第96話 指輪を渡そう


 俺はアミルダさ……アミルダとエミリさんに、白竜城の玉座の間に集まってもらった。


 そういえばエミリさんも呼び捨てにする必要があるような……まあいいか、気が向いたらで。


「どうした? 何か用か?」

「リーズさん!? いつの間に私、婚約者になったんですか!? 未だに何も聞いてないんですけど!?」


 アミルダ様が優雅に玉座に座っている横で、エミリさんが慌ててまくしたてる。


「アミルダ……様、未だにエミリさんに何も伝えてないんですか……」


 敬語やめようと思ってたけどやっぱり無理だ! 


 アミルダ様にため口するの恐れ多すぎる!


「そうなんですよ!? いくら問い詰めても叔母様は何も言ってくれないんです!?」

「別に必要がない。広場で発表されたことが全てだ」


 そう言いながらアミルダ様は俺を少し睨んだ。


 はて…………あ、わかった。余計なことは言うなってことか!


 考えても見て欲しい。エミリさんが俺と婚約を結んだ経緯を。


 彼女は俺以外に婚約できる人がいない。俺がアミルダ様と婚約したせいで、彼女は他国の貴族に嫁ぐ選択肢が消えてしまった。


 平民である俺とアミルダ様の子供よりも、他国の貴族とエミリさんの子の方が貴い血が濃いとか難癖つけられかねないからだ。


 そしてハーベスタ国の貴族はまともに残っていない。なので消去法というかアミルダ様のオマケで売り飛ばしたようなノリだ。


 確かにこれは仔細を伝えられない……。


「リーズさん!? 詳しく教えてくださいよ!? どういう経緯で私もリーズさんと婚約したんですか!?」

「……広場での話が全てですよ」

「あんまりじゃないですか!? これじゃあまるで、叔母様のついでに出荷された豚みたいじゃないですか!?」


 まるで、ではなくて事実なんですよ。変なところで勘がいいなこの人……普段は砂糖に狂っている頭スイーツなのに。


 とはいえ知らない方がよい真実もある……ここは彼女を黙らせるべきだろう。


「まあまあエミリさん。後でべっこう飴を一粒あげますから」

「私をそんな軽い女と思わないでください!? いっぱいください!」


 よし買収成功、ちょろい。


 まあエミリさんもこれでも貴族令嬢、何となく真相に勘づいてはいるのだろう。


 その上で利益を得るために交渉している……かもしれない。ここは飴を舐めることで口をつぐんで欲しい。


 とりあえずポケットのアイテムボックスからべっこう飴を取り出し、エミリさんの口元に持っていく。

 

 彼女はそれをパクリと口に入れると、幸せそうな笑顔を浮かべる。


「美味しいです~♪」

「む……」


 対してアミルダ様は何故か不機嫌そうな顔で俺を見てくる。


 いったいどうしたんだろ……ああ、姪が簡単に飴に買収されたからあまり愉快ではないのだろう。


「……それで私をここに呼んだ理由は? エミリの餌つけを見せつけるためではあるまい?」


 アミルダ様が先ほどよりも少し低い声で告げてくる。


 なんか普段より迫力があるような……まあいいか。


「実は婚約指輪を造りました。お納めいただきたいのですが」

「婚約指輪……そうか、私がもらえるのか。信じられないが」


 感慨深そうに呟きながら自分の左手の薬指を見るアミルダ様。

 

 これはあれかな、俺がはめるべき流れなのだろうな。よし。


 ポケットのマジックボックスから指輪を取り出して、アミルダ様の傍まで歩いていく。


 そして彼女の左手を優しく触り……うわ、白くてすごい綺麗な手だ。


 おっといかんいかん、見惚れている場合ではない。


「あ、あの……何を……」


 顔を赤くして困惑するアミルダ様を愛おしく思いながら、彼女の左手の薬指に婚約指輪をはめた。


「アミルダ様、これからも末永くよろしくお願いいたします」

「あ、う……」


 俺の言葉が気恥ずかしかったのか、アミルダ様は右手で顔を隠しながら俺の方を見てくる。


 そしてつけられた指輪に視線を移した後、目を大きく見開いた。


「ま、待て。このダイヤ、紅い……こんな物、どうやって……」

「魔法で特別に用意しました。一から造るにはすごく魔力を消費するので、あまり量産は出来ませんが」

「と、特別……」

「お納めください。俺からの婚約の証です」


 アミルダ様はダイヤを顔に近づけて愛おしそうに観察する。


「……ありがとう。一生の宝物にする」


 すごく幸せそうに微笑んだアミルダ様は、ダイヤよりもよほど綺麗だった。


 ……こ、この人のガチの笑顔の破壊力がヤバ過ぎる。


「そ、そうして頂けると嬉しいです。ではこれで……」

「待て」


 気恥ずかしくて思わず部屋から出て行こうとすると、アミルダ様から呼びかけられてしまった。


 ……今のアミルダ様を直視してると、本当に心の底から恋してしまいそうで怖いのですが。


「……いつまで私のことを様づけで呼ぶのだ。私たちはもう夫婦になるのだから、その……『アミルダ』と呼んで……ほしい。……ダメ、か?」


 アミルダ様は俯きながら上目遣いでこちらを見てくる。


 やめましょう、アミルダ様。これ以上俺の心を揺らさないでください!?


 落ち着け深呼吸だ息を整えろここでガチで恋したらかなり面倒なことになって。


 ほらアミルダ様も俺も忙しいから変に一緒にいたいとかなったら日常業務に色々と支障が出たりなんかこう。


「すー、はー、すー……わ、わかりま……わかった、アミルダ。これからはなるべく普通の言葉で話すよ。ただまぁ……これまでの癖があるので、たまに敬語が出ても許してください」

「……ふふっ、すでに敬語が出ているぞ。善処してくれれば構わない」


 ……やっぱりこの人にはかなわないな。


 俺が敬語やめるの無理そうだと諦めようとしたら、心を読んだかのようにこう提案してくるのだから。


 本当に俺はアミルダと婚約したんだなぁ……現実感が薄いけど、これほどの果報者はそうはいないだろう。


「アミルダ、これからもよろしく頼む。貴女を守るから」

「期待している」


 俺とアミルダ様はすぐ側まで近寄ると、見つめ合って……。


「あのー……私ことエミリもいるの忘れてません?」

「「あっ」」


 ……すみません、真剣に頭から抜け落ちてました。 


 彼女にもべっこう飴の指輪を渡して、誤魔化しておくのだった。

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