第11話 怪しいお誘い


 アーガ王国軍を破った後、俺達は王都に凱旋した。


 民衆たちはこぞって俺達に歓喜の声をあげ、その戦果を聞いて更に狂喜乱舞している。


「やった! ハーベスタ国バンザイ! アミルダ女王陛下バンザイ!」

「アーガ王国に侵略なんてされたらどうなっていたことか! やはり俺達にはアミルダ様しかいない!」

「アミルダ様ー! 結婚してくれー!」


 アーガ王国の暴虐は知れ渡っているので喜びもひとしおだろう。


 だが……これで勝ったわけではないのだ。


 パレードが終わって即座にアミルダ様の屋敷で評定が開始された。


 アミルダ様にバルバロッサさんにエミリさん、そして俺のいつもの面子だ。


「よくやったぞ。お前たちの活躍によってアーガ王国軍を退けることに成功した。これより勲功に応じて褒美を与える!」


 アミルダ様はまずエミリさんのほうを向いた。


「エミリよ、お前の光魔法による狼煙で兵たちは迅速に動けた。以前から欲しがっていたこの指輪を授けよう」

「あ、ありがとうございます!」


 エミリさんは嬉しそうな顔で、アミルダ様から綺麗な銀の指輪を受け取った。


 彼女の働きからすれば妥当なところだろう。そこまで大活躍したわけではないが、敵に偽造されない合図を出せる彼女の存在は貴重だ。


「バルバロッサ、貴様にはこの剣をくれてやろう」

「な、なんと!? 吾輩にかのリーズナーの万斬剣を!? ありがたき幸せ! 家宝にいたしまする!」


 バルバロッサさんは鞘に入った剣を受け取って、感激のあまり抜刀した。


 なにか見覚えがあるような…………ん? 待て、あの剣って……。


「あ、アミルダ様、その剣はどこで手に入れたのでしょうか?」

「以前にアーガ王国からやって来た商人からもらい受けた。リーズナーという鍛冶師の生涯渾身の一作だそうだ。それを打ち終えた後、精魂使い果たして死んだと聞いている」

「その話も真実味がありましょうや! これほど見事な刃を吾輩は見たことありませぬ!」


 ……思い出したぞ。


 リーズが剣一万本依頼作成中に徹夜明けで寝ぼけて、普通より魔力込めて一瞬で造った失敗作だ。


 いちおうアッシュに渡したが、巡り巡ってアミルダ様の手に渡っていたとは……。


 あいつは剣なんて興味なさそうだもんな。高く売れるようにてきとうな逸話つけたのが容易に想像つく。


「ぐはははは! 次はこの名剣でアーガの兵を切り刻んでくれるわ!」


 い、言えない……バルバロッサさんの喜びようを見た後に、実は失敗作なんですよ! なんて言えるわけがない!


 仕方がない、この事実は墓場まで持って行こう。


 てかリーズナーってなんだよ。名前を偽るならもう少しひねれよ。


「さてリーズ、貴様への褒美だが……すまない。今の私には貴様の勲功に値する褒美を用意できなかった」


 そう言ってアミルダ様は俺に頭を下げた。


 彼女の言うことに対して、俺はまあそうだろうなというのが感想だ。


 何せ今回の戦いでハーベスタ国が得た物が少ない。


 これが侵攻だったならば敵の領地を奪えただろう。だが防衛戦であるがため、戦利品はアーガ王国軍が持って来た数少ない物資程度。


 いやそれすらもほとんどなかったからな。あいつら、リーズがいなくてまともな物資を用意できていなかった。


 食料などはこの国で略奪の限りを尽くす予定だったのだろう。


 そしてハーベスタ国は元々余裕がないわけで、ないものを出すことはできない。


「……本当にすまない。私が用意できる物で貴様が欲するならば、差し出せるものは差し出す。この身体が欲しいならばそれも許す」

「アミルダ様!? それはいけませぬぞ!?」

「バルバロッサ、貴様もわかっていよう。リーズの働きならば領地を与えるくらいは当然だ。それが出来ぬならば誠意をもって示すしかない」


 アミルダ様は珍しく少し不安そうに俺を見続ける。顔も少し紅潮していた。


 ……なんだろう、すごく可愛く見える。常時キリッとしている人が見せた弱々しい仕草……なにこれすごいよい。


 物凄く好みのイラストを見たかのごときすばらしさだ。魂が震える。


「ありがとうございます……! 素晴らしい褒美を頂きました……!」

「……は?」


 俺は思わず祈るようにアミルダ様にお礼を言う。


 そもそも俺はそこまで褒美を欲しがっていない。なので今回はアミルダ様のお気持ちと、このギャップ萌えで満足しておこう。


 いずれ後払いしてもらえばよい話だし。


「あ、いえ。今は御国の危機でございます。アーガ王国に反撃を行って、領地を得た時に改めて褒美を頂戴したいです」

「……すまない、恩に着る。その時には必ずや貴様に褒美を与えると約束しよう」


 アミルダ様は再度俺に頭を下げてきた。


 あ、でもアミルダ様の身体は少し惜しかったか……? いやいや、人間としてダメだろうそれは。


 今のハーベスタ国から俺が抜けたら滅ぶ。


 そんな状態でアミルダ様の身体を求めるなど脅しだ、アーガ王国のゴミ共と同じになってしまう!


