第111話 暗躍
「これよりこの王都を燃やし、略奪の限りを尽くす! 好きにやれ! 女は犯し、欲しいものは奪ってよい!」
クアレール王城内に作られた庭で、ビーガン兵が集められて整列されていた。
彼らの前に立つビーガン兵隊長が力強く叫ぶ。
ビーガン兵隊長はすでに王都での巨人大行進によって、第四王子が不利になったことを悟っていた。
このまま行くといずれ第四王子が失脚する。そうなればビーガン軍はただの敵国、おびき寄せられてだまし討ちなどで殺されかねない。
そんなことになるくらいなら、まだ自由に立ち回れる内にクアレール国にダメージを与えなければならない。
ただでさえ混乱しているクアレール国だ。更に王都を焼かれたら立ち直るのに時間がかかる。
「し、しかしここは敵国の中枢です! こんなところで王都を燃やしても、その後に我らはどうすれば! ここにはハーベスタ国の恐ろしき軍勢もおります!」
一般兵のひとりが叫ぶ。彼の疑問は当然だろう。
クアレールの王都は国の中心部辺りに位置する。つまりビーガン国とは遠く離れているので、少数の兵で王都を焼いてもその後に逃げる場所がない。
ましてや先ほど、ハーベスタ国の軍勢が王都に来て広場に陣取っている。
王都を燃やして好き放題しようものなら、すぐにハーベスタ軍がやってきてビーガン軍は全滅させられかねない。
「案ずるな! これは第四王子の直々の命令だ! ハーベスタ国が我らに攻撃する大義はない!」
「いやそんな……いくらな」
「黙れぇ!」
兵隊長は小うるさい一般兵の言葉を黙らせるように、腰の鞘から剣を引き抜いた。
そもそもこの行動はビーガン国の独断だ。第四王子は一切かかわっていない。
いくら第四王子だろうと自国の王都を焼いて略奪、なんてことはしない。
ただ敵国の軍を王都に迎え入れた時点で、こうなることは予想しておくべきだったが。
「隊長たる私に逆らうならばその首をはねる! 他の兵はどけっ!」
兵隊長はビーガン国の貴族である。
彼にとってビーガン国が亡ぶのは到底許容できることではない。なので少しでも敵国であるクアレール国にダメージを与えたい。
そのためにここにいる兵士に対して、帰還不可能の玉砕命令を出している。
まだ彼自身も玉砕するなら救いようがあるが、当の本人は王都の混乱に乗じて用意していた馬で逃走する予定だ。
兵隊長の命令に対して、他の兵士たちは困惑しながらも道を開けた。
「ひ、ひいっ……ゆるし……がふっ」
兵隊長は目障りな一般兵の喉元に剣を突き刺してから引き抜く。
ごとりと音を立てて倒れる一般兵。
「よいか! これより打って出る! 我に続け! 犯せ奪え焼け! この豊かなクアレール王都を廃墟に変えてやるのだ!」
もはやビーガン兵は誰も逆らえず、兵隊長を先頭に王都を蹂躙すべく進軍し始める。
夜の闇に紛れているので誰にも見つからない。
そして王城の正門からくぐっていると……城から出るのを立ちふさがるようにひとりの銀髪の少女が待ち構えていた。
普通ならばこんな夜に城門の前に少女などいるはずがない。
明らかに怪しむべきところだが、ビーガンの指揮官はそれに気づけなかった。
更に言うならば先日からずっと彼は誰かに見張られている。
性格や今後の行動などが全て間者に漏れていたのだが……その気配も欠片も察知できていない。
そしてビーガン軍は城門という狭い場所に固まって動いている。前と後ろを塞がれるだけで、逃げ場を失う最悪の場所であった。
「邪魔だ小娘! 我が軍の邪魔をするなっ! 何の用だ!」
「花はいかがですか? 荒れた心にはよいと思いますよ」
「花などいらぬ! ……いやお前の花を散らすのは面白そうだな! 貴様、俺の元に来い! 逆らうなら斬る!」
また剣を引き抜いて脅す兵隊長。だが少女は無表情のままだ。
「下品の塊みたいな人ですね。私、脅して無理やり言うことを聞かせる人は大嫌いです」
「黙れぇ! 兵たちよ、俺が見本を見せてやる!」
兵隊長は激高して剣を引き抜いたまま、少女へとのしのしと歩いていく。
「そもそもお前も胸を開いて品のない恰好だろうが。実は高貴な俺に股を開くつもりでやって来たんだ、ろ……」
「「「「「…………っ!?」」」」」
兵たちは息をのんだ。
少女に触れようとした瞬間、兵隊長が巨大な氷の花に包まれたのだ。
その氷の花は美麗だった。光で宝石のように輝いた上、雪が飾り付けのようにまだらに盛り付けられている。
その花は氷漬けにされた種の醜悪さを隠すように、芸術品として仕立て上げられていた。
「最低ですね、貴方。でも助かりましたよ? おかげで良心の呵責を感じません。綺麗な花でしょう? 本当ならリーズ様に贈りたい物ですが、流石にこれは渡せませんね。まだ不満点もありますし……八分咲きと言ったところでしょうか?」
