第42話 追い込まれたベルガ商会


 ベルガ商会本部の建物の会議室にてギーヴは悲鳴をあげていた。


「ぐぎぎ……食料が全く売れてないではないか……っ!」

「アミズ商会の米という物のせいで商売あがったりです!」

「奴ら、『パンがなければ米を食えばいいじゃない!』なんて合言葉まで作り始めたんです!」


 ベルガ商会の重役たちも追随するように叫ぶ。


 彼らはかなり追い込まれていた。


 アミルダに武器や道具の類の売買独占権が没収されてしまい、売れる商品がかなり減ってしまったのだ。


 すでにそれらの商品に関しては正常価格で他商人が取り扱い始めた。なのでベルガ商会の高値の物は誰も買ってくれない。


 だが彼らはまだ既存の食品に関しては完全に独占権を持っている。


 だからこそアミルダにも強気な態度を取れたのだが……リーズの用意した米が全てを粉砕していた。


「どうなってるんだ! なんであいつらはあんなに米とやらを用意できる!? この街は一万人以上いるはずなのに、奴らだけで食料を用意できてるではないか! 輸送はどうやってるんだ!? 輸送隊を妨害しろと言っているだろうが!」

「わ、わかりません! 転移魔法で全て運んでいるとしか……それに処刑実行部隊が処刑されてしまったので戦力も……」

「バカか! 転移魔法など熟練の者でも数人の人間しか運べないのだぞ! あんな量の食べ物の運搬が可能なものかっ!」


 ベルガ商会はリーズが魔力で物資を生み出せるのを知らない。


 なのであの大量の米は輸送されていると決めつけ、その輸送隊を襲って全てを奪おうと画策していた。


 どこから運んでいるのかをずっと調査して、結果として無為な時間を過ごしている。


 その間に自分達の経営を見直したほうが有意義であったろう。


 だが自分の商売を改善しようと努力するのではなく、他人の妨害を一番に考えるのはベルガ商会の常である。


 彼らは自己を研鑽して高めるのではなくて、常に他者を蹴落とすことで存続してきたのだから。


「まずい……このままでは我が商会は……!」


 ベルガ商会は今月に入って前代未聞の大赤字を記録していた。 


 なにせ仕入れた食べ物がまったく売れないのだ。パンなどは徐々に腐っていくので仕入れる分だけどんどん赤字がかさむ状態。


「こ、ここは一度商品の仕入れをやめてみては……? アミズ商会も無理をして米を売っているはずです、しばらくすれば限界が来て……」

「ならぬ! 食品の仕入れをやめれば最後、あの女王が嬉々として我らの食品の独占売買権まで取り上げる! あくまでこの権利は国に食品を回す名目ありきだ……!」


 ギーヴは他人を蹴落とすことと己の保身に関してだけは無能ではない。


 故に自分が追い込まれている現状を完全に理解していた。


(ま、まずい……! 仮にパンなどをまともな価格にして売ったとしても、すでにアミズ商会によって十分な食料が用意されている……民衆は愚かにも我らを毛嫌いしているので買わぬ! 何という恩知らず共だ、今まで養って来たのは誰だと思っている!)


 好き放題悪行三昧を繰り返してきたベルガ商会は、民衆からの評判は最低最悪だった。


 今まではそれでも商売関係を全て掌握していて、民衆はベルガ商会なしでは生きていくことすら不可能なので成り立っていた。


 民衆を飢えさせていたのも反逆を起こさせる力を奪うためである。


 だがもはやその成り立ちの在り方は完全崩壊。


 民衆にとってベルガ商会など無用の長物どころか、むしろ積年の恨みを晴らす対象にされるのは時間の問題だった。


 彼らはずっと権力を握っておかねばならなかったのだ。力を失った独裁者は民衆に倒されるのが世の常である。


「ぎ、ギーヴ様、どうしますか!? もうこのまま逃げてしまったほうが……!」

「逃げたところで我らは外の国に後ろ盾がない! せめて手土産がなくてはどうにもならん……いや待て、手土産……はっ!?」


 ギーヴは悪だくみを思いついたように下卑た顔になる。


 その表情を見た二人の側近は期待の笑みを浮かべた。


「ぎ、ギーヴ様! 何か思いつかれたのですか!」

「ああ……アミルダの姪だ! アミルダは常に警備がいるが、姪のほうは手薄なはずだ! アレを誘拐仕入れして逃げてアーガ王国への手土産にする! 逃げる時の人質にもなる!」

「さ、流石はギーヴ様です! ベルガ商会の知恵袋!」


 まともな商会の知恵袋ならば誘拐など企てないだろう。


 だが彼らは民を苦しめて私腹を肥やす外道だ。


 何せベルガ商会の座右の銘は『銅貨一枚得るためならば、他人の命など贄に捧げよ』である。


「くくくっ……見ておれ、アミルダよ! このベルガ商会の仕入れ力を見せてやる! 姪を奪われて困り果てるがよい!」


 ベルガ商会では誘拐とは隠語で仕入れと呼んでいるくらい、日常で使っている単語だ。


 そして更に言うならば真っ当な商売よりも、そういった類のほうがよほど得意であった。


 



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「な、なかなか遠かったですね……」


 エミリさんが手で額の汗をぬぐう。


 俺達はお供に農民十人引き連れて、タッサク街の外の草原に出向いていた。


 そして【クラフト】魔法を使用し、周囲の空き地を田んぼへと変える。


「田んぼです。これが米の畑となります」

「ほほう……水びたしじゃが……」

「水路を作ってるのか。麦に比べて大変そうだがやりがいはありそうだ!」


 農民たちは完成した田を色々と観察して感想を述べる。


 現状のタッサク街の米は全て俺が用意している。


 だがそれではよろしくない。やはり彼らで自給して欲しいので田の作り方を教えているわけだ。


 そうして彼らが米を栽培すればハーベスタ国の名物にもできるし!


