第10話 勝鬨をあげよ!


「アーガ王国軍は無様に逃げて行った! 勝鬨をあげよ!」

「「「「おおおおおお!!」」」」


 アミルダ様に続いて兵士たちが叫んだ。


 アーガ王国軍は壊滅して撤退、統制すらなく散り散りになって逃げて行った。


 その一方で俺は少しだけ残念に感じていた。ボルボルが尻尾を撒いて逃げてしまったことだ。


 流石に兵力差がありすぎて捕縛できなかった。


 だがまあよいか。千対万の戦いで万の軍勢側が一方的ボロ負けなんて歴史でもそうそう聞かないレベルだ。


 この稀代の大惨敗で奴は間違いなく恥をかく。そう考えれば少しは胸もすく。


「アミルダ様! ここは追撃を行うべきです! さらに大打撃を与えることができます!」


 だがまだボルボルは逃げ切ってはいないはずだ。馬車は騎馬に比べれば足も遅い。


 頑張れば今からでも追い付ける。どうせならその悔しがった面を拝むくらいはしたい。


 それに追撃自体は理にかなった策のはずだ。統制のとれてない軍を後ろから一方的に攻撃できるのだから。


 だがアミルダ様は首を横に振った。


「ダメだ、我が軍も疲れ切っている。それにお前のポーションである程度動けるとしても金属鎧は動きが遅く追い付けぬ。敵兵は鎧すら着ていない軽装の者が多いのだぞ」

「あー、たしかにそうですね」


 敵軍が鎧すら揃えられなかったせいで逆に逃げ足が速くなるとは、なんというか怪我の功名だろうか?


 こちらも金属鎧を脱ぎ捨てて追いかけるのは現実的ではないか。


 鎧を脱いでる間に敵が逃げ切ってしまうし。


「下手に追撃すれば我が軍にも被害が出る。それにこの勝利は我らに地の利があったゆえでもあるのだ。追撃となれば敵の土地に攻め入ることになる」

「がっはっは。リーズよ、次の機会にするのだな! 安心せい、アーガ王国軍はまたすぐに攻めてくる! 次は敵も油断せずに来るから、今度こそが正念場ぞ!」


 確かにアーガ王国軍ならまたすぐに攻めてくるな。


 そして次の戦においても必ずボルボルが軍を率いてやってくる。何故なら奴は無能とプライドの塊だ。


 ここまで無様に負けて黙っていられるような人間ではない。何も出来ないくせにな。


 それに今回はアーガ王国からすれば勝ち確定の戦だった。それを負けさせたボルボルはさぞかし馬鹿にされるだろう。


 今度攻めてきた時に捕縛すればいいか。

 

「ボルボル、この程度で復讐が終わりと思うなよ」

「あ、あの……大丈夫ですか? すごい顔をしていますけど」


 逃げ去ったボルボルの方を向いていると、エミリさんが心配そうに声をかけてくれた。


 気が付くと拳を強く握っていた。たぶん気味の悪い笑みでも浮かべてたかもしれない。


 落ち着け、あんな奴のせいで変人に見られるのはごめんだ。


「大丈夫ですよ、心配かけてすみません」

「いえいえ。それとボルボルって常勝将軍ですよね。その人と何かあったんですか?」

「……ええまあ。ちょっとばかり恨みがあって、死ぬほど苦しめた上で殺したいだけですよ」


 ドン引きされるかもしれないが、嘘偽りを言える気分でもない。


 それに対してエミリさんは「そうですか」とだけ告げるのだった。


 そうしてハーベスタ軍はアーガ王国軍に歴史的勝利を成し遂げた。


 






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「ううううぅぅぅ! こんなバカなことがあるか! ボキュが負けるなんてありえないぃぃ!」


 ボルボルは撤退していく馬車の中で頭を掻きむしって発狂していた。


 彼の自己評価は伝説の英雄にも劣らぬ傑物だ。地球で言うなら三国志の英雄である諸葛孔明と呂布を足して割らないくらいの。


 勝利は絶対で当たり前、敗北ましてや惨敗などあってはならない。


「絶対おかしい! 裏切り者が大勢いるんだな! ボキュの才能を妬んだゴミ共が敵に情報を流して、装備も整わないように妨害したんだな!」


 そんなボルボルに対して馬車の外から副隊長が叫んでくる。


「ボルボル様、敵軍は追撃を行ってきません!」

「そんなどうでもよいことは報告しないでいいんだな!」

「えっ……」


 あまりの物言いに思わず呆けてしまう副隊長。

 

