第108話 ビーガン国、詰む


 ビーガン国は以前から滅亡の危機に瀕していた。


 ハーベスタ国に対して同盟破りの不義を働いた挙句、兄弟国家であるモルティと共謀してだまし討ちで侵略しようとした。


 だがその結果は無惨なもの。ハーベスタ国の策謀によって侵略は食い止められ、態勢を立て直されて逆にモルティ国を攻め滅ぼされたのだ。


 そして当然だがここまでやったビーガン国も、ハーベスタ国にいずれ攻められるのは自明の理。自業自得。


 すでにビーガンとハーベスタの戦力比は、甘く見積もっても1:10ほどの差があった。


 具体的には以下の内容で劣っている。


 兵の数及び練度、装備の質、王のカリスマ、将の能力、経済力、技術力、補給能力、周辺国からの信用、戦争の大義、同盟国。


 勝っている点は一方的な同盟破棄で手に入れた悪名と汚名くらいだ。


 更に大国クアレールもビーガンへの敵対と、ハーベスタ国への支援を確約していた。


 はっきり言ってこの状況を打破するのは自力では不可能。どう足掻いてもこのままでは滅ぶと分かり切っていた。


 だがそんなビーガンに僅かな、ほんの少しのか細い光明がさす。


「陛下! 陽炎がクアレール第一王子と第二王子の暗殺に成功いたしました!」

「なんだとっ!? やってくれたかっ!」


 ビーガン王城の玉座の間にて、ビーガン王は大臣の報告に思わず玉座から腰をあげて喜ぶ。


「クアレール国は大混乱! この隙に乗じて我らの支援する第四王子が王城を占領し、実質的な政治権力を支配しております!」

「これでハーベスタ国との立場が入れ替わる! なにせ敵がそっくり味方になるのだから! あの忌まわしき女王め、目に物見せてくれるわ!」

「ただ第三王子がまだ見つかっておらず、逃亡している恐れがあります」

「第一と第二王子が死んだ以上、第三王子が本来の正当後継者になってしまう。あれが生き残っていてはマズイな……よし我が軍の兵士を派遣し、第四王子を支援するのだっ!」


 ビーガン王は目を輝かせて叫ぶ。


 それに対して大臣は怪訝な顔をしていた。


「しかしハーベスタ国に隙を見せれば、即座に攻められるのでは……」

「このビーガン一番の愚か者め! どちらにしてもこのままではいずれ我が国は滅ぼされ、焼かれて虐殺されて植民地だっ! 何としてもクアレール国を味方につけねばならぬのだっ! 民のためにもなっ!」


 ビーガン王の言っていることはある意味では正しい。


 だが大きく間違っていることが二つある。


 まず一つ目。そもそもビーガン国で最大の愚か者はビーガン王である。


 確かにハーベスタ国が驚愕の発展を見せるなど、予想が難しい点はあった。


 だが結果論とは言えビーガン国を詰み状況に陥らせた者が、最大の愚者であると言える。


 本人が仮に有能であろうがどれだけ不運に見舞われようが、治世とは結果がほぼ全てである。


 そして二つ目、ビーガン国を焼かれずに虐殺もされない方法がある。


 それはビーガン王がハーベスタ国に首を垂れて無条件降伏し、ビーガンの土地を全て譲り渡すことだ。そうすれば民は戦に巻き込まれない。


 そもそも侵攻時に敵国土を燃やしたりするのは、敵にダメージを与えるための策だ。


 自分の土地になったものをわざわざ燃やし、荒廃させる馬鹿はそうそういない。アーガ王国は馬鹿なので除外する。


 当然ながら降伏すればビーガン王は首をはねられるが、王である以上は失態の責任をとるのは当たり前。


 とどのつまり、ビーガン王は自分のことしか考えていない。


「アーガ王国に要請を! ハーベスタ国への攻勢を願うのだっ! そうすればハーベスタ国は防戦に手いっぱいで、わが国に攻める余裕はなくなるっ! アーガと我が国は同盟の関係で利害も一致しているのだ! 必ずや攻めるはず!」

