第30話 クズ算鬼謀
アーガ王国の国境付近にある町のとある屋敷。
部屋には大きなテーブルに豪華な食べ物がのった皿が、ところせましと並べられている。
そこでアッシュとシャグ、そしてルギラウ王が密談を行っていた。
「わかりますか? 悪いのは全てハーベスタ国とそのリーズという者なのです。私たちは完全なる被害者で……ただアレを引き渡せと言っただけなのに、洗脳されたアミルダ殿は拒否して……」
「し、しかしアミルダはまともな話し合いの席すら設けられなかったと……」
「何を仰いますか! 大嘘でございます! 現にこうしてルギラウ王をもてなしております! 洗脳された者は全てを勝手に悪く解釈するのです!」
この会談ではアッシュとシャグによる、アーガ王国によるアーガ王国のための、アーガ王国視点でアーガ王国に都合がよすぎる話が展開されていた。
簡潔にまとめるとこの一連の戦いは全てハーベスタに責がある。
それはリーズというアーガ王国で暴虐の限りを尽くした裏切り者を、ハーベスタが匿っているから攻めざるをえないと。
そもそもリーズ関係なしに元から攻めていたのだが、それはなかったことにされている。
普通の人間ならばその矛盾に気づけただろう。お前ら元から侵略国家だろうがと言えた。
現にアミルダは同じような話を聞いても、欠片たりとも信じることはなかった。
だが……。
「そ、そうか! だからアミルダは俺のことに興味をなくし、リーズなんて輩のことをほめちぎって……!」
ルギラウ王は愚鈍であった。
己の都合の良いように曲解したがる人物で、アッシュたちの完全なエサでしかない。
そもそもこの男は最初から勘違いをしている。
以前からアミルダはこんな男など眼中にないのだが、仮にも同盟相手なので仕方なしに嫌々付き合っていた。
先日はそれどころではない時にアポなしで来たので雑な対応になり、ルギラウ王はそれに内心ぶちギレていた。
「私たちの二度の敗北はリーズが裏切った時に装備などをボロボロにしたのと、内通していた者から作戦が伝わっていたせいでした。もう全て解決しましたので次の侵攻でハーベスタ国は終わりです。我々は確実に裏切り者のリーズを殺してハーベスタ国を占領します。当然従わなかったアミルダ殿も……」
「なっ!? それは……!」
「ですがそれは本意ではないのです。理想を言うならばハーベスタ国がリーズを引き渡して、後は仲良くしたいのが本音です。お可哀そうなアミルダ女王……あんな者に騙されたばかりに我が大国と争うことに……」
アッシュとシャグは徹頭徹尾、ハーベスタ国を悪者にする。
それに対してルギラウ王は憤りの声をあげた。
「ふざけるな! リーズという者め、許さぬ! よくも私のアミルダを……!」
「そうです! リーズという裏切り者が全て悪いのです! もし真実を疑うようでしたら、その者が以前に我が国にいたかを調べて頂いて構いません!」
詐欺の基本は真実を混ぜることである。
そもそもアーガ王国がリーズを殺して追い出したのだが、それは完全に隠蔽されていて調べても簡単にはわからない。
だがリーズがアーガ王国に在籍していたことは調査すればすぐに分かる。
ルギラウ王はアッシュがそこまで堂々と言うならば、リーズがアーガ王国にいたのは嘘ではないと考えて歯ぎしりする。
「ぐぎぎ……よくも私のアミルダを……!」
「あのリーズという男、まさに悪そのものです! 私の愛する息子も奴の卑劣な手で殺されて……! いわば貴方と私は同士なのです! 同じく愛する者を奴の魔の手に晒された……!」
「な、なんと!? シャグ殿もあのゴミに……!」
「そうなのです! だからこそ再び悲劇を繰り返さぬためにお話しをさせていただいているのです! 今ならまだ間に合います、ルギラウ王がアミルダ殿を直接お救いすれば……まだ……っ!」
シャグは顔を手で覆って泣いたフリをしている。
それを見てルギラウ王は全てを察した! この者達は正義でリーズこそが悪なのだと!