 敵軍が追撃をしてきていない。撤退戦において重要な情報だ。


 敵が追って来ていたらそれを食い止める殿が必要だ。犠牲を前提にした部隊を用意しなければならない。


 だがボルボルにはどうでもよかった。兵士などいくら死のうが構わなく、そんなことよりも自分のプライドを維持するほうがよほど重要。


「この軍に裏切り者が多数いるんだな! そいつらのせいで負けたんだな!」

「…………な、なんとぉ!? そ、そ、それはなんて奴らでしょうかぁ!?」


 副隊長は少しだけ黙り込んだ後に、太鼓持ちのように演技がかった口調でボルボルに従った。


 これはアーガ王国において普通の光景。目上の者には逆らわないでおくということだ。


「判明させて公開処刑で縛り首にするんだな! 負けたのは裏切ったそいつらのせいで、ボキュは可哀そうな被害者だと! これだけ裏切りがいたら負けても仕方ないんだな!」

「ははっ!」


 そもそも裏切り者を大量に出した時点で指揮官として落第なのだが、ボルボルはそれに気が付いてもいない。


 仕方がないだろう。彼はどう言いつくろっても、無能の極みなのだから。


「すぐにアッシュ様にお願いして、ハーベスタ国に再侵攻するんだなぁ! ボキュの汚名を挽回するんだなぁ! 逃げた兵士たち全員集めておくんだなぁ!」

「えっ。いえあの、兵も疲れ切っているのですが……」

「ふざけるなんだな! 同じく従軍してるボキュを見習うんだな! まったく疲れていないし大丈夫なんだな!」


 ボルボルは間違いなく見事に汚名の挽回に励んでいた。


 彼はずっと馬車に乗っていただけなので、歩いて進軍したあげく必死に逃亡した兵士とは話が違いすぎる。


 当然ながら兵士たちは心身ともにズタボロだ。何なら装備も揃っていないのでとても戦える状態ではない。


 常人ならばそんな状態の軍がまともに機能するとは考えないだろう。


 だが彼は確信していた。次こそは圧勝できるのだと。


「は、ははっ! アーガ王国に逃げ延びた兵士たちを、即座にまた集結させて軍に編成いたします! そしてアッシュ様からの追加の兵でハーベスタに攻めましょう!」

「うむっ! なんだなっ!」


 そしてその愚業を止める者もいなかった。


 ボルボルは軍基地に戻ると即座にアッシュの部屋に転がり込んだ。


「アッシュ様! 裏切り者が多数出て負けてしまったんだな! そいつらは全員処分するから次は勝てるんだな! 即座にアーガ王国に再侵攻をかけたいんだな!」

「…………待ちなさい。それは……」


 流石のアッシュも少しためらう。


 彼女はすでに惨敗して敗走した報告は受けていて、ボルボルではなくて他の者を出す予定だった。


 彼女にとって兵士の被害などどうでもよいが、部下が失敗して上司である自分の評価が下がるのは困る。


「お願いなんだな! このままじゃボキュの面子は丸つぶれなんだな! パパンにも顔向けできないんだなぁ! アッシュ様からのお願いも頼めないんだな!」


 アッシュはボルボル経由で、彼の父親に様々なお願いをしていた。


 政敵の排除や篭絡、貴重品の取得や軍内部での権力掌握。


 また彼女を危険視する正しい貴族たちを抑えるなど。アッシュにとってボルボルの父親からの支援がなくなるのは非常に困る。


「それは困るわね……一万人の兵士程度なら全員死んだとしてもそこまでではないか」

「そうなんだな! 兵士なんていくらでもいるんだな!」

「わかったわ。でもボルボル、貴方が負けた理由があるのよ」

「裏切り者が大勢いたからなんだな!」

「その通りよ。その中のひとりなんだけど敵軍にリーズがいたと報告が入ってるの」


 その言葉を聞いた瞬間、ボルボルは顔を真っ赤にしてわなわなと震えだした。


 地団太を踏んで憤怒の形相を浮かべる。


「あのゴミめ、なんで生きてるんだな! しかもボキュの邪魔しやがって! 何様のつもりなんだな!」

「本当にねー。裏切って私たちの邪魔するなんて卑劣にもほどがあるわ。だからハーベスタ国に言って引き渡してもらいましょう。その後は裏切りの大罪人として縛り首にすればいいわ」


 ボルボルは街の広場での公開処刑を想像する。


 観衆たちの前で自分がリーズの首を落とすことを考えて、ニタリと気味の悪い笑みを浮かべた。


 これで自分の失敗は消えてなくなり、卑劣千万な裏切り者を処分したことで更に人気が上がるのだと。


「正しいボキュたちが負けるなんて間違ってるんだな! でもハーベスタ国は簡単に引き渡すんだな?」

「うふふ。引き渡せば和睦すると言えば簡単よ。そしてリーズを受け取ったら即座に再侵攻よ。ついでにあなたのお目当ての女王たちも交渉の場で捕縛できれば理想ね」

「素晴らしいんだな! ざまぁ見やがれなんだな! 楽しみなんだな!」


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