第97話 逃げた貴族たちリターンズ


「やっと戻ってこれたな。まったく我々がいない間に好き勝手しおって……」

「本当にですな。いかに女王と言えどもいくら何でも限度がある」


 それなりに上等な服を着た者たちが、馬車に乗って白竜城の門の前までやって来ていた。


 彼らは窓から白竜城を覗くとため息をつく。


「まったく……こんな城を作る余裕があるなら、ハーベスタの伯爵たる我々を迎えに来るのが先であろうに」

「まったくですな。やはり小娘に国政を任せてはおけません。我々が正しく導いていかなくては」


 この者達はハーベスタ国の貴族であった。


 四年前にアーガ王国が攻め込んできた時からずっと、戦うこともせずにさっさと他国に逃げ出していた。


 ずっと今まで匿われていたのだが、ハーベスタ国の情勢がよくなったと聞いて戻って来たのだ。


「何者だ! 今日は来客予定はないはずだ!」


 見張りの門番が馬車に対して槍を向けて威嚇する。


 それに対して馬車の御者が御者台から高らかに叫んだ。


「誰に向かって槍を向けている! この馬車はハーベスタ国のムシメダ伯爵の物なるぞ! はよう城の中に案内せぬか! その首を飛ばされたいか!」

「そのような来客は聞いておりませぬ! ここを通すわけにはいきません!」

「ふざけるな! 門番が聞いてあきれるわ! ちゃんと仕事をせよ! この顔を見ても分からぬか! この給与泥棒が!」


 門番と御者のやり取りにイラついてか、三人の者が扉を開いて馬車から降りてきて叫んだ。


 だが門番も譲らない。槍を向けたままで威嚇する。


 自称貴族たちは給与泥棒などと言うが、むしろ門番は正しい行いをしている。


 そもそも門番は完璧に仕事をしているからこそ、事前アポもない者を通していないのだ。


 多少それっぽいだけで見知らぬ者を城内に入れるなど、それこそ職務怠慢以外の何者でもない。


 それに彼はリーズが来てからハーベスタ軍に入った兵士――裏切りの十本槍のひとり。四年前に逃げ出したハーベスタ国の貴族の顔など知る由もない。


「知らぬ! ハーベスタ国の貴族は、アミルダ様とエミリ様とバルバロッサ様! そしてリーズ様のみのはず!」

「馬鹿を言うな! このムシメダ伯爵こそ生粋の貴族! ぽっと出のバルバロッサ、ましてやゴミ同然の平民と一緒にするでない!」

「何の騒ぎであるか! やかましいのである!」


 門番と自称貴族の口論を聞きつけてか、バルバロッサが城の最上階から門の外へと飛び降りて来た。


 その着地の勢いで周囲の地面が少し揺れ、自称貴族たちは態勢を崩す。


 彼らは予想外の門外漢の登場に動揺しながらも、何とか平静を保とうと偉そうにし始める。


「あ、相変わらず滅茶苦茶だな。バルバロッサ子爵……」

「む、貴様らは……何の用であるか」


 バルバロッサはムシメダ伯爵たちに対して、イヤそうな顔を隠そうともしない。


 それを見てムシメダ伯爵たちは眉をひそめた。


「格上の我らには貴様らとは……これだから腕っぷしだけの武官は。まあよい、アミルダ様を呼べ」

「何の用かと聞いているのであるが? 質問にも答えられないのであるか?」


 バルバロッサの悪口に対して、ムシメダ伯爵たちは顔を歪める。


 だがムシメダ伯爵たちはバルバロッサに勝てるわけもないので、不機嫌そうに舌を打つだけだった。


「チッ……ハーベスタ国が人手不足だろう。この我々が戻ってアミルダ様をお手伝いし、土地を統治してさしあげるのだ」

「アミルダ様はまだお若い。やはり酸いも甘いも知った我らが傍にいなくては」

「それにアミルダ様が庶民と婚約すると戯言を申しているのもお止めせねば。婚約相手に貴族の血がなかったための苦渋の決断だろうが、我らが戻って来たならば不要になる」


 バルバロッサは彼らに顔を見せないように背を向けて、城の最上階に向けて叫び出した。


「アミルダ様!! 我が国の《元》貴族たちがやってきております!!! いかが処しますか!!!!」


 空気を震わせるような咆哮が城に浴びせられる。


 その後、しばらくすると城からアミルダが出てきた。


 彼女はニコニコと笑っている。


「おお、これは敵前逃亡した元貴族たちではないか。よくもおめおめと私の前に顔を出せたものだな。手紙を送ったはずだが?」

「おおアミルダ様! お久しぶりでございます! あの小さかったアミルダ様も立派になられて!」


 微笑みながらも明らかに怒っているアミルダ。


 対してムシメダ伯爵はそんなことに気づかぬばかりか、彼女の身体を見つめて下卑た笑みを浮かべる。

 

