第12話 最高過ぎる、ざまぁ見やがれ


 俺達は和睦交渉のために、アーガ王国の町であるルインへとやって来た。


 敵国での交渉は危険が伴う。だがアミルダ様は成功した時のメリットを選んだようだ。


 ハーベスタ国とアーガ王国の国力差は歴然だ。おそらく三十倍以上もある。


 ただし彼の国は他国とも争っているので、我が国に戦力全てをぶつけることはできない。


 しかしまともに戦えばいずれ我が国が飲み込まれるので、こちらが優勢な時点で和睦を勝ち取りたいのだろう。


 それは理解できる。前の戦では圧勝できたが、わが国の現在の兵力は千だ。


 敵が消耗戦を仕掛けてきたらじり貧になる、と考えるのも無理はない。


 俺の力を万全に活かせばそれでもある程度戦えるだろう。だがアミルダ様は俺が何をできるかを完全には知らないからな。


 そうして俺達は国境にやって来て、アーガ王国の迎えの兵士に出迎えられた。


 アミルダ様とエミリさんはドレス、バルバロッサさんは軍服。そして俺もドレス姿に金髪ロングのカツラをしていた。


 決して俺が女装趣味があるわけではない。変装である。


 更には魔道具である人間顔マスクを作りそれを装着している。


 このマスクは認識阻害の魔法がかけられていて、俺をリーズではない別人へと見せている。


 これで誰が見ても俺をそこらの美少女と認識する。


「よく来たな、田舎者共。これよりアッシュ様の場所に案内するが無礼のないようにしろ」


 アーガ王国の兵士は無礼な態度で俺達に馬車に乗るように指示した。


 たかが一兵卒が他国の女王に偉そうな立場だが、これもアーガ王国ならば当然である。


 彼らからすればハーベスタ国は植民地同然で、その国の主君は自分より格下と考えているのだ。


 本当にアッシュが権力を握ってからあの国は腐り切ってしまった。その手腕だけは末恐ろしい。


 そうして俺達が馬車に乗り込むとすぐに出発した。


「なんという無礼な! 吾輩、あの者の首をねじきりたかったですぞ!」

「落ち着けバルバロッサ。ただの挑発だ、敵の下らぬ策略に乗るな」


 いや挑発ですらないと思いますよ。あいつらは素でやってるかと……。


 ガタゴトと馬車に揺られて一時間ほどでルインの町に到着した。


 そして俺達はとある屋敷の迎賓室に案内される。


 そこには……憎きアッシュとボルボルが偉そうに椅子に座っていた。


 ……落ち着け。ここで仕掛けたらアミルダ様の邪魔をしてしまう。


 心をなだめるために周囲にを見回す。


 部屋には他に長方形のテーブルがあるが……何故か椅子はあいつらが座っているものしかない。


「よく来たわね、ハーベスタ国の女王。私はアッシュ、女君宰相と言えばわかるわよね?」

「ふん! よく来たんだな! ボキュは常勝将軍ボルボルなんだな!」


 アッシュは見下すように、ボルボルは舐めまわすようにアミルダ様を見ている。


 ……仮にもこちらは王女で、あっちはたかが軍のしかも最高権力者ですらない。


 なのに偉そうに振る舞ってくるのは本当にゴミクズだな。


 だがアミルダ様は顔色ひとつ変えない。


「アミルダ・ツァ・ファリダンと申します。アッシュ殿とボルボル殿にお会いできて……」

「はぁ? 小国の女王風情が何を呼び捨てにしてるんだな! ボルボル様なんだな!」

「そうね。まさかあなた、私たちと対等の立場だと思ってるの? それに頭も下げないで何様のつもりよ」


 対等な立場に決まってるだろうが!


 こちとら先ほどの戦で圧勝したんだぞ!? 降伏しに来たわけでもないのに!


 バルバロッサさんなんぞ、明らかに激怒していて筋肉の膨張で服が悲鳴をあげている。


「失礼いたしました……アッシュ様、ボルボル様。本日はお目通り頂きありがとうございます」


 アミルダ様は頭を下げた。そして彼女らに見えないように俺達を手で制した。


 ……くそっ、俺は一ヵ月しか仕えてないがそれでも不快極まりない!


