第116話 一騎当千? いや……


 パプマの議会は荒れに荒れていた。


 ハーベスタ国からの降伏勧告の手紙を受け取った後、彼らは延々と終わらない議論を繰り広げている。


「降伏だ! あの蛮族国家に勝てるわけがないっ! 戦犯である商業ギルド長、そして国外産業派を差し出さなければ!」

「ふざけるなっ! 何故我らがっ! これは商業ギルド長の独断だ! 我らには全く関わりのないこと!」

「ならそれをハーベスタ国に言って納得させてこいと言うのだ! ただの彼らで言うところの一貴族の独断なので、全責任はその男ですーって無理に決まってるだろうが! そもそも本人を逃がしておいてっ!」

「ならば議決で多数決だ! 民意に従って決めるべき! それを持ってハーベスタに!」

「それだと国外産業派の方がまだ多いだろうが! 国内の議決案なんて他国が納得するか!」


 パプマの議会はもはや何も決められない状況に陥っている。


 暗殺を仕組んだ張本人はすでに逃亡した。


 ハーベスタ国との対立を決めた国外産業派は、頑なにやらかしの責任を取ろうとしない。


 彼らの責任を問おうとしても、パプマの議会で過半数の議席を握っている。


 その責任案を議決で無効にしてしまうので、もはや内部の自浄作用は皆無に等しかった。


「ハーベスタ軍は刻一刻と迫っているのだぞ! お前らのせいでパプマが滅ぶ!」

「何を自分は関係などとほざくか! お前らとて貿易の恩恵を受けておいて、不利になったら都合よくこれか!」


 国内産業派とて決して無罪ではなかった。


 本当に国を憂いていたのならば、革命など起こすなどの手段だってあったのだ。


 彼らが馬鹿みたいに話している間にも、パプマの兵たちは死んでいくし国が燃やされてもおかしくない。


「ふざけるな! 貴様、脱税を揉み消しただろうが!」

「そちらこそふざけるなっ! 不当な価格で売っているのを知っているんだぞ!」


 議会制は決して悪いところばかりではない。だが今のパプマはデメリットを煮詰めたような状況が出来上がってしまっていた。





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 パプマの野戦陣地の昼飯時。兵士たちはパンをかじりながら、不安そうな声をあげていた。


「おいおい……本当にハーベスタ国と戦うのか? あの蛮族国家に勝ち目なんて……」

「仕方ないだろ……どうせ議会がグダグダと話してるんだから。俺達にできるのは国のために戦うことくらいだ。負けたら親も妻も子も酷い目に合う……それに俺達も数だけなら圧倒的だぜ? 案外勝てるかもな」

「ほとんど傭兵だけどな……唯一の救いは傭兵は部隊が分けられてることだな。連携できないし紛れられたら邪魔だ」


 パプマはハーベスタ国からの侵攻に備えて、大金をはたいて傭兵を集めていた。


 本来なら強兵で有名なハーベスタ軍が相手であれば、パプマ側が負ける確率が高い。


 傭兵も負け戦は嫌なので参加を忌避するだろう。


 だがそこは腐った商業国家、口八丁はお手の物だった。装備を与えるなど金に物を言わせたり、ハーベスタ国は実は弱卒などと言い含めたのだ。


「まあやってやろうじゃないか。腐っても母国だ、俺達の気合で何とか……」

「な、なんだあれは!」


 昼飯時の雰囲気をぶち壊すように、ひとりの兵士が指さして叫んだ。

 

