第67話 バベルの墓標
バベルは追い込まれていた。
自慢の騎馬隊を動員した上、民の盾まで使っておいての完全敗北。
あげくその作戦のせいでハーベスタ国に侵攻されていないのに、民が裏切って国土を削り取られてしまったのだ。
ここまでの大失態では降格処分は不可避だ。
まだ権力が残っている間に、何としても失態を取り返すほどの勲功をあげねばならなかった。
「くそっ! たかが一度失敗しただけなのにっ! まったく貴族のボルボルがうらやましいぜ! ほら急いで職人と資材を集めろ! 手段は問わん!」
バベルはハーベスタ国との国境付近の街で、資材の徴収を行いながら愚痴っていた。
バベルとボルボル、そしてアッシュはクズ三セットと思いがちだが一人だけ別格がいる。
ボルボルは大貴族の息子なので失態を重ねようが許されたのだ。だがバベルやアッシュはそうはいかない。
彼らは叩き上げだけに成果を残し続けなければ、今の地位に甘んじることはできなかった。
「バベル様。大工の雇い賃は……」
「我々の用意した資材費を頂きたいのですが……」
「モルティ国の領土を奪ったらそこから返す! 失敗したら当然だが取り分もないから少しでも急げ!」
商業ギルドや建築ギルドの長に対して、バベルは後払いかつ成功払いだと言い放つ。
凄まじく彼に都合のよすぎる支払い方法に、ギルド長たちは渋い顔をする。
「お待ちください! それでは大工たちの給料が……!」
「我らも破産してしまいます!?」
「……黙れよ。それともここで死ぬか? あん?」
バベルが指を鳴らすと、周辺の兵士たちが剣を抜いてギルド長たちを囲んだ。
ギルド長たちはそれを見て両手を上げて、必死の形相で泣きわめき始めた。
「お、お任せください! 少しでも早く仕上げて見せましょう!?」
「資材も早急にご用意いたしますので!?」
「分かればいいんだよ、まったく。少しでも急げ! 遅けりゃギルド全員の首をはねるぞ!」
「「は、はひっ!」」
ギルド長たちは即座に逃げおおせて行った。
「くそっ! 少しでも急がねぇと……! 速くやらねぇと……!」
バベルがここまで速さに固執する理由。それは今までの成功体験からであった。
彼は今までスピーディさで全てをゴリ押ししてきたのだ。
『兵は拙速を尊ぶ』を体現する存在がバベルなのだから。
そうして無理くり資材と人手を集めて、建築予定地であるハーベスタ国との国境付近のなだらかな丘に進軍する。
無論、兵士や大工たちは全力で走らせる。遅れる者が出れば首を跳ねると脅しての強行軍であった。
そうしてかろうじて目的地について、休む暇も与えずに作業を開始させた。
このやり方は以前にバベルが一夜城を築いた時と同じである。だがあの時はリーズがこっそり民衆に回復ポーションを配っていたりする。
「さっさとやれ! 明日の朝には城を建たせておく必要がある!」
「そんな無茶な!?」
あまりに無理筋な命令に建築ギルドの長が悲鳴をあげる。
それに対してバベルは腰の鞘から剣を引き抜き、ギルド長の喉に刃をつきつける。
「無理ですなんて誰でも言える! 無茶を通すのが仕事だろうが! 別に完璧な城である必要はない! でかくて目立てばいい! 造りは雑でいいからスピード重視だ!」
「は、はひっ!」
こうして強行軍の後に無理筋な工事が開始された。
大工たちは必死になって働くが、ここに来るまでの疲れでとても働ける身体ではない。
明らかに動きに精彩を欠いており、息切れして休み休みの作業になる。
「間に合わなかったら処刑だぞ! さっさとやれやゴミ共!」
バベルが脅してもやはり大工たちの動きは悪い。別にサボっているわけではなく、疲れ切っているのだから当然だ。
それを見ていたバベルは更に脅しをかけようと、大工のひとりを剣で斬った。
