第144話 本当に全てを伝える時が来た


 リーズたちが過ぎ去った後、アミルダは俺を見据えていた。


 俺は立てずに椅子に座ったままだ。彼女がいったいどんな顔で俺を見ているのか、怖くて確認できない。


 俺はボルボルと同じだったんだ。アンデッドのように他人の身体を奪って生きている。


「先ほどの偽リーズの話はよくわからない。だがお前の反応を見る限りでは、向こうが口から出まかせというわけではなさそうだ。ちゃんと説明して欲しい」

「…………」


 ちゃんと説明してくれ……か。したところでどうなると言うんだ。


 転生してリーズの身体になって、本体の心が死んで俺に所有権が移りました。


 信じてもらえるわけがない。だから今までもこれからも言うつもりはなかった。


 話したところで頭がおかしくなったか与太話と笑われるだけだ。


 ……アーガ王国を滅ぼした後は幸せに生きるつもりだった。だがそれもそもそも間違いだったのだろうか。


 俺はもうこの身体を完全に自分のものだと思っていたのも、全てダメだったのか。


「リーズさん、顔が暗いですよ。大丈夫です、ほらあのえっとリーズさんが変なのは元からなので!」

「…………」


 エミリさんが俺の顔のすぐ横で呟いてくる。


 きっと俺を励まそうとしてくれているのだろう。


「ええい男ならばシャキッとするのである! 生気のない顔をすれば本当にアンデッドになりかねぬのである!」


 バルバロッサさんが大きく叫んで周囲の陣幕が震える。


 みんないつものノリで余計に辛い。


「……俺はリーズじゃないんだ、偽物なんだ」

「自分が偽物であっちにいたリーズが本物だと?」

「そうだ。俺はあいつの身体を使って動いているアンデッドみたいなもの……だと思う」

「要領を得ないな。死んでいる者しかアンデッドにはならない。あいつとお前が両方生きている時点で片方がアンデッドなどあり得ないはずだ」


 アミルダは顔をしかめている。


 そりゃそうだろうな、俺だって混乱しているのだから。


 ただひとつ言えるのは俺が今までしてきたことは、リーズのためにしてきたことは無駄だったということだ。


 いやそれより酷いか。当人にアーガをボロボロにしたと激怒されたのだから。


「俺は……」

「もうよい。リーズ、今のお前と話しても無駄だ」


 アミルダはとうとう俺との会話を拒絶した。


 はは、そりゃそうだろうな。他人の身体を乗っ取るアンデッドみたいな奴と婚約してたなんて、どう考えても許してなんてもらえない。


 せめて謝ろう。それで出て行けと言われたら去ろう。


「アミルダ、すまなかっ……!?」


 俺が口を開こうとした瞬間だった。


 アミルダの顔がすぐ目の前にあった。口が開けない。


「お、叔母様!?」

「なんと!」


 エミリさんやバルバロッサさんも驚いている。いやそれより何より俺が間違いなく一番混乱していた。


 だって……彼女の唇が俺の口を塞いでいるのだから。ようは……キスをしてきた。


 しばらくの間、口を柔らかい感触が満たしていた。そしてアミルダは顔を赤くして俺から少し離れた。


「……っ! これで分かっただろう! 私はお前をアンデッドなどと見ていない! あの偽リーズはよく分からないがどうでもよい! あんないきなり出て来た者の意味不明の言葉などより、お前の口から聞きたいのだ!」


 アミルダは少し頬を赤らめながら俺を見ながら叫ぶ。


 ……初めて彼女とキスをした。こんな時にか。


 そんなアミルダの横にエミリさんが歩いてきた。


「私もそう思います。あの偽リーズさん、はっきり言って性格悪そうですし……リーズさんの方が本物でいいですよ」

「……てきとう過ぎでは?」

「だって私が婚約したのは偽リーズさんじゃないですもん」


 エミリさんはクスッとほほ笑んでいる。


 更に俺の横にセレナさんがやって来た。

 

「私にとってリーズ様は貴方だけです。仮に顔や身体や能力がどれだけそっくりでも、他の人ではリーズ様足りえません。私を助けてくださったのは貴方ですから」


 セレナさんは俺に優しく告げてきて、その言葉に対してアミルダは強く頷いた。


「ハーベスタ国を救ってくれたのはお前だ。あの偽リーズがどれだけ何と言おうともそれは覆させない。私たちにとってリーズとはお前だ。あの偽の戯言など聞くに値しない」

「…………っ」


 やばい、泣きそう。


 アミルダが左の薬指につけた指輪を俺に見せてくる。


 ……そうだった。俺はもうリーズに関係なく、ハーベスタ国のために戦おうと誓ったんだ。


 いきなりあいつが現れて動揺していた。少し前までの自分の行動原理が根本から否定されたから。


 だが今の俺はもうリーズの復讐よりも、もっと遥かに大事な物ができていたんだ。


 アミルダにエミリさんにセレナさん。それにバルバロッサさん。


 いや彼らだけじゃない。ハーベスタ国だってすごく大切だ。


 リーズは俺を殺す権利はあるかもしれない。だが……少なくともハーベスタ国をアーガなんかに滅ぼされてたまるかっ! 


「……すまなかった。今までのことを全部話すよ」


 俺はとうとうアミルダたちに全てを説明した。


 俺が元々異世界である地球からの転生者だったこと。


 リーズの身体に宿っていて、元々の心が死んだので表に出て来たことを。


 荒唐無稽な話だが彼女らは真面目な顔で聞いてくれた。


 そうして話し終えた後にアミルダは小さく頷く。


「なるほどな。だからあのリーズが本物で、お前が偽物と言っていたのか」

「そうだ、元々この身体はあいつのモノだった。なので俺があいつの全てを奪ったのはあながち間違いでもない。少なくとも名と身体は使っているから……」

「そんなことないですよ。だってあの人は死んだのですから! 逆恨みもよいところです!」


 エミリさんが少し怒りながら叫んでいる。


 俺の話が完全に正しい前提での発言だが。


「……かなりバカげた話だが信じてくれるのですか?」

「確かに信じづらい話ではありますけど……むしろ今までのリーズさんの謎知識に、しっくりくる説明というか」

「魔法の力だけではなくて、内政や軍事でも常人では思いつかない発想をしていたからな。異世界の知識と言われたらむしろ納得する」


 おそらく彼女らが言っているのは、土竜攻めや為替などのことだろうな。


 あれらは地球の制度を完全に流用したのだから。


 アミルダは俺に対して優しい笑みを向けて来た。


「よく話してくれたな、リーズ。お前と秘密を共有できて本当の意味で夫婦になれた気分だ」

「叔母様、どちらかというとキスの方が大きいのでは?」

「思い出させるな恥ずかしい!」



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エミリの指輪も出そうと思ったけどべっこう飴だったのでやめました。

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