第93話 色々と仕組み
アミルダ様に告白された、マジか。思わず頬をつねってみるが痛い。
どうやら本当に現実で…………いや待て、呆ける前に肝心なことを忘れていた。
アミルダ様のほうをじっと見続ける。
「どうした? なにか顔についているか?」
「いえ、ちゃんと返事をしてなかったなと」
アミルダ様から婚約の申し込みに対して、明確に返答をしていなかった。
話の流れ的に決まっているようなものだが、しっかりと明言しておかなければならない。
「……アミルダ様、自分はアーガ王国への復讐心のみでハーベスタ国に協力してきました」
「そうだな、それがお前の願いであり生きがいなのだろう」
「そうです。いえ、そうでした。ですがこれからは……アーガは関係なくハーベスタ国を支えます。俺は貴女のことが好きです。これからは夫として貴女を支えます」
「っ! ……はい」
アミルダ様は少し涙を流しながら頷いた。こうして俺と彼女は婚約した。
そしてアミルダ様が少し泣きやむのを待ってから、今後の予定などを説明されていた。
王族の婚約ともなれば派手に発表しつつ、民からの評判を得るために世論を操る必要もあるとか。
操るってなんか嫌だなと思うが、逆に悪い評判をバラまいてくる奴らもいるらしいので仕方ないそうだ。
例えばアーガ王国のスパイとかが、悪い風聞をバラまいて今の王ではダメだと煽動。
他の有力者を煽動して「我こそ王に相応しい!」などと立ち上がらせて、国を割れさせようとするとかな!
間違いなくやるだろうからやっぱりアーガ王国ってクソだな!
「とはいえ今回はお前が王配になることに反対する者は少ないだろう。何せこの国を何度も救った英雄だ。民衆とは成り上がる英雄伝に憧れるからな」
「なるほど、確かにそうですね」
この世界では勇者が国で暴威を振るったドラゴンを倒して、その国の姫と結ばれて王になるおとぎ話……いや実話がかなり人気だ。
立身出世の極みみたいな話だからな。
地球でも成り上がって王になったり、逆境から逆転して勝利を収める話はよくある。そして大抵人気であることが多い。
織田信長の桶狭間、豊臣秀吉が農民から国王に成り上がり、源頼朝が平家を打倒するとか。
我が国は兵力差だけなら毎回桶狭間やってたからな……話のネタにはことかかない。
「しかも我が国には貴族がロクにいないからな。血族主義の輩の口がないので更に楽だ。逃げられた時は腹が立ったものだが、今となってはよくやってくれたと言いたくなる」
「そういえば以前に戻って来た奴いましたね……他にはああいう輩は出てないんですか?」
「安心しろ。戻ってきたら反逆罪で処刑すると文を送っておいた」
「ひえっ」
アミルダ様はニヤリと笑みを浮かべた。
恐ろしいお方である、彼女は決して甘いだけではないのだ。
「そんなわけで仕込みの件だが。まずはお前が元アーガ王国の者であると国中に広める」
「えっ!? なんでですか!?」
アミルダ様の言っていることが理解できない。
そんなの流したら俺が王になるの反対されるに決まっている。
だが彼女は愉快そうに笑いだす。
「それ自体は真実だからな。隠しておいて後からバレるより、事前に発表しておいた方がよい。それによい塩梅の言い訳もある。『アーガ王国という悪に耐えられず国を脱して、弱者だったハーベスタ国についた正義の騎士』……人気が出ると思わないか?」
「……すごくウケそうな話に仕立て上げられそうですね」
正義に目覚めた騎士が悪国を裏切って、弱い国について勝利へと導いて姫と婚姻して王に……すごく王道の話だ。
実際は正義に目覚めたのではなくて、悪国に捨てられて復讐してるだけなのでバリバリ私怨だが。
「この国の民は皆、アーガ王国の脅威に震えていたのだ。それを散々救ったお前に感謝しているのだから、王配になろうと反対する者などいるはずがない」
「俺をアーガ王国のスパイだと考える者もいるのでは?」
「考える頭を持つ者ならば、ここまでアーガ王国をズタボロにするスパイなどあり得ぬと分かるはず。ここで反対する者たちは……十中八九、間者の類。残りは騙されやすいので、煽動に引っかかりやすい者だ。どちらも考慮に値しない」
まあ敵国にここまで貢献するスパイなんてあり得ないか……。
スパイと言うか裏切り者かを判断する踏み絵があるとすれば、俺は踏み抜き過ぎて地盤沈下しているレベルだろう。
裏切りの十本槍もアーガ王国兵の首級を取りまくって、他のハーベスタ国の兵士からそれなりに信用を得ているしな。
