第4話 訓練施設《ソーサルアリーナ》にて



 午後、3人がやってきたのは魔法の実技練習施設。

 当然だが、エクステリアの街では屋外での攻撃系魔法は原則使用禁止。そのため、魔法の実技練習を行うための専用施設がちゃんと用意してある。それがこの場所、魔道士協会直轄訓練施設『ソーサルアリーナ』なのだ。


「あら、いらっしゃい。今日も3人で練習に来たの?」

「こんにちは、フィリアさん」


 受付をしているエルフの女性――フィリアとフレンドリーに挨拶を交わす。


「一刻も早く一流の魔道士になりたいですから」

「それじゃあ、えっと……特別室の料金は50ルーンね」

「……やっぱり特別室でないとダメですか?」

「ダメです」


 にべもなく却下された。


「当然でしょ。あなた、以前に何をしたかお忘れ? あなたくらいよ。練習で演習室を吹っ飛ばした人って。それも5回も!」

「いやぁ、あはははは」

「笑い事じゃないっての」

「警備員さん達も唖然としてましたね」


 横目でミリアを睨みつつぼやくエクリアに、その時の事を思い出して苦笑いをするリーレ。対してミリアは頬を指で掻きつつ照れたように笑うだけ。別に誰も褒めているわけではない。

 ちなみに吹っ飛ばした演習室の修理代はミリアの貯金から支払った。エクステリアへ引っ越す際に、親から過剰と言えるくらいの額のお金を貰っていたおかげで借金をする事までは免れたが、これの一件で貯金はほぼ使い尽くしてしまったのはまた別の話。


「せめてもうちょっと安くなりませんか?」

「なりません。特別室は簡単に吹っ飛ばないように部屋は壁や天井に魔法耐性の高いミスリル製の防壁を使ってる特注品なんですから。多少値が張るのが当然でしょう。ほらほら、さっさと支払う」

「はぁ~い」


 しぶしぶ財布から50ルーンを取り出すミリア。同じくリーレとエクリアも50ルーンずつ支払った。ちなみに、普通の演習室の料金は10ルーン。特別室は約5倍の金額に設定されている。


「それじゃあ場所はもう知ってると思うけど、特別室は一番奥よ。これが部屋の鍵」

「ありがとうございます、フィリアさん」

「まずは正魔道士セイジね。みんな、昇格目指して頑張ってね」


 礼を言って部屋の鍵をフィリアから受け取ると、3人は演習室へと向かった。それを見届けながら、フィリアはボソッと呟く。


「魔力自体で言えば3人ともセイジレベルを超えてるんだけどねぇ。ミリアちゃんに至ってはソーサラーレベルにも匹敵するし。後はちゃんと魔力をコントロールできていればねぇ。部屋を吹っ飛ばす事もなくなるんだけど」





