第52話 野戦築城


 野戦築城。


 それは城などの防衛拠点を使わない野外の戦でありながら、敵に城攻めのような不利をもたせる陣を造ることだ。大抵の場合は使い捨てである。


 野戦築城で有名なのは長篠の戦いだろう。織田信長が戦国最強と言われた武田の騎馬軍団を打ち破った合戦だ。


 火縄銃の三段撃ちによって騎馬隊を打ち破ったとあるが、それには野戦築城も重要な役割を果たした。


 火縄銃は確かに優れた武器だが連射が効かず、もし騎馬隊に攻め込まれたら一方的に蹂躙されてしまう。


 それを防止するために野戦築城として事前に掘を用意したり、木の柵を作っておくことで馬の突撃を遅らせた。そして近づかれる前に撃ち殺したのだ。


 俺はエミリさんへの説明もかねて、野戦築城の例として石垣――高さ1.5mほどの石の壁を【クラフト】魔法で作成した。


 野外で一枚だけ石の壁があるのシュールだなおい。


「これは石垣です。と言ってもご存じですよね?」

「家畜の囲いに使ってるものですよね。でもこれくらいの壁は人なら登れてしまいますよ?」


 エミリさんは石垣を観察している。


「エミリさん登れます?」

「も、もちろんですよ! うんしょっ…………あ、あれ?」


 エミリさんは石垣の上を持って、何とか登ろうと試みるがしばらくしてやめると。


「……ほら私はか弱い女の子なので」

「もう少し筋力つけたほうがよいのでは?」

「か弱い女の子なので!」

「アミルダ様なら簡単にできると思いますよ」

「叔母様の枕詞にか弱いはつきません! それに私は少し背が低いですが、普通の男の人なら越えられると思いますよ!」


 確かに彼女の言う通り、普通の兵士ならひと手間ですぐ登れるだろう。


 だがそのひと手間がすごく重要なのだ。


「この石垣を盾にしつつ頭だけ出してクロスボウを撃てば、敵の矢を壁で防ぎつつこちらは攻撃できます。そして敵が近づいてきてクロスボウ部隊が逃げる時、敵は石垣を越えるのに時間を取られる間に逃げられるのです」

「あ、確かに……」

「こんな感じで事前準備して、敵の動きを制約できれば野戦築城かと」


 以前に戦場にガソリン撒いておいたのも、ある意味では野戦築城かも?


 いや流石に違うか。あれが沼とかで敵軍の足を取ったなら野戦築城だっただろうが……。


「じゃあこの石垣をいっぱい造るんですか?」

「それもよいのですが他にも色々と準備しようかと。個人的に考えているのが至る所にレンズとか配置して、エミリさんの輝けるリサイタルを……」

「それやるとまた私の悪評が増えますよね!?」

「エミリさん、敵からの異名が増えるのはよいことです」

「見たら目がただれるとかどう考えても悪口じゃないですかぁ!?」


 エミリさんの後光、日中でもそれなりに強力そうなんだけどなぁ。


 彼女を後方部隊に置いて輝いてもらえば、相手に逆光で眩しい中での戦闘を強いらせられる。


 スポーツなどでも昼間に太陽と完全に向かい合った時、眩しくてやりづらいのと同じだ。


 対して我が軍は後ろからの光なので被害なし。自軍部隊を下がらせる時は光を消せばよいし。


「それに私の魔力が持ちません! やめましょう? ね? 他の防衛設備にしましょう?」

「ご安心ください、魔力ポーションなら万端に揃えられます! 存分にエミリさんを輝かせられます!」

「私、初めてリーズさんの優秀さを恨みそう……」


 いかん、エミリさんがいじけだしてしまった。


「すみません、冗談ですよ」

「あ、本当ですか! よかったぁ……」


 エミリさんはホッと息を吐いて満面の笑みを浮かべた。


 広域エミリフラッシュは強力ではあるのだが、まだここでは使うつもりがない。


 何せ彼女は野戦築城と違って移動できるからな! 防衛ではなく侵攻時に使いたいのでここで乱発して敵に対策を取らせるのは愚の骨頂!


 まだここは彼女が輝くべきステージではない……!