 その先にいたのは……馬に乗った騎士であった。


 パプマ一万の軍の前に堂々と姿を現した騎士は、馬に乗りながら身の丈の二倍を超える少し婉曲した大剣――青龍刀――を肩に担いでいる。


『パプマのつわものどもよ! 吾輩はハーベスタ軍が将バルバロッサ! お主らに問う! この戦、本当にお主らが納得したものであるやと!』


 パプマの軍と怪物の距離は遠く離れている。だが彼の咆哮は戦場中に響いた。


「な、何を言ってるんだあの男は……降伏勧告か?」

「バルバロッサってハーベスタ国の有名な指揮官だよな? もしここで殺せたらハーベスタ軍は引き下がるかも……!」

「総員、矢を放てっ! あの蛮勇を討てっ! 我らパプマを舐めるなと教えてやれっ!」


 パプマの指揮官の命が下り、たかがひとり相手に矢の一斉射撃が開始された。


 矢の嵐がバルバロッサに襲い掛かる。常人ならば生存率0%の死の雨だ。


 しかし……それは並みの兵士ならの話。


『元より口だけで話がなるとは思っておらぬ! 我が剣舞を見せるのであるっ!』


 騎士は青龍刀を構えて一閃した。


 すると暴風が吹き荒れ、彼に襲い掛かっていたはずの矢の嵐は霧散する。


「……!? ……や、矢を放ち続けろ! 奴を近づかせるな! 怯える必要はない、あれは魔法使いと考えろ! 距離さえ保てばいずれ力尽きるはずだ! あんな大剣を振り続けられるわけがない!」


 更に弓兵たちが大量の矢を放つが、騎士の大剣の一振りでまた無力化される。


 騎士の力は間違いなく化け物の類であるが、パプマの兵士たちは動揺しつつも戦い続ける。


 この世界には元より魔法使いという人外に等しき存在がいるので、それと同様と考えれば逃げ出すほどではない。


『問おう! お主らを害する存在、お主らが打破すべきは本当に吾輩たちであるかを!』


 騎士は背中に背負っていた巨大な弓を、馬に乗ったまま構えて矢をついで弦を力強く引き絞る。


『流石はリーズの造りし弓よ、吾輩が全力で引き絞っても壊れぬ。ならば……はぁっ!!!』


 力強く射抜かれた強弓はパプマ軍をすり抜けた。


 その進路上にいた傭兵たちを鉄の鎧ごと貫通し、最後は地面に巨大なクレーターを作成する。


 もはやこれは弓ではない。言うならばビームなどの類に近い破壊力。


「「「「「……は?」」」」」

『征くぞっ! 大義を見ぬ金の亡者どもよ、吾輩が真の亡者にしてくれよう!』


 パプマ軍の混乱を見逃さずに、バルバロッサは馬を駆けてパプマ軍へと突撃する。


 更に弓をつがえて馬を走らせながら射った。その矢が再びパプマ軍の間を奔って、その進路上の存在を無に帰す。


「や、やぁ! やぁをはなてぇ! はなてぇ!?」

『むんっ!』


 パプマの指揮官は必死に弓兵たちに矢を撃たせるが、バルバロッサは再び大剣を手に取って一振り。矢は全て散っていく。


 そしてバルバロッサがパプマの傭兵軍に肉薄した時、兵士たちはその姿に悲鳴をあげた。

 

 恐怖の存在が近づいてきたから、ではない。いやそれも間違いなくあるのだが、それだけではない。


 バルバロッサの乗っている馬がおかしかった。


 今までは遠目なので彼らは気づけなかったが、普通の馬に比べて凄まじく大きく太いのだ。


 馬の武器は速度であり、その能力を上げるために細身を保っているはずだ。


 なればこれはもはや馬と呼んでよいかも怪しい、牛にも当たり負けしないようなガタイを持っている。


『おおおおおおおお! 我が刃、志なき者に……防げぬと知れっ!』

 

 バルバロッサは馬上で大剣を振り回し、自らを中心とした巨大な竜巻を作り出す!


 それは傭兵軍を飲み込んで遥か上空へと吹き飛ばす!


 少し離れた場所にいた傭兵たちが悲鳴をあげて逃げ纏う!


「こ、志があっても防げるかぼけぇ!」


 正論である。


『やかましい! 吾輩はお主ら傭兵という存在が大嫌いなのであるっ! 雇ってもすぐ逃げるし、そのくせがめつくてやかましいのである!』


 私怨である。


 何はともあれ戦場は強い者が正義なので、バルバロッサの竜巻が傭兵たちを吹き飛ばしていた。


 逃げ纏う傭兵たち。だが今のバルバロッサには彼を乗せられるほどの巨大な馬――ばん馬――という足がある。


 ばん馬、それは速く走ることが仕事の馬ではない。


 畑を耕したり重い荷物を引いたりと、力仕事を主とする役割を持つ馬。


 故に大きく力強い。サラブレッドに比べるとその体重は倍にもなる。


 そして昔から使われる単位である馬力においては……なんと十馬力を越えるものもいるのだ!