「それと……私は重鎮を全員連れてこいと言ったはずよ」

「これで全員です。なにぶん、アーガ王国の脅威に逃げてしまったもので」

「ふむ……ああ、そういうことね。なら特別に許しましょう。では交渉を開始するわ。おっと、ただ椅子が用意できなかったから貴方達は立ってなさい」


 アッシュはクスクスと愉快そうに笑いだした。


 他国の女王を自分の下におけていることの優越感に浸っているのだ。


「……問題ありません。常に足腰は鍛えておりますので」


 バルバロッサさん顔真っ赤で今にも服が破裂しそうだ。


 ……落ち着け。交渉の場で暴れたら全てが無駄になってしまう。


 これはアッシュの策に決まっている。あいつは人を陥れることに関してだけは、超天才なのだから。


「じゃあ和睦交渉ね、条件はたったひとつよ」


 たったひとつ? 無条件降伏でもしろというのか?


「実はね、私たちの国の大罪人がハーベスタ国に逃げたのよ」


 アッシュがそう告げた瞬間、俺の心臓がドクンと跳ねた。まさかそれは……。


「……そうですか」

「その者は無辜の民間人を五十人も殺したので、すぐにでも処刑する必要があるわ。でも逃亡して貴女の国の軍に紛れ込んでいるのよ。リーズという名前でね」


 思わず叫びそうになったのを何とかこらえる。 


 ……ふざけるな! 何が五十人殺しただ! 殺されたのは俺の方だろうが!


 だがアッシュはいけしゃあしゃあと言葉を続ける。


「わかる? あなたはアーガ王国の大罪人を匿っているの。そいつは物を用意する能力だけは多少あるけどすぐに本性を見せて裏切るわ。生かしておいてはダメな存在なのよ、そいつを引き渡せば和睦してあげる」

「リーズは最低最悪の極悪人なんだな! そんな奴を匿う国もまた救いようのない極悪国なんだな!」

「……なるほど。そのリーズという者を引き渡せば、ハーベスタ国と和睦すると?」


 アミルダ様は表情を変えずに訪ねる。


 ……彼女からすればアーガ王国との和睦は絶対。そのためならばアッシュたちにすら頭を下げるのだ。


 …………また俺は裏切られるのか。


「もちろんよ、永続的な同盟を結ぶわ。これからは友好国として仲良くしましょう」

「同じリーズの被害者同士、仲良くするんだな! あんな奴に騙されてお互い気の毒なんだな!」


 せっかくよい主君に仕えられたと思っていたのに。


 全てムダだったのか。ならもういい、ここでアッシュたちを殺してやる。


 そう思って一歩前に出た瞬間だった。


「なるほどな、全て合点がいった。これほど分かりやすく伝えてくれるとは感謝する。違和感が全て溶けて助かった。やはり来てよかった」


 アミルダ様が俺を手で制して笑い出した。


 その様子にアッシュとボルボルはニヤリと笑みを浮かべる。


「うふふ、わが国と同盟を結べることを誇りに思うのね。本来なら貴方程度の国じゃあり得ないのよ」

「この後は仲直りの晩餐を用意してあるんだな!」


 アッシュたちは偉そうに見下した視線を向けてくる。


 それに対してアミルダ様は……笑った。それは恐ろしく背筋が凍るような、まるで殺人鬼の狂気のような。


 少なくともアッシュたちとは生物として格が違う、そんな笑いだ。


 そして……。


「ふふふ。もうよいな……このっ、俗物共がっ!」

「「ぎ、ぎやああああああぁあぁぁぁ!?」」


 アミルダ様は強烈な回し蹴りを、アッシュボルボルの両名の顔にぶち当てた!


 二人とも椅子から吹っ飛ばされて床に倒れ、地面には折れた歯が数本ほど転がる!


「な、なあああ、何をするんだなぁ!」

「は? は……ははっ。よくもやってくれたわねこのアバズレがっ! この卑怯者がっ! ここまでやって許してもらえるとでも……!」


 ゴミ共は痛みのあまり悲鳴のように叫んだ。


 それに対してアミルダ様は奴らをにらみつける。


「許してもらう気など毛頭ない。貴様らはもう脅威に値しないと確信したからな。それに醜悪が服を着て歩いているようだ。リーズ、貴様が逃げるのも当然だろう。もう変装はよい、奴らにしっかりと存在を見せつけてやれ」


 アミルダ様は俺にしっかりと目を向けてくる。


 それは決して俺を売ろうとするのではなく、今までと同じように臣下に対しての視線だった。


 俺は感極まりながらカツラやマスクを取る。


「り、リーズ!? はぁ!? ふざけんな! アーガ王国代表である私の言葉を信じないで、そいつの言うことを信用するだと!」


 アッシュは発狂して口から血を流しながら叫ぶ。ボルボルはなおも痛みのあまり、顔を上げることすらできていない。


 ざまぁ見やがれ! アミルダ様最高です! 本当に素晴らしい回し蹴りです!