「ですがアーガ王国に攻める余力があるのでしょうか? ズタボロで酷い有様と聞きますが……」

「一時は天下を握ろうかとなったアーガ王国だぞっ!? いくら何でもそこまで落ちぶれてはいまいっ! 我が国一世一代の賭けだ! すぐにアーガ王国に早馬で手紙を!」


 ビーガン王はここが勝負所を見極め、持ちうる手札を全て使い切る。


 実際に切りどころとしては間違ってはいない。ハーベスタ国とクアレール国に対して、この機こそが最も有利に立ち回れるタイミングだった。


「それと陽炎に命じてハーベスタ女王の首をとれっ! クアレールの第一と第二王子を暗殺できたのだから、あの忌まわしき女とて殺せるはず! 私が直接恨みを晴らせないのは業腹だがなっ!」

「しかし陽炎曰く、ハーベスタの要人暗殺は難しいと言っておりますが……」

「クアレールすら暗殺できたのだっ! あんな平壁の細い女王など殺せぬはずがなかろうっ! やらせろっ!」


 もはや僅かな可能性にも賭ける。コスパなどは度外視でやれることは何でもして、ほんの一ミリでも勝率をあげることに費やした。


 そうして人事を尽くして天命を待つこと二週間後。


「大変です! アーガ王国軍がっ!」

「ハーベスタ国に勝ったのかっ!?」

「ハーベスタ国にたどり着く前に自壊して消滅しましたっ! もはやハーベスタ軍は東の憂いなしと、わが国への侵攻準備を始めております!」

「……は?」


 ビーガン王は色々と間違いを犯したが、最も致命的な勘違いを継続していた。


 それは……そもそもどう足掻いても、すでにビーガン国は詰んでいたということである。


 持ちうる手札を全て最善に切ったとして、仮に第四王子をクアレールの盟主にできたとして。


 第四王子率いるクアレール国が態勢を立て直す間に、ビーガンはハーベスタ国に攻め滅ぼされる運命であった。


 僅かでも望みを残したいなら、そもそも手札を増やす努力が必須だったのだ。例えばリーズを引き抜くなどの。






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 商業国家パプマの議会は白熱していた。


「貴様ら香辛料ギルドなどのせいでパプマの名声が地に落ちたのだ! さっさと議会から出て行けっ!」

「ふざけるなっ! 今まで国を豊かにしていたのは誰だと思っている! 貴様らこそ身のほどを弁えろっ!」

「それこそふざけるなっ!」

「ふざけるなは貴様らの方だ、ふざけるな!」


 パプマはハーベスタ国との一件で周辺諸国からの信用を失っていた。


 その結果として今まで権力を持っていた勢力が力を落とし、その分だけ他の勢力が台頭して議会は国内産業派と国外産業派のほぼ半数ずつに割れていた。


 議会とは一定数以上の差があって議案が決定される。つまりこの状況では互いに案を反対してほぼ政治が動かず、パプマはあれからずっと停滞し続けていた。


 だが彼らはそこまでの危機感を抱いてはいない。


 彼らの考えはこうだ。パプマは今も十分に金を持っているし豊かな国。確かに経済による周辺諸国の軍事バランス調整には失敗したが、周辺諸国やハーベスタ国が攻めてはこない。


 まず周辺諸国はそもそも攻めるだけの余力がない。


 ハーベスタやクアレールについては、パプマに攻めるには大義名分がないのだ。


 非侵略を宣言した国への理由なき侵攻は、暴力が全ての蛮族だと自称するに等しい。


 あの二国は風聞を気にする大国なので、大義なしで侵略は出来ないのだと。


「ええいっ! 商業ギルド長は国内産業派からだっ!」

「国外産業派からに決まっているだろう!」


 彼らは出奔した商業ギルド長の後釜について、延々と語りつくしていた。


 元商業ギルド長が何故出て行ったかなど、一切気にも留めずに権力を握ることに尽力していた……。


「やれやれ。クアレール国が荒れているチャンスなのにこれか」

「まあ我々としては傍観を決め込めばよいですからね。ハーベスタにもクアレールにも、何もしなければ何もされないのですし」


 彼らは核兵器並みに強烈な時限爆弾を知る由もなく、時間が経つにつれてどんどん状況が悪化していくのに気付かなかった。

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