第38話 領都バウンズ再び


 バルトジラン王から依頼を受けたミリアは、アルメニィ学園長に連絡を取って共にカイオロス王国に入るメンバーを呼び寄せた。

 カイオロス王国から逃れてきたレストリルの様子から今回のバルディッシュ侯爵領への訪問は荒事になる可能性が高い。いや、ほぼ間違いなく荒事になると言えるだろう。

 そんな訳で、ミリアはクラスメイト達と共に最も気の合うエクリアもリーレも呼び寄せた。流石にクラスの違う2人を呼ぶ事にそれぞれの先生は不満げな顔をするが、ここはシグノア殿の命令という事で強引に押し通す。今回ばかりは遠慮無しだ。

 その後、ミリアは一同を率いてサージリア辺境伯領の領都サルベリンまでやってきた。ここで先に戻っていたシルカ達と合流する予定だったからだ。


 サルベリンの街の中央に位置するサージリア家の本館。以前はにべもなく門前払いを喰らったが、今回はシグノア王子の命令書もある。門前払いできるならやってみろ、と意気込んで来てみたのだが、現実は少し斜め上に行っていた。


「あ、いらっしゃいませ! お待ちしておりました」


 出迎えに来たのはシルカ付きの侍女メイドのセミアだった。


「あれ? セミアさんがお出迎え?

 他の使用人達は? 何か随分と静かだけど」


 あのいけ好かない侍女メイド長は? と言おうとしてミリアは何とか我慢した。セミアは苦笑しつつ、


「それが、先日魔道騎士団オリジンナイツの方々が来られまして、アリマー様と子供達含め、使用人共々みんな連れて行かれました。今この屋敷にいるのはシルヴィア様とシルカ様、それと私を含め使用人十数人だけです」

「あ、そうなんだ。やっぱりミクシティ伯爵の件かな」


 父親のミクシティ伯爵と組んで国の機密事項を他国に漏らす。それだけでも大罪だが、今回はさらに魔獣化薬のおまけ付きだ。取り調べも長くなりそうだとミリアは思った。


「あ、ミリア。たくさん連れてきたわね」


 そこへシルカが中央階段を下りてくる。その後ろにはカイト、ナルミヤ、ヴィルナのシルカ護衛部隊3人が付いて来ていた。


「アリマーさん達みんなまとめて連行されたそうね」

「まあ、仕方ないでしょ。隣国と密通してただけでも大問題なのに、あんな魔獣化させる薬まで出てきたんだから。多分、今アリマーさん達がどこまで関与してたのか調査中だと思うんだけどね」

「少なく見てもシルカの『魔蟲奏者』の情報が漏れてた時点で無実はないわね。下手すればまとめて首が飛ぶけど。例えじゃなく物理的に」


 国家反逆罪ともなると一族まとめて死刑もあり得る事だ。信頼を裏切ると言うのはそれほど重大な事なのだ。もしそうなる場合はミクシティ伯爵家は取り潰しと言う事になる。それはそれで面倒事も増えるので、そこはバルトジラン王の采配次第と言う形になるだろう。