彼は部下の兵士たちには甘い顔をするが、民衆は家畜という考えを持っている。
だからこそサボる馬には鞭をお見舞いする。
「ひ、ひいっ!?」
「い、急げ! とにかくデカければいいんだ! 何でもいいから建てるんだ!」
大工たちは必死に木造で防御力を一切考慮していない建物を建築する。もはやこの時点で防衛施設としては明らかに間違っていた。
このままでは防衛力のない防衛施設という矛盾の塊が爆誕するが、そんなことは作業者にはどうでもよかった。
とにかく大きな建物を急いで建てる、それだけに頭を支配されている。
時間がないので建物の耐久チェックも雑、用意された石は重いし使うのも大変なので不使用。
「おい! ここに柱置く予定じゃなかったか!?」
「そんなものどうでもいいからとにかく上に積み上げろ! 壁が支えてくれるだろ!」
「魔法で無理やりでも固定しろ!」
だがそれでも追い込まれた人間の起こす奇跡だろうか。かろうじて木の箱のような建物が作られていく。
そうして夜が明ける頃、その建築物は完成を遂げた。
「……なんだこれ?」
バベルは建物を見上げて率直な感想を述べた。
明るくなってきた頃にその全容を見せた建物は……高さ十五メートルほどの長方形の木造建物だった。
城の周囲を囲む防御壁もなければ、城の壁はむき出しの木のままで色も塗られていない酷い出来。しかしバベルのオーダーである大きさだけは満たしている。
「ば、バベル様! 何とか造り上げました! これでよいですよね!?」
「……いやこれのどこが城だよ。それに周囲を囲む壁もないじゃん」
バベルの描く城とは少し大規模な砦のようなものだった。
以前に造った時は一夜でそれが完成したので、次も同じような物ができると考えていたのだ。
だが再現するにはリーズというパーツが欠けている。
一夜城を成し遂げたのはリーズが城の壁や屋根を作り上げ、大工がそれを組み立てる手段を取れたからだ。
資材だけポンと渡されてその場で城を、ましてや一夜で築くなど不可能。
「……まあいい。遠くからでも見える建物ではあるか。じゃあ次は城壁とか作っていけ。完成するまで休むなよ」
「そ、そんな!?」
バベルは建築ギルド長にそう言い放ち、お供に兵士を数人引き連れて城の中へと入っていく。
不満は大きくあるがそれでもデカイ建物に変わりはない。周囲の民衆に対して異様いや威容を示すことは可能とバベルは考えた。
それに今までの成功体験によって、細かいことは軽視しても何とかなるという考えが頭を支配していた。
その瞬間だった。城が大きく揺れ始めたのだ。
「な、なんだぁ!?」
「ば、バベル様!? 天井が崩れっ……!」
奇跡は長くは続かなかった。
木造建築物は限界を迎えて崩れ落ち、バベルはその巻き添えとなった。
「がっ、だ、誰か助け……」
柱である大木に押しつぶされたバベルは、誰かに助けを求めるように手をあげる。
だが周囲には誰もいない。急いで城壁を建てろという命令に従って、すでに皆がこの場から離れていた。
そして遠くの前方には巨大な白き城が、こちらの元建築物を嘲笑するように聳え立っているのが写った。
「ち、ちくしょ……う……そ、うか……リーズかっ……あいつが、裏切るからっ……!」
バベルはあげた手を落としその後に力尽きる。
彼は最後の最期になって、ようやくリーズの重要性を完璧に理解した。
だが…………あまりに遅すぎたのである。
木造建築物はバベルを潰したことでその役目を終えたのだった。
この失態を以てバベルは恐ろしい速度で失敗を行う異名、『失敗迅雷』の汚名を被ることになる。
とはいえ、もう彼がその俗称を知ることはない。
いや正確には頭を打った衝撃で壊れて理解できなくなった、と言うべきだろう。
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