第182話 処刑


 アーガ王国に女君宰相アッシュあり。そう言われたこともあった。


 実際に誰の力が大きかったかはともかくとして、アーガの最盛期に最も権力を持っていたのはアッシュに他ならない。


 快進撃を続けて周辺国を飲み込み続けて、ハーベスタ国を壊滅寸前まで追い込んだ女。そんな彼女はハーベスタ国王都のギャザの広場の木の板の上で、断頭台に捕らえられていた。


 ついでにその横にはアーガ国王も仲良く並んでいた。


 アッシュはピクリとも動かない、いや動けない。ボラスス教皇によって改造されて、かろうじて口が動くだけ。


 彼女はもはや死ぬのを待つだけの、哀れな人形でしかなかった。




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 私は断頭台に設置されて、愚民どもの視線の的になっていた。


 こいつらは全員が敵国ハーベスタの国民だ。ほんの二年前に滅ぼす直前まで行きつき、首筋を掴んで後は締めるだけだった国の。


 あり得ない、あり得ない、あり得てたまるものですか! 我がアーガ王国は勝っていたのに! なんでこうなったの!?


「吾輩、バルバロッサが処刑執行人を務めるのである!」


 ハーベスタの魔王が国民から歓声を受けながら、私の方へと近づいて来る。手に持つのは巨大な鉄の剣だ。私の頭上にはギロチンがあるのにも関わらず。


「ざまぁ見やがれアッシュ!」

「くたばれー! お前のせいで俺の弟は死んだんだ!」


 愚民どもがほざくんじゃないわよ! お前たちがどれだけ死んだところで何だというのよ! 


 私は女君宰相アッシュ! アーガ王国の女王なのに!


「た、たすけてくれぇ!」


 横ではアーガ王が無様にわめいている。悲鳴をあげたいのは私の方よ!


 せっかくお前みたいな愚図と結婚してやったのに! 何の役にも立たないじゃないの! 私を助けなさいよ!?


「あいつ誰?」

「アーガ国王だってさ」


 無能を証明するかのように、ハーベスタ国の民衆も横の男のことに反応しない。当たり前だ、こいつはただ享楽にふけっていただけ。


 だから私は好き放題できたし、こいつと寝て女王の座まで得たのだ。そして大国アーガで豪遊の限りを行うはずだったのに……!


「言い残すことはないであるな」


 ハーベスタの魔王は私を睨み脅してくる。


 いやあるわよ!? 勝手に決めるんじゃないわよ!?


「あ……ア……」


 だが口から声が出ない。くそぅ!? この私の一番の武器が、全てを調略してきた口が開けない! 


「どちらにしてもお主に喋らせる予定はないのである。魔性の口とか、口が災いの元とかに聞いておる」


 リーズ。その言葉を聞いた瞬間、私の顔の温度が急上昇した。


 そうだリーズだ。あいつのせいだ。私がこんなことになったのは、全てリーズのせいだ。


 あいつのせいでボルボルが負けてケチがつき、その後にバベルは死んだ。リーズさえいなければ、私は今頃こんなところには……!


 私はかろうじて動く眼球で周囲を確認する。広場から少し離れた場所に、椅子が置かれて特設された席がある。


 そこにリーズがいた。それにあの赤髪のハーベスタの女王も。


 奴らは私を見て、いや見下している!? 許せないわ! 私が見下ろすのではなく、あいつらが私を下に見るなんて!


「は、な…………」


 必死に身体を動かそうとする。こんなところで死んでたまるものかと。


 だが微動だにしない。断頭台もまったく揺れなかった。


「や、やめてくれぇえぇぇぇぇ!? 余はアーガ王なるぞ!? 余は……」

「ふんっ!」


 そうしている間に隣にいた愚図が首をはねられる。


 魔王は私の方へとゆっくり近づいて来て、剣を振りかぶって来た。


「せめてもの情け。痛みは与えぬ」


 やめなさい! 私はこの世界の宝! アーガ王国女王アッシュ!


 貴様なんかが殺してよい存在ではないのよ! そう私はこの世界を支配する女神になるのよ! こんなところで死ぬわけが……!


「ふんっ!」


 



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 アッシュの首がごとりと木の板の上に落ちる。


 それを俺とアミルダは少し離れた場所から、特別に用意させた席で確認していた。


 俺は当初の目的を達成したことで何となく少しだけ感傷にひたっている。


 ボルボルもバベルもアッシュも死んだ。ボルボルは蘇ってこそいるが、一度は殺したので復讐は完了している。つまり俺がハーベスタ国に来た目的はこれで完全に遂げたことになる。


「リーズ。どうだ? 復讐を成し遂げた感想は」

 

 横にいるアミルダが尋ねてくる。彼女もまたハーベスタ国の女王として、敵国の総大将が死ぬところを見届ける義務があった。


「そうだな。やはりあまり思うところはないかな。ボラススのせいでだいぶ影も薄くなってたし」

「確かにそうかもな。お前がいなくなった後のアーガは弱かった」

「俺というか、リーズだけどな」


 ボラスス神聖帝国は総本山が壊滅したので、ボラスス神に対する求心力が消え去った。神と崇められていたものの本拠が崩れたとなれば、もはや神への加護などないと思われてしまうのだ。


 神聖帝国の神がいなくなったならば、もはや国として成り立っていない。近々和睦交渉の予定だが、俺達の勝利で幕を閉じるだろう。


 アーガ王国もすでにハーベスタ国の支配下に入っている。ボラスス総本山を攻撃した後、速攻でハーベスタ軍で侵攻したのだ。


 奴らは兵士のほぼ全てがアンデッドになった上に、経済も崩壊状態だったのだ。冗談抜きでロクな抵抗もなしに王都まで占領できた。だからアーガ王も捕らえられたわけだ。


 リーズ、俺の元の身体の持ち主への義理はこれで完全に果たした。もうアッシュたちのことは記憶から消すことにする。ボルボルだけたまに話題に出てくるだろうけど。


「リーズよ、これからもよろしく頼むぞ」

「ああ」



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次話でエピローグです。

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