「さて、それじゃあ練習を始めようかなと思うんだけど……」


 指定位置に立ったミリアはジト目で横を見る。そこには強化魔法シールドに隠れているリーレとエクリアの姿が。


「……何でいつもそんな所に隠れてるの?」

「いや、だってほら、念のためにね」

「ミリアちゃんの魔法って余波が凄いですからねぇ。やっぱり怪我したくないですし」

「あたしはむしろ死にたくないから」

「あんたらねぇ~」


 実際に部屋を吹っ飛ばしたと言う前科がある以上、ミリアは唸るしか出来なかった。


「フンだ。ちゃんと制御すればいいんでしょ、制御すれば!」

「ミリア~。ちゃんと魔水晶を狙うのよ~」

「そんな事言われなくても分かってるわよ!」


 ったく、と剥れたままミリアは前に向き直る。前には目標となる魔水晶が置かれている。その距離は約20メートル。


「見てなさいよ」


 魔水晶に向けて手をかざすミリア。魔力を集中させ、精霊言語で魔法の詠唱をする。すると、掌に紅い輝きが宿り、それが見る見るうちに大気から噴出す炎を纏った火球と化す。

 火の魔法。火の属性を持つ基本的な魔法で、使い方によっては今のように火球を生み出す攻撃用魔法にもなる。

 そして――


火炎の砲弾ファイアボール!」


 気合と共に放たれた火球は魔水晶に直撃し、一瞬にして魔水晶は砕けて散る。それどころか、弾けた爆炎は周囲に撒き散らされ、衝撃が部屋全体を振るわせる。


「ふっふっふ、見たか!」

「ええ、見たわよ。その前の10発の大外れもね」


 エクリアの目線の先には、魔水晶の置かれていた台座。その背後には黒く焦げたような火球の炸裂跡が10個くらい残っていた。


「当たったんだからいいじゃない」


 ムスッと膨れっ面になったままミリアはぼやく。それに対し、エクリアは魔水晶を取り付けながら、


「10分の1じゃ話になんないでしょ。こういうのは20メートルくらいの距離なら一発で命中させないといけないのよ」


 言いつつ、エクリアはミリアの隣に立つ。


「見てなさい。コントロールってのはこうするのよ。火炎の砲弾ファイアボール!」


 ドンとエクリアは右手から火球を撃ち放つ。その火球は一撃で魔水晶に直撃し、魔水晶は粉々に砕けて散った。


「ほら、一発で当たった」


 どうだとばかりのエクリアに、むぅ~と頬を膨らませるミリア。


「威力は私の方が上なのに~」

「そんなの制御できなきゃ意味ないでしょうが。今のミリアの魔法はただの凶器よ。リーレ、シールドの強度はどうなってる?」

「えっと、今の時点でもう8割は削られてしまいました」

「ほら見なさい。あのシールドはセイジの魔法程度なら数十発くらい防げる代物だったのよ。なのに10発程度、しかも余波だけで8割方削られるなんて。なかったらあたしとリーレは仲良くあの世行きじゃない」


 うっ……とミリアは言葉を詰まらせる。


「ミリアはもう少し放出魔力のコントロールを身に付けるべきね。そもそも、魔法の命中率が低いのだってそれが影響してるみたいだし」

「え、そうなの?」

「そうなのって、自分で分からなかった? 外から見てるとよく分かるわよ」


 エクリアの言うにはこうだった。

 ミリア自身はあまり感じていないようだが、ミリアが魔法を放つ時にその魔力の大きさゆえにかなり大きな反動が発生しているらしい。その影響で、放つ瞬間にミリアの手がぶれてしまって真っ直ぐ飛ばなくなっているようなのだ。


「なるほど。つまり手がぶれないようにすればいいってわけね」

「え? いや、そうじゃなくて」

「よ~しそれなら」


 ミリアは魔水晶に向けて再び右手をかざす。その先に緋色の輝きが宿り、瞬く間に業火を纏った火球が生み出される。しかも、その輝きは前よりも強い。


「ななななっ」


 慌ててエクリアはリーレの元に駆け出す。間一髪、エクリアがシールドの裏に飛び込むとほぼ同時にミリアが左手で右腕を押さえ、一息に火球を解き放った。

 その火球は一直線に魔水晶へと向かい、今度はまさに一撃で粉々に粉砕する。が、その後に撒き散らされた余波も先ほどまでのものとは比較にならないほど強烈だった。リーレとエクリアが隠れていたシールドはガラスが砕けるように破壊され、その衝撃で2人も吹っ飛ばされて床を転がる羽目になった。


「なるほどねぇ。右腕を左手で押さえればぶれなくて済むみたいね。これで命中率の件は解決かな」

「……ちょっとミリア」


 地獄の底から語りかけるようにエクリアが声をかけてくる。


「あれ、どうしたの?」

「どうしたのじゃないでしょうが! もっと加減しなさい加減を! 周りにいる人敵味方問わずみんな纏めて殺す気か! 余波でシールドをぶっ壊すなんて規格外にも程があるっての!」