 残りの二人も同じような仕草を繰り出していた。


「ははは、今のハーベスタ国には我らの貴き血が必要と思いましてな。なにせハーベスタ国の王配に、有象無象の者がなるなどと聞きまして」

「おいたわしやアミルダ様……いくら選択肢がないからと言って、下賤な血を王族に選ばれるなどあるはずがありませぬ。これは我々へのメッセージでしょう、高貴な血が必要だという。故にはせ参じました」


 ムシメダ伯爵たちは自分達が当然正しいという態度。


 それを見たアミルダは勝ち誇った顔をすると、左手の薬指にはめた指輪を彼らに見せつけるように掲げた。


 見事な紅のダイヤモンドのついた指輪に、ムシメダ伯爵たちは息をのんだ。


「お、おお……実に見事な宝石……」

「これほどのダイヤ、パーティーでもなかなかお目にかかれぬ代物……」


 アミルダはフフンと機嫌よさそうな顔になる。


「これは我が愛する夫からもらい受けた物だ。素晴らしいだろう?」


 その言葉を聞いた瞬間、ムシメダ伯爵たちの形相が変わった。


「なっ!? そんなものつけていてはなりませぬ!? 指が穢れまする!」

「我らがもっと相応しい物を用意いたします! すぐに捨ててください!」

「アミルダ様は騙されております! 下賤な者は皆、貴女の王の権力を狙うクズども! 貴き血である者だけが正しいのです!」


 好き勝手なことを言い始める元貴族たち。


 彼らはまだ理解していない。自分達が今、断頭台の紐を自ら引いてしまったことを。

 

「……ほう。では貴様らはこの指輪を超える逸品を用意できると?」


 アミルダは無表情になって、まるで豚でも見るかのような視線で元貴族たちを見下ろした。


「そ、それは……!」

「わ、我らが用意した物ならば、どんな指輪でもその指輪よりも素晴らしい物になりましょう! その指輪は下賤な者が触った穢れし……」

「黙れ」


 必死に言いつくろうとする元貴族たちに、アミルダは冷たく言い放った。


 もはや彼女の目には人は写っていない。


「逆だ。仮に貴様らがこの世で最も素晴らしい指輪を渡しても、私には何の価値もない。敵前逃亡して民を見捨てた裏切り者共、せめて頭を下げて許しを請うならば降格の上でやり直す機会を与えたものを」


 底冷えするような迫力に気圧される豚たち。だが彼らは何とかぶーぶーと喚きだした。


「何を! 私は貴方を幼い頃から面倒を見て来たのですよ!」

「アミルダ様は毒されています! この国が穢れる前にお目を覚まされください! この私が代わりとなりましょう!」

「バルバロッサ、この者達を広場で公開処刑しろ。罪状は民を見捨てた逃亡、そして王配への侮辱罪だ」

「ははっ! 兵たちよ、捕らえよ!」

「「「なっ!?」」」


 バルバロッサはすぐさま兵を呼んで、彼らに元貴族たちを縄で縛らせた。


「は、はなせ! 下賤な者達がこの私に危害を加えようなどっ!?」

「あ、アミルダ様!? 私たちはハーベスタ国を救うために……! アミルダ様ぁ!?」

「貴様らが貴き血? 馬鹿を言うな、その濁った醜い血を民の前に知らしめるのだな。そもそも貴様ら、四年もの歳月をどこで過ごしていた? 他国に匿ってもらっていただろう? そんな者を貴族に戻すなど、間者を招き入れるのと同じだ」

「違います! アミルダ様は騙されてっ、我々の話を聞いて……!」

「貴様らの助けなど不要だ。私には困った時に助けてくれた者たちが、そして頼りになる夫がいる。それでも助けるというならば、処刑されることで逃げた者への示しとなれ」


 こうして元貴族たちは処刑された。


 これは国民や他国に対して強烈な公言となった。ハーベスタ国の元貴族はもはや利用価値のない者なので、支援しても見返りはなく無駄であると。


 つまり以前にハーベスタ国から逃げ出した貴族は、公的にその権利の消失を宣言されてしまった。


 今後にハーベスタ国の元貴族が何を画策しようと、誰も支援する者は出てこないだろう。


 なにせ彼らを助けたところでメリットがない。貴族という権威を失った賊など誰も手を差し伸べない。




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なろう系でハーレム物を勉強したいのですが、何かおススメの作品あれば教えて頂きたいです。

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