第141話 交渉提案?


 バルバロッサさん突撃作戦が失敗した日の夜。


 なんと手紙がアーガ王国からもたらされた。


 俺達は緊急軍議を開き、本陣の陣幕の中で今後の動きを相談している。


「アーガからの交渉の使者だ。翌日の明朝、代表者同士で相対して話がしたいと。しかも我々の陣地側で行っていいと……はっきり言うが奴らの狙いが全くわからん」


 アミルダは顔をかなりしかめている。


 俺もこれは理解不能だ。これが『交渉したいからアーガの本陣に来い』なら、どうせおびき寄せて暗殺だろうなと分かる。


 だがむしろアーガ王国側が、ハーベスタ国の本陣に来るのは……。


 これが戦況が動いてアーガ側がかなり不利に追い込まれてるならまだ分かる。


 だが現状ではどちらも優勢を取れていないのに、アーガ側がへりくだる理由がわからない。


「この時点で交渉することなんてあるか? まだ戦況が動いてないのに……俺達の側でよいってのも不気味過ぎる」

「そうだ、だから理解できない。アーガ軍に何か不慮の事態が起きた……という雰囲気もない。そうだな、エミリ?」

「ないですねー。パンもまだまだ在庫ありましたし、特に困っている雰囲気はなかったです」


 エミリさんは淡々と敵陣の状況を報告する。


 勘違いしがちだが彼女は貴族であって、本来ならば諜報部隊の類ではない。


 世界でも有数の間者の能力を持っていて、敵本陣に潜り込んで情報を調べているが間者ではない。


「まさか現時点で和睦交渉せざるを得なくなったとか? 例えばアーガ本国に何かあったとか」

「その可能性はゼロではないが……」

「我らの動きに恐れをなしたのである! しょせんこの軍の指揮官はボルボルゆえ、吾輩の叫びに恐怖して帰りたくなったのである!」

「冗談抜きでその可能性が高そうで困りますね……」


 ボルボルはバルバロッサさんに、過去に数十メートルほどぶっ飛ばされている。


 トラウマになっていてもおかしくはない。そしてあいつの軍の足を引っ張る能力的に、あり得てしまうのが困りどころだ。


「……アミルダ、ちなみに誰が参加するとか分かるか?」


 参加メンバー次第で相手の目的が予想つくかもしれない。


「アーガ側はアッシュ、ボルボル、シャグだ。それとボラスス神聖帝国から教皇と、あとひとりがついてくるらしい」

「……なんかこう、普通の面子だな」

「そうだな。これでボルボルだけとかならば、油断させて交渉中に攻め入るなどかと思うのだが」


 納得がいかないという口調で話すアミルダ。


 アーガ王国を舐めてはいけない。あいつらは卑怯千万、卑劣外道の類だ。


 普通ならばやらないことでも平気でやってくる。それは今までの戦いでも明らかなことだ。


 なので例えば俺達の陣地に交渉にやってきて、戦いを一時休戦にしておいて。


 交渉始まった瞬間に破って仕掛けてくるなんて、むしろやってくると考えた方がよい。


「アッシュとボラスス教皇。敵国の実質のトップがこちらの本陣に交渉にやってくるなら、その最中にアーガ軍が攻め入るのはなさそうですね。それをすれば彼女らは私たちに殺される」


 セレナさんが結論をまとめてくれた。


 いくらアッシュとて自分の命を犠牲にしてまで不意打ちはしてこないだろう。


 いやむしろあいつは何よりも自らの身を大事にするので、一番あり得ない戦略だ。


 ついでに言うとボラススの教皇も参加しているしな……流石に交渉メンバーが豪華過ぎて不意打ち作戦はない。


「アーガ側の要求としては、わが国の主要人物は全員参加して欲しいとのことだ」

「人数的にはつり合いがとれそうではあるけど……」


 この場合の主要人物とは内政に大きく関わっている者。


 アミルダ、俺、エミリさん、バルバロッサさん、セレナさん……アーガの出席者とちょうど同じ人数にはなる。


 セレナさんは王配である俺の妻であり、わが国の主要内政官のため参加するべきだろう。


「アーガ王国側が交渉を要求して、かつ自分達から出向くと言っている。これを断ると周辺国家から、わが国は交渉を受けない非道国家と言われる恐れがある」


 アミルダは少し目をつむって、ため息をついた後。


「だが……それでも私はこの交渉を断る選択肢もあると思っている。アーガが何をしてくるか分からない。まさか何の狙いもなしに交渉してくるわけもない。なので皆の意見が聞きたい」


 そう言って全員に視線を向けるアミルダ。

 

 どうやらかなり迷っているようだ。確かにこれは悩ましいな。


 普通の相手ならば交渉を拒否するなんてあり得ないが、アーガ王国だからなぁ……絶対何かあるだろうし。


「叔母様、私は会ってもよいのではと思います。もし彼らが交渉の場で暗殺を仕掛けて来ても、こちらにはオジサマにセレナもいますし」


 エミリさんの意見はもっともだ。


 交渉の場で暗殺を狙ってくる危険性は大いにある。


 例えアーガ側が俺達の本陣にやってくるとしてもだ。それこそアッシュがやぶれかぶれになっていたら、やってくる可能性はゼロとは言えない。


 だがこちらにはバルバロッサさんがいる。彼がいる時点で暗殺など成功しないだろう。


 予備戦力としてセレナさん、更にエミリさんやアミルダも魔法が使えるしな。


 改めて考えるとハーベスタ国の主要人物、妙に戦闘能力高いのが多いな……。


「……私も交渉を受けるのはよいかと。交渉を断った卑劣国と言われると、今後に影響が出る可能性もあります」

「吾輩も賛成である! アーガ風情が何を考えていようと、吾輩がその場で粉砕してやるのであります!」


 セレナさんが小さく呟き、バルバロッサさんが掌を拳で叩く。


 二人とも交渉に賛成のようだ。


「リーズ、お前はどうだ?」

「…………別に反対する理由はないな。何があるとも思えないし」


 交渉の場はハーベスタ側が用意するので、毒殺などの類も不可能だ。


 なので交渉を受けたところで何かあるとも思えない。


 先ほど懸念した不意打ちだって、そんなことしたら奴らは交渉の場で全員まとめて殺されるのだ。


 そんなリスクを負ってまで仕掛けてくるはずがない。


 アッシュは決してアーガのために自分を捨てたりはしない。むしろ自分のためにアーガを捨てはするだろうが。


 そうして俺達は翌日の明朝、アーガ王国と最後の交渉を行うことになった。



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