であるアンデッドラゴンを使う』。すぐにその穢れた飛行船を堕とせ!」

「ははっ!」


 一方で部屋に残されたボルボルは少し首を傾げていた。


「ボキュならどちらでもなくて、空飛ぶ船なんて無視するんだな。そんなのあり得るはずがないんだな。敵の偽情報に踊らされるのは無能なんだな」


 もしこの言葉を教皇が聞いていれば、少しは作戦にも影響が出ただろう。だがここにいるのはボルボルひとりだ。


 教皇はおごり高ぶっていた。ボルボルという最凶の存在を舐めていた。彼を利用できるという想定自体が、やってはいけなかったことなのだと気づかない。


 不幸になる呪いの品を反転させることで、幸運の置物になるとはいう。だがそれは理論上のことであり、実際にできるかどうかという視点が抜けている。


 そして何よりもボルボルが恐ろしい理由とは。


「このままじゃダメなんだな。ボキュが動かないとハーベスタ国が勝ってしまうんだな! こんなところで大人しくしているわけにはいかないんだな!」


 無能すぎるのに無駄に働き者であることだった。


 ボルボルが部屋の扉に手をかけると普通に開く。教皇は焦っていたために鍵を閉め忘れたのだ。ボルボルはそれを見てうんうんと頷いた。


「そういうことなんだな! 教皇はボキュが自分から立ち上がることを待っていたんだな! ボキュに暗殺者を恐れない心があれば無敵なんだな! さあ行くんだな! ボキュの力でボラススを勝たせるんだな!」


 今ここに最悪の存在が封印から逃れてしまったのだった。惨敗将軍ボルボル、その異名に相応しい力を見せつけるがために。


「まずは弱った身体を戻すために、地下にあると聞いてるS級ポーションを飲むんだな! その後はもうアンデッド使わせないための作戦を考えて……!」



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最終決戦ですが楽勝感が漂ってる気がする。

敵にも味方にもチートがいるとこうなると。

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