閑話 陽炎の受難


 俺はハーベスタ軍がクアレール国への出兵から帰って来た日。女王暗殺の任務のために白竜城へと侵入していた。


 あまり気は乗らない。ビーガンから何度も依頼要請が来てその度に断って来た。


 俺が今までに不可能だと思った暗殺依頼は二つだけだった。


 ひとつは神算鬼謀にして焔を操るハーベスタ国の女王、もうひとつはボラススの死者蘇生魔法を扱えると噂された教皇。


 片や炎の使い手という俺との相性の悪さ、片や殺しても蘇られてしまう理不尽だ。


 なのでハーベスタ女王暗殺も成功率が低いと何度も断ったが、その度にしつこく食い下がられてとうとう受けざるを得なくなった。


 仕方がないのでギャザの街に居座って、女王たちに隙が出るであろう日を様子見していた。


 そして今日。クアレール国に出兵した軍がこのギャザへと帰還してきたのだ。


 兵たちや王配が帰って来たならば、そこに警備の隙が生まれる可能性は高い。誰だって夫婦は話し合いたいものだ、兵士たちは己の武勇を誇示したいものだ。


 そんな気のゆるみが大きな隙になる。このタイミングを逃せばもう日はない。


 なので夜の闇に紛れて白竜城への潜り込みを試みた。


 ……俺が受けたくなかった理由。それはこの白竜城、そしてその周りを幾層に覆う壁の造りにある。


 外観からして元来の建築物とは違いすぎる。貴族の住む場所というよりも、戦での前線基地のようだ。


 ひとまず城壁の中へは侵入したがやはり内部もかなり独特になっており、城部分にたどり着くまでにかなりの時間をかけてしまった。


 何とか門を潜り抜けて城内部へと侵入に成功したが……ここからが問題だ。


 想像通り城の内部も普通の物とは一線を画していた。


 これではあの女王がどこで寝ているか、いやそれどころか内部の構造の予想すらままならない。


(チッ、警備の厳重そうな場所を見つけるしかないか。女王自身に最も警備を重点しているだろうから、警備が強いところに向かって行けばよいはず)


 大広間のような場所を通り過ぎて、廊下をゆっくりと歩き始めようとするが……床に慎重に一歩足を踏み入れた瞬間。


「きゅっ」


 間の抜けた鳥のような鳴き声が響いた。

 

 思わず周囲を見回すが鳥の類も、見回りの兵士もいない……。


 いや違う。この音は……下の廊下から鳴っている? 試しにもう一歩歩くと、また「きゅっ」と同じ音が響いた。


(これは間者対策の仕掛けか……だが足音を立てなければよい。どこかに炎は……)

 

 壁には等間隔で火のついたロウソクが立てかけてある。


 これは好都合だ。わざわざ夜の闇をかき消す火を用意してくれているとは。


「揺れ動く我が身、消えゆく身。陽炎に揺れよ」


 呪文を詠唱して廊下の端にあるロウソクの側まで転移する。


 我が魔法は目に見える炎の側に転移することができる。暗殺や侵入において、これほど有用な呪文はそうはない。


 そうして更に進んでいくのだが少し違和感が出始めた。


 街での聞き取りでは女王はこの城の最上階で暮らしていると聞いた。


 だが警備の厚い方向に向かって行くと、上ではなくて城の中心部に進行している。


 普通に考えて城の防備が強くなっている場所ほど、大事なものが守られている。


 そして進むにつれて警備が厳重になっているので、やはり女王の寝床に近づいている可能性が高い。


 ……なるほど。街での噂は偽情報であったか。あの深謀遠慮とうたわれた女王ならばそれくらいはやりのけるか。


 警備の足音に気づいたので近くにあった炎に視線を向ける。


「我が身、焔に溶けよ」


 自分の姿を炎の中に溶かして、警備の者が通り過ぎるまでやり過ごした。


 しかしこの城の警備兵は凄まじいやる気を見せているな。


 普通の城ならば凡俗な兵はどうせ侵入者などいないだろうと、気を抜いているのだが……。


 まるで侵入者が来るのが確定しているかのように、目を血走らせて周囲を見回しているとは……どうやったら常日頃からここまで警備の士気を保てるのか。


 だが俺とて陽炎と呼ばれた男。警備が厳重でもそう簡単には捕まるつもりはない……が、想定よりも遥かに魔力を消費してしまったな。


 普段なら物陰に隠れてやり過ごせるのだが、ここの警備は本当に目をこらしているので魔法なしでは危険だ。


 そうして潜みながら進んだ結果、厳重な造りの扉の前にたどり着いた。


 しかもその扉の前には二人の兵士が護衛に立っている。


 ここは最上階ではないが……夜間に警備を置くほどの部屋。なれば女王がいる可能性が高い。


 宝物庫の可能性もゼロではないが……そこは中に潜って確認するしかない。


 殺せば血の匂いが出てしまうな。


 あそこの部屋に女王が確実にいるならばとは限らない。いないならまだ城を潜らなければならない。極力見つかる可能性は減らすべきだ。


「ちょうど奴らの近くにロウソクがあるならば……揺れ動く我が身、消えゆく身。陽炎に揺れる」


 俺は奴らの背後にあるロウソクの火に転移して、兵士たちが気づく前に首筋に手刀を当てて気絶させる。


 音が出ないように倒れた者たちを腕で支えた後、床に寝かしておく。


 扉をゆっくりと開き、俺は部屋の中へと転がり込んで侵入する。


 そこには三人の兵が立って周囲を警戒している。そしてひとりの若い男が槍を構えて、目をつむって椅子に座り込んでいた。


「む? エミリ様……ではないですね。貴方は?」

「…………バカな」


 俺は返事をできずにいた。なにせ……この部屋は明らかに女王の寝床でも、宝物庫の類でもなかったからだ。


 いくつも樽や木箱、調味料の入った瓶や料理道具が散乱していて……完全に調理室だ。


 ??? 意味が分からぬ! なんで調理室なのかっ!?


 こいつらはバカか? 厳重な扉に番を二人も配置している場所が調理室!?


 男は槍を構えて俺を見据えてくる。


 わけがわからないし逃げたいが、こいつに隙があるようには見えない。


「調理室に忍び込んでくるならエミリ様の助っ人ですかね? 貴方は私がお相手するが……ケガしたくなければ降伏をおススメする」


 俺に槍を構えてくる男には全く隙がなかった。


 明らかに名のある武人、それも凄まじい猛者だ。


 不意打ちしても勝てるか怪しい、ましてやこんな正面から当たっては万に一つの勝ち目も……しかも入って来た扉は、すでに他の兵士が塞いでいた。


 ……魔法を使いすぎた。この男相手ならばもう焔の中に隠れてやり過ごすしかないが、今の残魔力ではそれができるのは短時間だけ。


 …………無理だな。


「……降伏だ、全て話す。なので命だけは助けて欲しい」

「は?」



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調理室で捕縛されるゴキブ……陽炎なのであった。


なお白竜城で夜間警備が最も分厚いのは、流石に玉座の間というかアミルダの側です。

一見すると警備兵の多さなどでは調理室ですが。

なのに最も厚いと断言できる理由? バルバロッサがいるからです。


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