「どうでしょうか。これで作れます? もちろん資料は後でお渡ししますが」

「見本も農具もあるのですからやってみせます。すぐに田んぼを作って米を量産します!」

「ああ愛しい新品農具……それに麦にはよい思い出ないからな!」

「ベルガ商会のこと思い出すし!」


 農民たちは今までベルガ商会のせいで、農具を買い替えるのが不可能に近かったからなぁ。


 新品になって皆やる気満々だ。


 ここは川も流れていて豊かな土地だし、きっと数年後にはタッサク街は米どころになってくれるはず。


「では後はお願いしてよいですか? 私たちはやることがあるので」

「はい、ありがとうございます!」


 こうして農民たちが早速木製農具で土を耕したりし始めた。


 それを見つつ俺とエミリさんはタッサク街への帰路につく。


「あ、エミリさん。念のためもう一杯ポーションを飲んでください」

「はい、わかりました」


 俺はポケットのアイテムボックスから、ポーションの瓶を二つ取り出して片方をエミリさんに渡す。


 そして俺もポーションを勢いよく飲み干した。今回はちゃんと砂糖とかで味付けしてブドウ味風味にしているから美味しい!


 ちなみに俺達の後方には姿を隠したセレナさんが俺達を追跡している。


 なんでそんなことをしているのかって? それは……釣りのためだ。


「あっ、リーズさんの言った通りですね……」


 エミリさんが指さした先には、俺達を待ち伏せるように三十人ほどの武装した男たちがいた。


 彼らは俺達を見るや否や剣を構えながら近づいてくる。


「俺達は闇夜の鷹団! 盗賊集団だ! 貴族ども、金目の物を置いていってもらおうか。それと女もだ!」


 武装集団の頭目らしき男が、俺に剣を向けながら脅してきた。


 変な自己紹介だが……盗賊でベルガ商会とは関係ないアピールだろう。


 いや無理だろ、こんなところで俺達を待ち構えられる盗賊がいるか! 


 一介の盗賊風情がどれだけすごい情報収集能力持ってるんだよ!


 しかも名乗りがわざとらしすぎる。自分から盗賊集団と自白するバカはおらんだろ。


「釣り成功か……それでベルガ商会盗賊団が何だって?」

「何を言う! 俺達はベルガ商会とは一切関係のない団体だ!」

「いやもういいからさ……」


 ベルガ商会は明らかにクズなので、こういうことをやってくると思っていた。


 なのでわざと街の外に少ない人数で繰り出して、隙を作って差し上げたのだ。


 それに見事に引っかかったわけだ。いつも護衛しているセレナさんがいない上に護衛も少ないので、襲撃チャンスだと勘違いしたと。


 何せ奴らは追い詰められている。なのでアミルダ様に有効な人質を用意したがるはずだ。


 そうなるとエミリさんを狙うに決まっているからな! アミルダ様は常に王城にいるしバルバロッサさんが護衛なので無理だし。


 俺もアッシュたちのことをずっと見てきたからな! 同類のクズが何をしてくるかなんてお見通しなんだよ!


「チッ、戦えもしない野郎が調子にのるんじゃねぇよ! 男のほうは殺しても構わん! 女は捕らえろ! それと女のほうは光り輝くらしいから迂闊に見るな! 目がただれるぞ!」

「リーズさん。私、すごく辛いのですけど……」


 頭目が部下に対して指示を出して、俺達を囲んで逃げ場をなくした。


 どうやら俺とエミリさんのことは調べているようだ。


 なおルギラウ国土着の盗賊が俺達の情報を詳しく知っているわけがないので、やはりベルガ商会の差し金で確定なのだが。


 だがひとつ、物凄く不本意なことがある。


「なるほど……今までずっと部隊の裏方してたからな。やはり戦えないと思われていたのか。確かに剣とかは苦手だけども」

「はぁ?」

「わからないのか? なら教えてやる。俺は……自分の身を守るくらいはできるんだよ!」


 ポケットのマジックボックスから、ガラス瓶を取り出して地面にたたきつける。


 すると割れた瓶から黒い煙が出現し周囲に広がっていき……。


「え、煙幕か!? せこいま、まね……あっ……」

「か、からだがぁぁぁ……」


 俺を囲んでいた男たちがバタバタと倒れていく。


「な、なに、だこれ……」


 頭目が地面に伏しながら言葉を発したので答えてやるとしよう。


「身体を麻痺させる魔法の毒煙だ。吸ったら最後、まともな人間ならば一日ほどはまともに動けなくなる」

「バルバロッサ叔父様には効いてませんでしたけど」

「人外は対象外ですので……」


 この毒煙は罪人とかに試して効果を確認したのだけど、自ら実験体を希望したバルバロッサさんには効き目がなかった……。


 あの人はおかしいので絶対に敵に回したくないな……。


「て、てめぇらは、な、んで……うごけ……」

「事前に麻痺防止のポーションを飲んでたからだ」


 俺の生身の戦闘力は正直言うとかなり低い。そこらの雑兵にも負けかねない程度。


 だが生産チートがあるので、事前準備ありきだが自分の強さに下駄をはかせることが可能だ。


 ……まあそれでも自分が戦うよりも、軍の支援要員に徹した方が戦力になるから前に出ないんだけど。


 さてこいつらとベルガ商会が関わってる証拠があがれば、奴らの息の根をとめることができるがどうかな。

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