「それでリーズさんは具体的にどんな物を造るんですか?」

「ああ、はい。我が軍はクロスボウ部隊が強力なため、その弱点である騎馬に対して……」


 エミリさんに色々と説明し始めるのだった。


「あ、そういえばエミリさん。実は新しい狼煙を作りました。ただ取り扱いが難しいのと、狼煙担当はエミリさんなのでやり方をお教えしておきますね」

「私は狼煙担当なのではなくて、魔法で狼煙をあげられるだけなのですが」

「まあ誤差みたいなものですよ。それにこれは一般兵にはちょっと任せたくないので……誤爆されたらちょっと困るし」

「誤差じゃないような……」




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 アーガ王国にあるアッシュの私室では、シャグとバベルが呼び出されていた。


「バベル、疾風迅雷たる貴方の出番よ。ハーベスタ国に圧力をかけ続けて、モルティ国とビーガン国の支援をしなさい」

「へい承知しやした」


 アッシュはバベルに絶対の信頼を置いていた。


 なので彼には極めて大きな裁量権を与えている。


 敵軍に対してどのような軍事行動を取るかや、援軍要請に戦わずしての撤退の許可など軍の指揮官が持つ権限を遥かに超えたものを渡されていた。


「おお! とうとうバベル殿が出陣を! これで我が愛する息子、ボルボルの仇が取れる! 何としても女どもは捕らえてこのシャグにお渡しくだされ! ボルボルの生まれ変わりを産ませますので!」

「お任せください。この疾風迅雷のバベルにお任せあれ」


 バベルは微妙に引きながらもすました顔を浮かべた。


 彼はボルボルと違って自分の腕で軍を勝たせてきた自負がある。


 だからこそアッシュの右腕足りえるのだと。


 バベルの疾風迅雷の異名。それは信じられないほど恐ろしく速い行軍を畏怖されてつけられた。


 アーガ王国は軍の準備をするのが早いのが武器だったが、バベルの指揮する軍はその中でも最も迅速に動いていた。


 その最たるものが敵が気づかぬ間に兵を集めて進軍し街を占領したほどだ。


 それを成しえたのはバベルが『疾き者こそ有能、それ以外は全て無能』と、配下部隊に徹底させていたからである。


 彼は部下に対して速さだけで評価基準を決めていて、速ければ速いほど褒められると兵士もわかっていた。


 だからこそ装備もろくに整えず、何なら飯も抜きで兵士たちは集まって来るのだ。評価基準も単純明快なので兵士たちもそれだけ考えて動いていた。


 速い方が評価され、それ以外の全ては評価の対象外だから。


「バベル、ちなみにどうやって圧力をかけるつもりなのかしら?」

「決まってまさぁ。国境付近に城を建ててそこに自軍の兵を駐留させ、常にハーベスタ国の兵士の警備を強制するんです。もしハーベスタ国が俺達を追い散らそうとしたら、城攻めの不利を背負いますからね。前回のようにはいきません」

「流石バベルね。そうよ、私たちは現状で戦う必要はないの。モルティ国たちがハーベスタ国を打ち破ればよし、負けたなら弱ったハーベスタ国に攻め込むの」


 アッシュとバベルは満足そうな笑みを浮かべる。


 すでに彼女らの中ではこの作戦が完璧であると考えていた。


「おお! あのバベル殿の伝説一夜城が再現されると! これは楽しみだ!」

「バベル、貴方なら安心して任せられるわ。任せたわよ!」

「お任せください! このバベルに!」


 アッシュとバベルはこれまでの作戦の失敗理由は、全てボルボルがいたからと判断していた。


 確かにそれは完全に間違いでもないが他の大きな要因も存分にある。


 例えば……バベルの恐るべき進軍速度の補給は、どうやって行っていたかなどだ。 


 彼らもリーズがいなくなったので、補給が多少不便になっているとは想定している。


 だがそこまで速く動く部隊に対して、本来ならばまともに補給物資を揃えられるはずがない。


 無論バベルたちも兵站を問題視して改善はしている。


 だがそれは普通の軍ならばかろうじて補える程度で、疾風迅雷とまで恐れられた軍にはとても追いつけない。


 アーガ王国の補給を例えるならば、今まで武芸の素人どころか運動すらしてこなかった豚だ。


 そんな者が僅かな期間を訓練しても普通の兵士と同じように戦うのは難しい。


 全てを犠牲にして速さを武器にしている者が、それを支える屋台骨を失えばどうなるかを彼らは甘く見ていた。


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