第153話 撤退


 陣幕の中で軍議が開かれている。俺はアミルダたちに知りうる全てを話した。


 リーズが死んだこと、ボラススの真の目的、そして俺が強化されたこと。


「そうか。旧リーズは自分のことを後悔して、お前に全てを託した上で死んだか……」

「同情はできません。でも旧リーズさんのことをこれ以上悪く言うのはやめておきます」


 それら全てを聞いた上でアミルダやエミリさんは少し複雑そうな顔をする。


 彼女らからすれば旧リーズは間接的な親の仇、本来なら生涯恨んでもおかしくない相手だ。それを悪く言わない時点で旧リーズに対してかなりの同情を与えている。


「今の現状を鑑みると、もはや敵はアーガではない。ボラススの教皇が率いるアンデッド集団だ、はっきり言って現状の軍で戦うには分が悪い」

「アンデッド集団相手に一般兵を迂闊にぶつけても、むしろ敵が強化されかねません。味方がアンデッドにされてしまうので……」


 アミルダの言葉にセレナさんが付け加える。


 アンデッドと戦う上で最も恐ろしいこと。それはアンデッドに殺された者もまたアンデッドになることだ。


 そのせいで迂闊に戦っても敵に損害を与えられない。


「アンデッド相手となるならばやはり魔法使いが欲しい。それもあれだけ多くとなると大量にだ」


 土のドームをにらみつけるアミルダ。


 魔法使いが多くいれば凄まじい力を持てる。遠距離から一方的にアンデッドに致命傷を与えられるのだから。アーガの三百人の魔法使いがバルバロッサさんを抑えつけたみたいに。あれは無限魔力だったこともあるが。


「やはりオジサマをドーム内に放り込めばいいのでは?」

「ダメです。考えましたがバルバロッサさんの戦いの余波で、土ドームの壁に穴が開いてしまう恐れがあります」


 土ドームの内部は鉄壁だ。でもバルバロッサさんが全力で戦うと持つか怪しい……それに一度入ったらアンデッドを全滅させないと出れないからなぁ。バルバロッサさんでも体力が持たないかも。


「口惜しい! なんたる無念か! 吾輩が戦いで役に立てぬとは!」

「いや役に立ってないわけがないのですが……」


 むしろ俺の方が申し訳ないまである。


 バルバロッサさんが全力で暴れられる舞台を整えられない。通称バルバロッサ問題がまたここにきて発生してしまった。


 以前にも機動力の関係で彼の力を活かせなかったが、今度は敵を逃がしてしまう恐れから暴れさせられないのだから。


「決まりだな。今の我々にあのアンデッド集団と戦えるだけの力はない。どうしようもないのであの土ドームが半年持つならば、ある程度態勢を立て直す期間を設けるために撤退したい。

「叔母様の意見に賛成です! アンデッド相手では迂闊に戦っても無意味ですし!」

「リーズよ、大丈夫か? これはあの土の壁が長持ちすること前提の策だ」


 俺はアミルダの言葉に頷いた。


 アンデッドの弱点。それは生命力の高さの割には攻撃力が低いことだ。


 元々生身の身体なので出せる力に限界がある。少なくとも人間のアンデッド程度では鉄の壁の破壊など不可能だ。


 万が一にドラゴンのゾンビとか来たら危ういけど……それでも簡単には壊されないはずだ。


「ならば撤退の方向で考える。本来ならばこの場で急ぎ兵を下がらせるが、ことは重大ゆえに撤退の前に今後の方向性を決めたい」


 撤退した後に兵を解散させるかなどもあるからな。


 こちらも万に及ぶ大所帯だから、これまでに比べて慎重な動きが必要だ。もし解散させてしまったら再び集めるのに時間がかかる。


「そうだ、言い忘れていた。俺の【クラフト】魔法の強化によって、一万の兵の食料くらいは余裕で賄えるようになった。何なら十万でも問題がないくらいだ」


 リーズのSS級ポーションは俺に膨大な力を与えてくれた。以前とは比べ物にならないほどの魔力が、俺の身体の中に満ち溢れている。


 今の俺ならば以前では到底成し得なかったこともできる。


「十万を養えるようにか……凄まじいにもほどがあるな」


 俺もヤバイと思う。


 はっきり言って俺だけでも小国を養えるレベルになってしまった。それにこの膨大な魔力があれば……。


 これだけの力、間違ったことに使えば……今度は俺がボラスス教皇にもなり得てしまうだろう。


 だが逆に言えば今の俺の力は、準備する時間さえあればアンデッド集団をも蹴散らせると断言できる。十万だろうがそれこそ百万でも殺しきれる。


「俺に任せてくれ。時間さえあればあのアンデッド軍は全て倒す策がある。ボラスス教皇のアンデッドによる世界征服、何としても防がないと! ……どうしたんだアミルダ?」


 アミルダは俺に対して訝し気な視線を向けてくる。両腕を組んで難しい顔をしていた。


「…………リーズよ、ボラスス教皇はお前に随分と饒舌に話したのだな」

「ん? まあそうだな、勝利を確信して気分よくペラペラと言ったんじゃないか?」

「……私はボラスス教皇は厄介な敵だと思っている。今まで目的を悟られずに怪しく立ち回っていた。そんな男が、あまりにも迂闊だと思えないか?」


 言われてみれば確かに。


 ボラスス教皇はエミリさんたち暗部でも目的を把握できず、何せその全貌が掴めないことで厄介だったのだ。実際に今も奴らの思う通りにアンデッド軍を復活させられてしまった。


 そんな敵が俺達にべらべらと、しかもご丁寧に分かりやすく詳細を話してくれる……改めて考えればこれほど疑わしいことはない!


 アンデッド十万の復活という恐ろしい事態を前に、これがボラススの真の目的に違いないと思い込んでしまっている。あまりにも説得力があり過ぎたために。


「これは私の勘だが……ボラススにはまだ隠している何かがある。その想定で動いて欲しい」


 そうして俺達は戦場を撤退した。


 それとこれは物凄く後で知った話なのだが……あの土ドームにアーガ王国のシャグが取り残されていたらしい。


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バルバロッサ問題・・・バルバロッサが十全の力を発揮できない状況に陥ること。

例) 

機動力の問題で敵軍に無視されて逃げられる。

(New)攻撃力が高すぎて敵を封じる壁や崖などを崩してしまう。


次回、シャグ死す! 

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