「父のバランも連れて行かれたから、今領地の運営はお母さんがやってるわ。兄さんも手伝いで右往左往してて、ちょっと今は手が離せないと思う。

 だから、今回のカイオロス王国行きには同行できないみたい」

「そっか。シルヴィアさんの魔法には期待してたんだけど、まあ仕方ないか」


 その分、第3軍の応援を増やしてもらったんだし。そう考えてミリアは切り替える事にした。


「ところでレストリルさんは?」


 確か危機を伝えに来たバルディッシュ侯爵の三男坊も同行する事になっていたはず。その姿が見えない事にミリアは怪訝な顔をする。

 すると、シルカとカイトがあからさまに嫌そうな顔をし、後ろのナルミヤとヴィルナの2人がやたら面白げな顔をした。


「何かあったの?」

「それがねぇ、聞いてよミリア」


 口を開いたのはヴィルナだった。


「怪我はシルカの癒しの風ヒールウインドで綺麗に治ったんだけどね、あの人、そのシルカの姿に心底惚れ込んだらしくて」

「そうそう。いきなり求婚してきてビックリしました」

「はあ? また?」


 何とも最近シルカの周りにはそう言った浮ついた話題が多いなとミリアは頬を掻く。


「何か、お嬢様のシルカが自ら癒しの魔法で治療してくれるもんだから勘違いしちゃったっぽいね」

「冗談じゃないわよ。私が自ら治療したのは取り調べのせいで屋敷の治療師さんがみんないなくなったからよ。あの人の立場上治療院に放り込むわけにもいかないし、仕方なく私が治療しただけの話よ」


 シルカは心外だとばかりに肩を怒らせてプイッとそっぽを向く。


「あんまりしつこいからカイトが制止に割って入ったら今度はカイトに突っかかってね。挙句決闘する羽目になって……」

「あ〜」


 展開が読めてしまった。

 昔のカイトならばいざ知らず、デニスに徹底的に鍛え上げられている今のカイトに勝てる者はそうはいない。兄のライエルとも結構ギリギリの勝負をするくらいにまでなっているほどだ。その時のライエルの遊び道具を見つけた子供のような笑顔にカイトの表情が引きつっていたのを覚えている。

 そんなカイト相手に、見た目からしてレストリルに勝てる要素などどこにも見つからなかった。


「まあ、レストリルさんもそれなりに魔戦士としての鍛錬は積んでるみたいなんだけど、なにぶんカイトの魔力ってじゃない? なまじ魔力戦に慣れてたせいでカイトの魔光の一閃オーラスラッシュをまともに喰らっちゃってさ」


 カイトの持つ固有能力ユニークスキルはあらゆる魔力の護りを貫通する無属性。それに気づかず、カイトの攻撃を魔力の障壁で受けてしまったのだろう。


「訓練用の剣だったから大事にはならなかったけど、怪我を治した先からまた怪我をした事にシルカも怒っちゃって。結局応急処置だけして第3軍の先発隊と共にカイオロス王国に放り出したってわけ」

「なるほどね。シルカもお疲れさま」

「代われるもんなら代わりたいんだけど?」

「それは遠慮するわ」

 



    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 サージリア辺境伯領の領都サルベリンからカイオロス王国の国境まで馬車で飛ばして2日。そこからバルディッシュ侯爵領の領都バウンズまでさらに3日掛かる。

 すでにレストリルがバルディッシュ侯爵領を脱出してから1週間近く経っており、のんびり馬車旅をしている余裕など存在しない。

 そこで、シルカは切り札を1つ切る事にした。

 それは――



「うっひゃあ〜! 速い速い!」


 百足龍虫ドラゴンセンチピード同様にドラゴンの名を冠する魔蟲、龍蜻蛉ドラゴンフライ。竜の鱗のような強靭な甲殻を持つところからそう名付けられたらしい。

 その龍蜻蛉ドラゴンフライの背でミリアが歓声を上げる。

 まさにそれは風を切るような感覚だった。眼下に連なる山脈の山々が文字通り吹っ飛ぶように後方へと消え去って行く。真っ白い雲がミリアに触れると細かいカケラとなって後方へと置き去りにして行った。


 サージリア領都サルベリンを飛び立ったミリア達は、現在ヴァナディール王国とカイオロス王国の国境沿いに聳えるカルナン山脈上空を飛行中。空を飛ぶ魔蟲は数あれど、その背に乗って一緒に空を飛ぶなどこの広い世界エンティルスでも経験した者はほとんどいないと言っても過言ではない。噂や伝承によれば、竜の背に乗って空を舞う一族が何処かにあると言われるが、それもあくまで噂の域を出ていない。