「私が攻めよう! ルギラウ国がハーベスタ国を侵攻し、リーズを殺して其方らに差し出し我がアミルダを救って妻にする!」
「……おお! それが理想でございます! それならばアミルダ殿も洗脳から解放され、再びルギラウ王と共に歩めるでしょう!」
「その後は同じ被害者として仲良くいたしましょう!」
こうして会談は終了しルギラウ国は完全にハーベスタ国の敵となった。
ルギラウ王が出て行った後の部屋では、アッシュとシャグがほくそ笑んでいた。
「くくくっ……無能な男って嫌ねー。あんなのに見初められたアミルダもお可哀そうに。ざまぁ見なさいとしか思わないけどね」
「ルギラウ王も正義に目覚めてくれて何よりだ。これで二国に挟まれることになりハーベスタ国は早々に滅ぶな。その後はルギラウ国を攻めるんだろう?」
「当然ですわ、争って弱った国を放置する意味がないですから。それにアミルダは私自ら家畜として飼わないと許せませんわ。占領したハーベスタ国の広場で、首輪をつけて見せしめなんて面白そうよね」
二人は下卑た笑みを浮かべて万事うまくいったことを喜び合う。
「リーズ、お前が何をしても関係ない。お前は永遠にアーガ王国の裏切り者なのよ。死ぬまでね」
「当たり前だ! 裏切り者が生きていてよいわけがない!」
謀略にはめて殺しておきながら逃げられたら裏切り者呼ばわりする。
彼女らの中ではリーズが殺されなかったこと自体が裏切りなのだ。
あまりにも非道な理不尽をしておきながら欠片も悪びれもない者達だった。
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謀略を考えているのはアーガ王国とルギラウ国だけではなかった。
四国同盟の残り二国の王たちが、とある部屋で話し合っている。
「……どうやらハーベスタは滅びそうだな。だがアーガ王国らの思い通りにさせてはならない」
「そうだな。奴らがルギラウ国とハーベスタを盗れば、我がビーガンは四方を敵に囲まれてしまう。その前に……」
彼らはアーガ王国とルギラウ国の作戦に憤っていた。
これはそれに対抗するための会合だ。
国家間のバランスが乱れる事態に周辺国も黙っているわけがない。
ましてや彼らはルギラウ国とハーベスタ国の両国と四国同盟を結んでいる。
その一国であるルギラウ国が裏切ったのだから、徹底的に批難してハーベスタ国につくのは道理であるはずなのだ。
なのだが……。
「わかっている。我がモルティ国がハーベスタを盗る。そうすればハーベスタの元領地をアーガ王国への盾にできる。あの領地を全て焦土にしてしまえば、略奪も拠点にもできない」
彼らはハーベスタ国を支援するどころか自分達が攻め滅ぼすと豪語する。
四国同盟が崩れそうと感知し、残りの二国も自らの都合がよくなるように動こうとしていた。
それは同盟の約束を完全に無視して放棄する内容。
つまりこの二国もアーガ王国と根本は同じで、約束を守ろうともせず不意打ちする最低の国家だった。
アーガ王国と違って今まで大人しくしていたのは、周囲に侵攻するだけの力を持っていなかっただけ。
「しかもあのアミルダとかいう小娘。何を勘違いしたか我らに援軍を求めて来たぞ」
「はぁ……我らと対等な存在にでもなったつもりなのだろうか。元から我らは四国同盟などと思ってもおらぬのにな。最初から三国同盟だ」
「まったくA級ポーション一樽渡したから何だと言うのだ。せめて百樽くらい渡して自ら国土……いやあんなの領地だな。それを燃やしてアーガ王国に対して我らのお役にたてというのだ」
「盾だけにということですな、これはうまい! まったくあのような小さな領土で王を名乗るなどおこがましいにもほどがある」
二人の王はくだらないことを呟く。
彼らは最初からハーベスタを国と思っていない。
なので元から何かあれば切り捨てるし、故あれば不意打ちで攻め滅ぼすつもりだった。
そして今、もう不要だと判断した。
「攻めるのはルギラウ国がハーベスタを飲み込んでからのほうがよいか?」
「そうだな、徹底的に潰しあってからの方がよいだろう。その後に我らが不意打ちからの挟み撃ちでルギラウ国を食い、現ハーベスタ領地部分を焦土にして盾とする。万が一、ハーベスタが勝っても弱ってるので潰せる。アーガ王国に何故か勝ったがすでにボロボロだろうしな」
「これで現ルギラウ国の領土という、敵の脅威に晒されていない土地が手に入る。この土地を軸に反撃するのだ」
「まさに完璧な策だな。アーガ王国の非道な暴虐、決して許してはならぬ。我らこそが正しき国と周囲に見せつけなければな」
彼らにとってハーベスタは国ではない。
なので何をしようが全く問題はないのである。
事実として彼らはルギラウ国がハーベスタに不意打ちで攻めることは、大した批難もしていないしどうでもよく考えている。
恐ろしく奇跡的なバランスで成り立っていた国家関係。
それはハーベスタ国にとって最悪な形で完全崩壊した。
もはやどの国に侵略されたとしても、ハーベスタ国は略奪の限りを尽くされて焦土にされる運命となる。
だか全ての国がひとつだけ勘違いをしていた。
彼らは全員が共通して持っている前提……この状況のハーベスタ国は攻め滅ぼされるだけの存在で、どうあれ生き残るなど不可能であると。
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