「私は自分の目で見て、耳で聞いたこと以外は信じない。リーズを雇ってまだ一月だが、貴様の言うようなことをする者とは思えぬ」


 アミルダ様はアッシュを見下すように告げた後、目を細めて疑念の視線をぶつけた。


 そこに籠っているのは侮蔑だ。


「むしろ……貴様は本物なのか? 私には貴様があの万全の補給線を整えた人物には思えぬ。その言葉は軽く性根も何も籠っておらず」

「なっなっなっ……!」

「そして矮小だ。あの鉄壁の物資網を築くには盗みを働くネズミ一匹混ぜれはしないはずなのに、貴様自身が卑劣なネズミにしか見えぬ。そしてリーズが我が国に来た後、アーガ王国の軍は急に鎧すら揃えられぬ無様を晒した。偶然にしては出来過ぎている」


 アミルダ様の言ってることは正しい!


 アッシュ自慢の補給網が成り立っていたのは、全てリーズの力だったのだからっ!


「ましてやそこのボルボルとやら! 貴様に至っては常勝将軍など名前負けもよいところだ! あのような戦をして兵を多数死なせておいて、私ならば恥ずかしくてとても名乗れん! 惨敗将軍が相応しいわ! そもボキュとは何だ気持ち悪い!」


 ざまぁぁぁぁぁぁあっぁぁぁぁぁ! アミルダさまぁ最高でございますあああああああああああ!


 もう一生ついていきます! もう褒美分以上の物を頂きました!


「ましてやリーズを引き渡せば和睦する? たかが一般兵の引き渡しなどが条件になるなどあり得ぬ! 貴様らの最強の武器がリーズの力だったならばもはや恐れるにあらず! そっくりそのまま我が国に渡ったのだから!」


 俺の中でアミルダ様の株がストップ高なんですけど!?


 もうこの人最高過ぎて崇め奉りたいんだけど!?


 アッシュはしばらく唖然とした後、立ち直ったのか再び顔をゆがめた。


「もういいわ、私をここまで愚弄したのだから生きて帰れると思わないことね!」


 アーガ王国の兵士たちが部屋の外からやってくると、槍を構えて俺達を囲んだ。


 だがアミルダ様はまったく焦っていない。


「くだらぬ、愚弄してなくても同じことをしていただろう。バルバロッサ!」

「待ちわびましたぞぉ!」


 バルバロッサさんはテーブルを手に取って振り回す!


 それによって周囲の兵士たちが塵芥のように粉砕されていく!


「おお見よこの武勇を! この怒りを! そしてバルバロッサの名を心に刻むがよい!」

「「「「ぐわあああああぁぁぁぁぁ!?」」」」

 

 兵士たちはぶっ飛ばされて壁にめり込んでいく。


 まるで荒れ狂う大型台風だ、バルバロッサさんにかかればテーブルも武器なのか……。


「今だ。エミリ、光れ!」

「は、はい!」


 エミリさんが魔法を発動すると、凄まじい光によって周囲が照らされた。


「「「「「め、めがぁぁぁぁ!?」」」」」


 アッシュやボルボル、そしてアーガ王国の兵たちは強烈な光を直視して苦しんでいる。


 俺達は目を手で隠してたりで無事だ。しかしエミリさん、人間フラッシュグレネードみたいだな。


 光って結構使い道あるんだなぁ。


 下手に敵に直接攻撃させるより、搦め手で使った方がよいというのも納得だ。


「リーズ! 我らをこの場から逃がせ!」

「は、はいっ!」


 俺は即座に持って来た服のポケットに手を突っ込む。


 これもまたアイテムボックス、事前に作っておいた魔道具をいれてある!


 俺は鉄の四輪の乗り物。魔法で動く小型トラックを取り出した。


「乗ってください! アミルダ様、前方の壁を何とかしてください!」


 運転席に乗り込んだ俺がそう叫ぶと、他の皆は荷台に飛び移った。


 更にアミルダ様の魔法の炎で邪魔だった壁が消失する。


 そして……おっと、進行方向にゴミが二人ほどいるなぁ!


 アクセル全開! 


「「えっ、ああああぁぁぁぁぁ!?」」


 アッシュとボルボルが吹っ飛んでいくのを見ながら、そのまま爆走してルインから脱出した。

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