「なんと美しい華……そしてそれに合わせるような銀髪の美少女。俺は絵画でも見ているのだろうか」
「女神だ……」
一般兵たちは幻想的な少女の姿に見惚れて我を忘れている。
セレナは少し自嘲した笑みを浮かべた後。兵たちの逃げ場を塞ぐように、王城の正門を氷でふさいだ。
「さて皆々様、いかがなされますか? ここを通って王都を焼くつもりなら私が相手になります。降伏するのでしたら助命嘆願は聞き入れますよ?」
「「「「銀の女神様に降伏いたします!」」」」
「……はい?」
ビーガンの兵士たちは剣を投げ捨てて、セレナに跪いたのだった。
「……あれ? この後に華麗に私が姿を現して、セレナが後ろに氷の塊出して逃げ場塞ぐはず……。それで今必殺のエミリフラッシュでビーガン兵の目をくらませて捕縛する作戦は……? 私の見せ場は……?」
そんなセレナの後ろで、透明化を解除したエミリがすーっと浮かび上がるのだった。
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「リーズさーん、セレナがビーガン兵の鎮圧に成功しましたよ。私も姿隠して諜報頑張りました。あ、これクアレール国の王印です。盗んできました」
エミリさんは俺に豪華な造りの印鑑を渡して来た。
王都の広間で我が兵たちを休ませていると、お使いに出していたエミリさんが戻って来た。
彼女には王城に忍び込んでの偵察をお願いしていた。
もちろん少しでも危険と感じればすぐに逃げるのと、成果なくてもよいのでまず捕まらないのを優先してと伝えていた。
「え? 盗れたんですか?」
「なんか盗れました。警備が物凄く手薄だったので……お菓子も盗れたので大満足です!」
エミリさんは中がパンパンに詰まった手提げ袋を持っている。
……中に入っているのは言うまでもなくお菓子なんだろうなぁ。
俺はエミリさんから受け取った王印を観察する。造りは豪華そうだし黄金も塗ってあるので、見た感じでは本物っぽいのだが……。
「……この王印は偽物では? 第四王子が無能でもそこまで警備薄くするとは」
「いや本物だと断言できる」
「なんでだ?」
「昔に僕が見た時と同じ傷がある」
こんな簡単に盗まれる王印なんざ偽物であるべきなのに、第三王子が太鼓判を押してしまったぞ!?
いいのか!? 仮にも天皇の三種の神器に近い王印が、こんなあっさり奪還できていいのか!?
「なんで王印の警備が手薄なんだよバカだろ!?」
「そうですよねぇ。城内は城兵が大勢ウロウロしてて、王印のあった部屋の前にも兵が二人くらい見張ってた程度でしたよ。落とし穴などの大した罠もないですし、透明になってる人への警戒もありませんでした」
「そんな手薄な警備なんて……」
「あっはっは。あのね、城は住むものであって防衛基地じゃないんだよ。それに透明になる侵入者への警戒なんて無茶でしょ」
「「なっ!?」」
第三王子が愉快そうに爆笑する。
そんなクソガバ警備が許されるだと!? うちの白竜城じゃ毎晩お菓子が完全消滅するぞ!?
も、もしかして……エミリさんって超優秀な諜報要員なのでは……?
本人の魔力の関係でずっと透明にはなれないので、忍び込む場所付近までは安全に輸送しなければならない。
だが敵本拠の目の前まで送れば……いや流石に王族令嬢にやらせるには危険過ぎる任務か……。
それにエミリさんは以前にクアレール城に入っていたので、内部を把握していたのも大きい。
知らない城ではこうはいかず、魔力切れになって……という可能性もあるか。いつも盗賊してる白竜城だって文字通りのホームグラウンドだもんな。
「まあいいさ、王印を手に入れたのだから。これで次期クアレール王の正当性は、僕に完全に軍配があがったね。後は王城に引き籠る貴族に対してお手紙出そうか。この王印をこれみよがしに押してね? 三連打くらいしておこうか」
ウインクしてくる第三王子。
たかが印鑑、されど印鑑。この王印を第三王子が手に入れたということは、周辺の貴族に対して王位継承権証明のお手紙が出せるのだ。
第四王子も当然お手紙していただろうが、奴自体に正当性がないので微妙だった。
だが第三王子の名と筆跡であれば話は別だ。王印つきの手紙を見た貴族たちはこう判断するだろう。
もう趨勢は第三王子に決したので、第四王子に従うのは無意味であると。
もはや第四王子には万に一つの勝ち目もない。なので奴は全面降伏を……してこなかった。
「我が愚弟第四王子、王城に引き籠って籠城の構えらしいよ。自分の命と王族としての権利を保証しない限り、たとえ最後のひとりになろうが戦うってさ」
「往生際が悪すぎる……」
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