第143話 二人のリーズ


 目の前の光景が信じられなかった。


 俺がいるのだ、目の前に。そんなバカな!?


「な、なんでリーズさんが二人いるんですか!?」

「……リーズに似ている見た目の偽物か?」

「いったいどうなっているんだな!? 何がどうなっているんだな!? アッシュ様!?」 

「私も知らないわよ! こんな奴が二人もいたなら二倍こきつかってたわよ!」


 ボラスス教皇と目の前の俺を除いて、全員が多かれ少なかれ動揺している。


 アミルダの言う通り、そっくりさんだと思いたかった。


 だが元々二心同体だったからだろうか。彼が間違いなく本物のリーズだと感じている。


「もう一度言う。僕はリーズだ、ボラスス教皇に蘇らせてもらった。そこにいる奴はだ。僕の死体を奪って乗っ取って好き勝手に動く最低のクズ! 生きている分アンデッドよりもタチが悪い!」


 違うと咄嗟に言えなかった。


 確かに俺は元のリーズが死んだ後にその身体で生きている。


 死体を乗っ取ったと言われても全く否定ができない。


「ま、待て。違う……お、俺は! アーガに殺されたお前の恨みを晴らそうと……」

 

 何が違うのか自分にも分からない。なのに言い訳のように口に出ていた。


 それを聞いては目を見開いてを睨んでくる。


「意味が分からないことを言うな! 僕はアーガの兵士だぞ! アーガ王国という正義のために尽くしていたのに!」

「せ、正義って……」

「僕が今まで尽くして来た全てを無駄にしやがって! 僕のためって言うなら今すぐ死ね! それが僕の望みだ!」


 嘘だ。そんなはずはない。


 リーズはいい奴だった。いつもアーガの兵士に理不尽な扱いを受けながらも、誰も恨まずにやっていた。


 他の奴らに大量の仕事を押し付けられても、頑張って何とかやり遂げる。 


 そんな彼は今のアーガに対して、少し気にしていたはずだったのだ。


 俺が彼の身体にいたときに、「今のアーガに力を貸してよいのかな……」と呟いたのも聞いていた!


 だから俺はハーベスタ国に来て、アーガ国をぶっ潰すと決めたのに!


「このクズめ! 僕のことを考えるなら、今すぐその隣にいる女王を殺せ!」


 うまく頭が回らない。


 俺はリーズの復習のためにやってきたのに? じゃあ俺は何のためにハーベスタ国に来たんだ。


「アーガ国を危機に陥れやがって!」


 信じられない、信じたくない。目の前にいるやつがリーズだなんて。


「僕は全ての真実を聞いたんだ! そもそもお前が……」

「まあまあ御一同、落ち着きましょう。ここまで感情的になってはいけません。ちゃぁんと話しましょう」


 ボラスス教皇が急に口を挟んできた。


 彼はニヤリと口角を上げるとアミルダを見据える。


「実はですね。そこにいるリーズと名乗る男は偽物なのですよ。おそらくアンデッドの類です。すぐに浄化せねばなりませんので差し出してください。そこの者の様子を見れば嘘ではないことはわかるはず」

「ちが……」

「違うものか! さっさと浄化されろ!」


 俺はリーズのことを見れずに俯いていた。


 ……今まで俺がしてきたことは何だったんだ。 


 リーズがアーガ王国を恨んでいるだろうと、勝手に死者の気持ちを代弁した。


 そして彼が心から応援していたアーガを潰そうとしていた……。


「何かよくわからないけどざまぁ見るんだな! とりあえず勝ち馬に乗るんだなぁ! お前は間違っていてボキュたちが正義なんだな!」

「そうよ! アーガ王国こそが正義なのよ! その偽物をすぐさま殺しなさい!」


 ボルボルやアッシュが叫んでいる。


 こいつらはリーズの仇だったはず。なのに彼の憎悪の対象はアッシュたちではなくて俺。


 理不尽過ぎる。こんなことがあっていいのかよ。


「……よく分からぬ。だがひとまずこの話はここで終わらせてもらおう」


 アミルダが腕を組みながらアッシュたちをにらみつける。


「はぁ!? さっさと殺しなさい! そいつはアーガ王国の敵にして、死体を乗っ取る最低野郎よ!」

「殺すんだな! 何でもいいから殺すんだな!」

「僕にはその男を殺す権利が……!」

「黙れ」


 アミルダの迫力に負けたのかボルボルとアッシュは押し黙る。


 彼女は俺の方をチラリと見た後に。


「何が本当かよりもだ、まず私は貴様らのことが気に食わない。そしてリーズは私の夫だ。敵陣で王配を差し出せなどとのたまうのならば、それ相応の覚悟はできているのだろうな?」

「アンデッドを王配なんてバカなんだな! アンデッドに権力を与えるなんて論外なんだな! 腐った国なんだな!」

「それを貴様が言うのか」


 茫然と会話を見ていると、エミリさんが心配そうに俺をのぞき込んでくる。


「リーズさん、大丈夫じゃなさそうですけど……大丈夫ですか?」

「…………」


 とても大丈夫とは答えられない。


 今すぐこの場所から逃げたい。いや逃げたところで、俺はどこに逃げればいいんだろう。


 俺の居場所はどこなんだ。


「お引き取り願おう。これ以上口撃を行うならば、貴様らの安全は保障しない」

「吾輩、激怒しているのである!」


 バルバロッサさんが怒りの形相を浮かべて、その迫力にアッシュとボルボルが泡をふいて気絶する。


 リーズとボラスス教皇は気圧されながらも意識を保っている。


「何を……!」 

「リーズよ、落ち着きなさい。ハーベスタ女王に具申します、その偽物は死体を乗っ取る最低の存在。速やかに処分すべきと」

「下らぬ妄言を聞くつもりはない」


 リーズたちが席を立った。教皇がアッシュ、リーズがボルボルを背負って帰っていく。


「お前はどんな奴よりも最低だ」


 リーズは最後にそんな言葉を言い残した。


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