「よくぞ言ったぞリーズ! 吾輩と共に忠義の道を歩もうぞ!」

「そうですね! 打倒アーガ王国です!」


 少なくともアミルダ様は俺のことを考えてくれている。


 それはリーズがアーガ王国でずっと渇望し、最期まで得られなかったもの。


 賞賛に心配、そして気遣い……そんな当たり前だ。


 するとエミリさんがアミルダ様に手紙を手渡す。


「あ、叔母様……セレナに助けてもらえないかお願いしたのですが、ダメと手紙が来ました」

「……そうか、残念だ。彼女がいてくれれば千の兵士を得た想いだったのだが」


 ……千の兵士ってまだバルバロッサさんみたいな化け物がいるのか。


 そんなすごい人ならも有名だと思うんだけど聞いたことないな。


「セレナ? どなたですか?」

「ぐははは! 流石に本名は知らんだろうな! だがこの異名で呼べばお主も知っているはずだ、あの有名なシルバー……」

「ひょ、評定中に失礼いたします! 大至急の案件でございます! アーガ王国より手紙が!」


 バルバロッサさんの言葉を遮るように執事が部屋に駆け込んできて、アミルダ様に手紙を手渡した。


 受け取った彼女はしばらく黙って読み込んだ後。


「……アーガ王国が和睦交渉をしたいそうだ」

「なんと!? 吾輩たちの武威に恐れおののいたのですかな!」


 ……凄まじく怪しい。


 アーガ王国は傍若無人を体現したような国家だ。


 確かに先日の敗北は痛手ではあるが、あの国はまだまだ兵士に余裕があるはずだ。

 

 むしろ敗北したなら名誉挽回のためにまた攻めてくると思うのだが。


「女君宰相アッシュの名での手紙だ。国境から少しアーガ王国よりのルインという町で話し合いたいらしい」

「あ、あの女君宰相アッシュの……。天才じみた手腕で補給線を確立し、迅速な軍運用を可能にした女傑……」


 エミリさんが声を震わせるが……けっ、何が女君宰相か。それは全部リーズの力だろうが。


「吾輩少し気になるのですが。国境ではなくてアーガ王国の領地内なのですか?」

「そうだ。それに……重鎮を全員連れてくるように所望している。普通に考えれば私とバルバロッサだけで事足りるはずだ」


 絶対ロクなこと考えてないだろあいつら。


 重鎮全員集めて暗殺くらいは容易に想像つくぞ。


 アッシュならば嬉々としてやるぞ、あいつは国の評判などどうでもよくて自分の手柄優先だからな。


「私に実質的な権限はありませんからね……リーズさんに関しては知られてもいないのでは? 入ってきてまだ一月程度ですし」

「ふむ、だがアーガ王国との交渉は我らも望むところである。流石に奴らにも外聞はあるのだから、交渉の場で暗殺などは仕向けてこない……と願いたいところだ。女君宰相アッシュが出てくるならば向こうの本気度も伺える」


 いやむしろアッシュなら絶対やってきます! ……とは言えないよなぁ。


 それを言ったら俺が元アーガ王国の者だとバレてしまう。そうしたら間者を疑われて追い出されかねないし。


「……交渉の場に出向く。皆、ついてこい。ただし何かあれば逃げられるように常に警戒せよ。敵は極悪非道のアーガ王国、あり得ぬこともあり得る」

「ははっ! このバルバロッサにお任せあれ!」

「が、頑張ります」


 バルバロッサさんとエミリさんは元気よく返事するが、俺はとても口を開けなかった。


 自分から暗殺されに行くようなものだ、と。アッシュたちの卑劣さならば国の名誉も外聞も関係ないのだと。


 言いたいのに……くそっ! なおもあいつらの鎖に縛られている気分だ!


 いや待て、よく考えたら俺がアッシュたちの前に出たらバレるじゃん。


 俺が元王国だとアミルダ様に知られたら、首になってしまうのでは……。


 そんなことを考えているとアミルダ様が語り掛けてきた。


「リーズ、貴様は切り札だ。王国には隠しておきたいので変装しておけ。それと期待している、任せたぞ」

「えっ? 何を……?」


 アミルダ様は何も言わずに去っていった。わ、わけがわからん……。


 と、とりあえず変装してよいらしいので王国にバレる心配はないか?


 いやもしかしたら既にバレている可能性もあるか? どうせなら戦場でも仮面でも被っておくんだったなぁ。


 バレたら王国の情報を全て暴露して、何とか身の潔白を証明することを考えよう。


 王国の情報なんてむしろ全部譲り渡したいくらいだし。


 ……それだったら最初から王国から逃げて来たって言った方がよかったかも。

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