 空を飛ぶ。

 翼を持たない種族にとってはまさに夢のような出来事に他ならないのだ。


「街道を避けて北の山脈を迂回するけど、おそらくだけど、この速度なら今日の夜にはバウンズに到着すると思うわ」


 先頭を飛ぶシルカの声が風に乗って聞こえてきた。そう遠くまでは届かないが、風に乗せて声を届けるのは風の魔法の初歩的な使い方である。


「今日中に着いちゃうんだ。流石に空を飛べると早いわね」

「軍に組み込んだら確実に各国の戦力バランスが崩れます。殿下が機密に指定した理由がよく分かりますね。あっ、揺らさないで! きゃああぁぁぁぁぁぁ!」


 青い顔をしたサラジアが龍蜻蛉ドラゴンフライの背中にしがみついて悲鳴を上げている。魔蟲に対してはすでに慣れたようだが、はるか上空を高速飛行する事にはまだ恐怖心を拭えないようだ。と言うよりも、ミリアのように楽しめる者の方が珍しいのだが。


「な、なあ、そろそろ……一度降りないか?」


 ミリアの後方を飛んでいるレイダーから、今にも死にそうな声が聞こえて来た。


「どうしたのよ。顔色が悪いわよ」

「そりゃお前、こんな高い所をこんな不安定なところに座って飛んでりゃ気持ち悪くもなるだろ」

「そうかな?」

「むしろ何でお前はそんなに元気なんだよ」

「え? だって、こんな得難い経験できるなんてすごい事だし。楽しまなくちゃ損ってものよ」


 ケラケラと笑うミリアに、例の親友2人とシルカ以外全員が付いていけないと思った。


「まあ、そろそろお昼だし、丁度下に開けたところがあるから小休止しましょうか。みんな、降りるよ!」

「ぎゃあぁぁぁ! 真っ直ぐ降りるなぁぁぁぁぁぁ!」


 レイダーの絶叫が大空にこだまする中、シルカの指示に従い龍蜻蛉ドラゴンフライ達は地上に向かって急降下した真っ直ぐ降りた



 そんなこんなで西の山あいに太陽が沈む頃、ミリア達は領都バウンズから徒歩30分辺りの小高い丘の上に降り立った。


「はぁ〜、大地って素晴らしいな」

「空はもう懲り懲りです」


 レイダーが大の字になって大地の有り難みを噛み締めている。その隣でナルミヤが風の精霊達の介抱を受けていた。

 何とか辿り着いたは良いが、どうにも全員時間の代わりに体力と精神力をゴッソリと消費してしまったらしい。


「みんな、すぐに行動するのは無理そうね。エクリアとリーレは……こっちもダメか」

「面目ありません」

「むしろ何でミリアは平気なのか知りたい気分だわ」


 2人揃って座り込んでいる。エクリアに至っては赤い髪に相まってなおらさ顔色の悪さが目立っていた。


「まともに動けるのは私とシルカだけみたいね。本格的に行動を開始するのは明日からにして、今日はここで野営する事にしよう」

「賛成。ううう、まだ足元が揺れてる気がする」


 カイトの言。こりゃ重症だなとミリアは眉をひそめた。


「それじゃあ、みんなはここでキャンプの準備をお願い。サラジアさん、すみませんが指示をお願いします」

「ええ、構いませんが、ミリアさんはどちらに?」

「私はシルカと一緒に街道沿い近くを見てきます。行商人とかがいれば何かバウンズの様子が分かるかもしれませんし」

「なるほど、そうですね。本来ならその役目は私達正規軍がやるべきなのですが」


 チラッと後ろに目を向ける。そこには第3軍の男どもが大の字になって倒れていた。

 特殊任務に定評のある魔道騎士団オリジンナイツ第3軍。その第3軍であってもこのザマである。空から攻撃する飛行部隊を作るにしても簡単にはいかないだろうとミリアは実感した。


「じゃあ、シルカ。行こうか」

「ええ。それではサラジアさん、みんなの事をお願いします」


 ミリアとシルカは軽く頭を下げると、揃って街道への坂を下って行った。

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