俺は計らずも今までの大手柄を以て、アーガ王国に与するものではないと宣言しているのだ。
「そういうわけで婚約発表は行っておくが……そうだな。ついでにエミリも娶らぬか?」
アミルダ様は何気ない一言のように、割と重要なことを言い放った。
哀れエミリさん、ついで扱いされている……。
「いや流石に二人は厳しいのですが……」
「そうなるとエミリは一生独身だな」
「いやなんでですか……あの人なら男性から人気あるでしょう」
アミルダ様はサラッと言い放っているが、これはエミリさんにとって凄まじくマズイことだ。
この世界の貴族令嬢は結婚するのが当たり前、というか義務であり仕事である。
婚姻できない貴族令嬢はニートみたいなものだ。肩身が狭くなる。
というかあの人、見た目もかなりよいので放っておいても男が言い寄って来る。
魔法も使えるし砂糖ジャンキーな以外は、男としては文句ない相手だろう。
結婚相手に困ることはないと思うのだが。
「お前と私が婚約することで、エミリが婚約できる相手はお前以外いなくなるのだ」
「どういうことですか」
「血統の問題だ、国内では問題なくても国外との兼ね合いがある。まずエミリは貴族令嬢なので、よほどのことがなければ貴族と婚姻せざるを得ない。だがこの国には貴族が残ってないので、自動的に他国の者と婚姻することになる」
血統……ペットとか競馬とかでしか聞かない単語だなぁ。
この世界でもやはり貴族の血は貴いとかで、庶民とは分けて考えられている。
ようは生まれながらに差別しているのだ。人の流れる血なんて誰しも大して変わらんだろうに。精々が血液型くらいの差、青い血でも流れてるわけでもあるまいし。
そもそも貴族というか王族だって、建国以前は普通の庶民と同じだったんだけどな。
「外の国の貴族とエミリが結婚して子供を産むとする。エミリは王族だ、そしてその子は外国の貴族から見れば父母共に貴族なので貴き血が濃い。私とお前の子供よりもな。であれば彼奴等が何を言うか分かるだろう?」
「……エミリさんの子供の方がハーベスタ時期国王に相応しいと……跡継ぎ問題が大勃発するんですね」
アミルダ様は大きく頷いた。
本当に嫌な話だ……だがエミリさんと婚姻した他国の者が意気揚々と、「我が子こそハーベスタ国王に相応しい!」と叫ぶのが目に見えるようだ。
そもそも俺は子供のことなど全く考えてもないのだが、アミルダ様は貴族だけあって色々と考えてらっしゃる。
「つまりエミリさんは俺くらい勲功をあげた平民しか結婚相手がいないと」
「そうだ、だがお前ほど活躍できる者などそうは現れない。ちなみに父が同じ血ならば女王である私の血をひいた子供が優先される。エミリよりも私の方が王族の血が濃いからな」
血が濃いとかなんか蚊が味のテイストでもしているかのようだ。
いや貴族的にはかなり重要問題なのだろうけど……庶民である俺にはどうもしっくりこない。
「それに私とエミリがお前と結婚して、それぞれの子で世継ぎ問題が起きてもマシなのだ。他国の者が関わってこないからな」
アミルダ様はすごく深くため息をついた。
跡継ぎ問題で他国の介入とかもう絶望感しかない。絶対に国が荒れるの避けられないだろうからなぁ。
……俺としてはエミリさんも可愛いので、合法的に妻にしてよいなら別に異論はないのだが。
「俺としてはエミリさんとも婚約してもよいのですが……エミリさんの方はどう思っ」
「よしなら娶るのは決定だ。エミリにはまたそのうちに気が向いたら話しておく」
アミルダ様は俺の話を遮ってしまった。
張本人のエミリさんのいないところで、どんどん話が進んでいくのだが……しかもそのうち説明とか扱いが雑い。
「色々と雑過ぎません?」
「エミリの婚姻相手は私が決める。そこにあいつの自由意志はない」
「せめてすぐに伝えて、少しくらい意見を聞いてあげても……」
「夜に調理部屋から砂糖や菓子をつまみ食いする奴に、甘い対応をしてやる必要はない!」
哀れなり、エミリさん。色ならぬ砂糖に溺れて身を滅ぼす。
まあ身から出た錆ということでひとつ。
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残り四話くらいで叙爵編(叙爵とは言ってない)は終わりです。
もし見たい閑話がありましたらコメントでどうぞ!
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