第148話 魔王の解放
俺は本陣の丘の上から双眼鏡で戦場を覗いていた。
大砲による長距離砲撃によって、危険を察したアーガの魔法使い部隊が撤退した。
彼らは普通のアーガ兵よりもなお戦意が低い。なにせ魔法使いは引く手あまたでどこでも食っていけるのだ。
アーガ軍に固執する必要は皆無で、危ないと感じればすぐに逃げると踏んでいた。
この魔法使い部隊の逃亡は戦況を大きく動かす。
なにせあの部隊は今までバルバロッサさんを封じていた。その部隊が撤退したのはつまり魔王への軛がなくなることを意味する。
であれば今から巻き起こることは容易に想像がつく。
「おおおおおおおおお!!!! 我が武勇、今こそ受けるのであるぅぅぅう!!!!」
「「「「「「ぎやあああああぁあぁぁぁぁぁ!?!?」」」」」」
バルバロッサさんが青龍刀を振り回して竜巻を纏い、アーガ軍に向けて突撃していった。
アーガの兵士たちはロクな抵抗も出来ずに空に吹っ飛んでいく。彼らは鉄の鎧を着ているため、落下時の衝撃も激しくなるわけで……地面に落ちたらまあ死ぬだろうなぁ。
「もっと大砲を撃ちまくれ! てきとうにアーガ兵の方向に撃てば当たる!」
「バルバロッサ様に当たる恐れが!」
「大丈夫だ! あの人は大砲の玉くらいはじき返すから! 放てぇ!」
ハーベスタ軍の十門の大砲が、アーガ軍に向けて撃ち込まれていく。
アーガ兵からすれば地獄だろう。前方には恐怖の魔王が襲撃してきて、更に強力な魔法に比類する威力の砲撃!
アーガ軍はすでに乱れに乱れていて瓦解寸前だ!
戦場の風が変わっていく。ここに完全に拮抗は壊れた!
「砲撃やめろ!」
俺は大砲の発射停止の命令を下した後、本陣の布幕の中に入って簡易な椅子に座ったアミルダの側に駆け寄る。
「アミルダ、アーガ軍は完全に瓦解した。そこで頼みがある。俺を……」
「旧リーズの元へ行かせてくれと?」
アミルダは俺を強く睨みつけてくる。
彼女には伝えていないはずなのに……。
「私はお前の妻だぞ? お前の考えていることくらい予想がつく。旧リーズの元に出向いて説得するつもりか」
「そうだ。あいつはたぶんボラススに洗脳されているから……いやされてなかったとしてもだ。ちゃんと話したい」
俺にとって旧リーズは悪い奴ではなかったのだ。
今のあいつは変わってしまっている。それは俺にも一因があるはずだ。
ならせめて説得くらいはしたい。その上でダメならば……俺が責任を持ってあいつを殺す。
「……リーズ、お前は王配だ。そんな者が敵の本陣に自ら殴り込むなど、そうそう正気の沙汰ではないと分かっているのか?」
「分かってる。でもその上で行かせて欲しい。頼む」
アミルダは俺の顔をまじまじと見つめた後、小さくため息をついた。
「……流石にダメとは言えぬな。だが必ず生きて帰って来い。お前が死んで旧リーズが助かったなんてやめてくれ。私が必要なのはお前だけだ」
「……ありがとう。行ってくる!」
「バルバロッサに合流しろ。あいつの側ならば敵陣ど真ん中であろうと安全だ」
俺はアミルダの言葉にうなずく。
ぶっちゃけバルバロッサさんの側は、この戦場で後方含んでも一番安全まである気がする。
「実はすでにお願いしてるんだ。後で合流するって」
「随分と準備がよいな。それでこそだ、ならば行け!」
「おう!」
俺はアミルダから背を向けて陣幕を出ると、ズボンのマジックポケットから魔動車を取り出して運転席に乗り込んだ。
そして戦場を横断する竜巻に向けて車を走らせる。
アーガ軍は完全に逃げ腰になっていて、バルバロッサさんの通った場所は敵兵が消えている。
つまり台風の通り道は安全ということだ!
「おおおおおおおおお! これは散っていったハーベスタの同胞たちの怒り!」
「「「「ぎやああああぁぁぁぁぁぁ!?」」」」
少し先の前方でバルバロッサさんが青龍刀を振り下ろす。その剣先にいた兵士たちは全員が吹き飛んだ。
「これは無惨に殺された民たちの嘆き!」
バルバロッサさんが青龍刀を横なぎに振るうと、彼の前方にいたアーガ兵たちが真っ二つになる!
リーズ、お前は確かに俺より魔法自体は強い。
だが俺にもお前にないものはある。それは地球の現代知識、そして……。
「そしてこれは……ハーベスタ王の無念と、アミルダ様たちの悲しみと、そして吾輩の怒りであるぅぅぅぅぅ!」
バルバロッサさんの渾身のフルスイングによって、周囲のアーガ兵が全員遠くに消えた!
俺には頼りになり過ぎる仲間がいるのだ! 敵本陣への道が開けたぞ!
「バルバロッサさん! 俺をリーズの元へお願いします!」
俺はバルバロッサさんの側まで車を走らせて窓を開いて叫ぶ。
「わかっておる! 行くぞリーズ! あの旧リーズの腐った性根を、吾輩が渾身で叩いて治すのである!」
「……叩いて殺すの間違いでは?」
バルバロッサさんが更にアーガ軍を割くように進んでいく。
「ひ、ひいいいいぃぃぃ!? お助けぇ!?」
「も、もう嫌だぁ!? 勘弁してくれぇ!?」
もはやアーガ兵たちは彼を恐れて、自分達から道を開けて行く始末だ!
なんだこの人モーゼか!? 海ならぬ人海を割ったぞ!?
そうして俺達は敵軍を文字通り中央突破し、敵本陣の陣幕へとたどり着いた!
「おおおおおぉぉぉぉ! 邪魔である!」
バルバロッサさんが剣を振るって陣幕を全て吹き飛ばした。
「な、な、な、なんなんだなぁ!? いったいどうなってるんだな!?」
「ハーベスタの魔王が突っ込んできたのよ! 逃げるわよ、ボルボル!?」
何やら聞きなれた声があるがどうでもよい。
そうして更地となった場所にいた人間の中に……リーズも立っていた。
「くっ! なんて化け物だ! だが正しい僕が負けるわけには!」
リーズは俺を明らかに憎悪していて、すごい剣幕で睨んでくる。
確かに彼にも言い分はあるのだろう。俺を恨むのも別に構わない。
だが……これ以上、リーズに非道を行わせるわけにはいかない。
「行くのである、リーズ!」
「はいっ!」
彼の憎悪には負けない。俺はもう、守るべきものがあるのだから。
俺はリーズの近くまで駆け寄って彼を睨んだ。
「リーズ、話がしたい。いや違うな、話し合いがしたい」
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