「え~。だって、攻撃用の魔法って威力があってこそじゃないの?」

「……」


 このままだと何かの弾みで本当に死者を出しかねない。何とかしなければ。

 そう思いつつ、課せられた責務の重さと難易度に頭を悩ませるエクリアだった。







 太陽が西の地平線に近づき、空が茜色から藍色に染まり始めた頃。ミリアは練習を終え、2人と別れて薬局エミルモールへ戻ってきた。


「ただいま~」

「ん、戻ったか」


 ベルモールはカウンターでペラペラと捲っていた資料から目を上げる。


「何ですか、その資料は?」

「ん~、別に。ただの在庫資料だよ。

 ところで、ミリア達は明日何か予定あるか?」

「明日ですか? 一応明日は受けられる依頼がないか探しに行く予定ですけど」

「そうか。なら、丁度良かったかな」

「は?」

「いや、折角だから明日は『青の水鳥亭』に行くといい。丁度良さそうな依頼が最近来たって聞いたからな」

「『青の水鳥亭』ですか。分かりました、明日行ってみます」

「んー、よろしく~」


 よろしく?

 ベルモールの最後の一言に引っかかるものがあったが、ミリアは気にせずに奥で夕食の準備を進めるのだった。







 翌日、ミリアはリーレ、エクリアの2人と合流すると、ベルモールの紹介に従って『青の水鳥亭』へと向かった。

 この『青の水鳥亭』と言うのは、エクステリアの街に3軒だけある魔道士協会からの依頼を扱っている店の1つで、魔道士ランクではマージからセイジレベルの依頼を取り扱っている店だ。

 依頼の受け方は簡単。店に顔を出し、依頼内容を確認。そして依頼者本人から依頼内容の確認をして、任務を開始する。依頼内容を完遂し、依頼者に報告して初めて依頼料が貰えると言う流れになる。

 ちなみに、依頼料に関しては額によっては前金として半額を先に貰える場合があるが、その場合は大抵はかなりの難易度の依頼になる事はほぼ間違いない。少なくともマージや初期のセイジレベルで請け負う事はないだろう。

 カランカランとドアベルを鳴らしてミリア達が店内に入ると、マスターが目線だけを向け一言「いらっしゃい」とだけ言った。


「マスター。何か請け負える依頼がないか確認したいんだけど」


 そう言って、ミリア達3人はライセンスカードを提示する。

 ちなみにライセンスカードと言うのは所持者の魔道士としてのランクや今までに請け負ってきた依頼任務などの情報が記載されているカードだ。その情報から、マスターが任せる依頼を選択し提示する事になっている。

 マスターは提出された3枚のライセンスカードを見るなり、


「ん、あんたらがミリア・フォレスティ、エクリア・フレイヤード、リーレンティア・アクアリウスか」

「はい、そうですけど」

「あんたら宛に指名で1つ依頼が来てるぜ」

「指名?」


 指名依頼と言うのはそのまんまの意味。依頼者から直接任務を行う人物を指定してある依頼の事だ。高位の魔道士になればなるほどそういう依頼も増えてくるのだが、少なくともミリア達のような駆け出しに過ぎないマージのランクではまずそういうのはありえないと言える。


「ほら、この依頼だ」


 マスターから手渡された依頼書を見ると、そこには『薬草採集』と書かれている。調合に足りない薬草を採取してきて欲しいという依頼のようだ。

 依頼料は一人500ルーン。思いの他依頼料が大きい。実際ミリア達くらいのランクでは依頼料は300ルーン前後の依頼ばかりなのだ。それに比べればこの依頼は破格の依頼と言える。

 そして依頼主の項目を見た途端、ゴンとミリアの頭がカウンターに衝突した。

 依頼主の項目にはこう書かれていた。


 ――依頼主 ベルモール・モルフェルグス




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