『おおおおおおおぉぉぉ! 吾輩のこの武、とくと馳走してやるのであるっ! 今、万感の想いをこめてっ!』


 機動力という弱点がなくなった怪物に、もはや逃げられる者はいないっ!


 台風が戦場を縦横無尽に暴れて、傭兵軍を集中して吹き飛ばして吹き飛ばす!


 そして軍が半壊したところでバルバロッサは剣を振り回すのをやめて、その場で見栄を張った。


『我は万夫不当にして一騎当千……否! もはや千にあらず!』


 バルバロッサは大剣を空に向けて振って、上空の雲を散らす!


! バルバロッサである!』


 戦場に響く叫びにパプマの兵はひとり残らず恐怖した。


 彼らはもはやバルバロッサに戦う気など起きず、恐れおののいている。


「ば、万敵……! 天下万民の敵……だと……!?」

『……む?』


 パプマ軍の様子のおかしさに眉をひそめるバルバロッサ。


 彼は以前にリーズから万人敵のフレーズを聞いており、お気に入りだったので名乗るチャンスを待ちわびていた。


 そして待望の時が来たというのに期待した反応と何かが違う。


「ま、魔王だ! あれは人界を食らう魔王だ! 俺達は売ってはいけない喧嘩を売ってしまったんだっ!?」

『待て、誰が魔王であるかっ!? 万人の敵であって魔王ではないっ!』

「万民の敵を敵に回すなんて……終わりだ……偉大なるボラスス神よ、どうかお救いください……」

『ええいっ! 吾輩は悪魔ではないし神頼みなどするでないわっ! それならパプマの議会の首でも持ってきて許しを請う方が、まだいくらか建設的であろうがっ!』


 ハーベスタ国は宗教の力が弱い。それはアミルダやバルバロッサなどの主要貴族が、神に祈るよりもやることがあると考えることが大きい。


 それ故に影響などロクに考えずにいつもの調子で叫んでしまった。


「ま、魔王が議会全員の首を望んだぞ!」

「魔王よ! 議会の首を全て差し出して降伏すれば許してもらえるのか!?」

『む……? ま、まあそれなら構わぬはずであるが……』


 魔王とまで呼ばしめた恐怖。それはパプマ軍の士気を無に帰するには十分過ぎた。


 どうせ死ぬならば僅かでも助かる可能性に賭けたい、そう兵士が思ってしまうほどに。


 ドラゴンを目の前にして立ち向かえる者は少ない。恐怖を前にして正常な判断ができなくなっていた。


 パプマ軍の指揮官はこの状況を見て考え込む。


「……これは好機だ。俺がのし上がるための」


 彼は野心溢れる人物であった。


「へ、兵士たちがハーベスタ軍を恐れる状況ならば軍の統率を維持しつつ、自国王都に攻め入って占領命令も可能なのではないか。本来ならばこんな命令に兵が従わないだろうが、今ならばやれてしまうのではないか。


 足を震えさせながら動転し過ぎて逆に頭が冷えて、何やらぶつぶつと唱えている。


「ハーベスタ国もこの侵攻に乗り気ではないのは、軍の動きで何となく判断はできる。ならばパプマ議員の首を全てハーベスタに差し出してしまえば、後は自分が王になれるのでは……それでハーベスタ国に従属すれば滅ぼされない」


 この理由はおそらく一割ほどで、残りの九割は……前方の怪物を見て震えていることが物語っている。


「……総員反転! 敵は議会にあり! この状況をもたらしたのは議会だ! 我に従って議会を倒すのだ! 魔王が仰っているのだ、我らにパプマ王都を討てと!」


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※この作品は物資や工夫などで無双する話です。

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