第37話 レストリルの嘆願
レストリル・グランツ・バルディッシュ。
カイオロス王国バルディッシュ侯爵家の三男。パーティーの時にもその姿があった。
赤鷲騎士団の騎士だが野心家っぽく見えた長男のレーヴァン。良くも悪くも父親似の次男バールザック。この2人に比べると地味で控え目なイメージだったとミリアは記憶している。
「急を要するか。ならばこの執務室で話を聞こう。通せ」
「はい」
控えていた側仕えの
そこにいたのはシルカの兄リュートと、彼の肩を借りないと立っていられないようなボロボロになったレストリルの姿だった。全身いたるところに巻いてある包帯に滲む真っ赤な鮮血が痛々しい。
レストリルは転がるようにしてバルトジランの元へと這いつくばった。
「バ、バルトジラン陛下! どうか、どうか私達を助けて下さい!」
突然の懇願に、バルトジラン王だけでなくミリア達も目を丸くした。
「このままでは、このままではカイオロス王国が滅んでしまいます! ど、どうか!」
「落ち着きたまえ。いきなりそんな事を言われても何も分からん。そなたのその傷。まずは先に治療の必要があるかと思うが」
「今は一分一秒を争う時なのです。どうか、先に私の話を聞いてください」
あまりに鬼気迫るその様子にバルトジランは深く頷いた。
「分かった。だが、そなたの命もまた重要なのだ。話は簡潔に頼む」
「はい。お心遣い、感謝します」
レストリルの話はこうだった。
シルカ達サージリア辺境伯の一行がヴァナディール王国に帰ってから5日後の事。突然、父であるレバンナが国に対し反乱を起こしたのだ。
レバンナは確かに野心溢れる人間だが、それでもこんな突発的に行動を起こす人ではなかった。
何かある。そう考えたレストリルが自ら地下に籠もりがちだったレバンナの様子を見に行ったと言う。
そして、そこで見てしまったのだ。
レバンナが雇った傭兵達を悍ましい魔獣に変えているところを。
レストリルは自らの目を疑った。
父は野心家ではあるが、それでも人間性を捨ててはいなかったはず。ならばアレは何なのか。アレは本当に父なのか。
混乱する思考で足元の注意が疎かになっていたのだろう。お約束のように立て掛けてあった箒を蹴ってしまったのだ。
ハッとするレストリルの目線の先にはこちらに目を向けるレバンナの血走った目があった。
「ミタナ……!」
それはとっさの判断だった。レストリルは跳ねるようにその場から飛び出した。
直後、何か液体のようなものが扉を打ち砕き廊下にまでぶちまけられていた。その液体に沈んだ扉は瞬く間にジュウゥゥと言う嫌な音と共に溶けて無くなっていた。
レストリルは慌てて地下から飛び出した。
アレは父などではない。父の姿をした別の何か。
見れば屋敷の至る所で屋敷に詰める衛兵と魔獣の戦いが始まっていた。戦況は圧倒的に不利。当然だ。屋敷の警備を主な任務とする彼らには魔獣との戦いなど経験は皆無に近い。それも、相手は戦闘経験豊富な傭兵をベースとした
結局、レストリルは僅かな護衛と共に命かながら街を脱出するしかなかったのだった。
話を聞いたバルトジラン王を含め、一同言葉も無かった。
人が魔獣化する。その事実はつい先ほど現実に証明されたばかり。レストリルの発言を妄言だと疑う者はこの場にはいなかった。
「その事はカイオロスの王都には?」
「その時、たまたま滞在していた赤鷲騎士団のカストロ隊長にお願いしました。カストロ隊長の方から私にはヴァナディール王国に助力をお願いしてきて欲しいと」
カイオロス王国の精鋭赤鷲騎士団第7軍に所属するカストロ・ベイルベル少尉。彼が領都バウンズにいた事がただの偶然ではない事をミリアは知っている。彼は決して無能な指揮官ではない。そんなカストロが助力を求めるとなると、それは軽く見て良い事態ではない。
だが、この状況では恐らくは。
「レストリル殿。状況は理解した。だが、我が国が援軍を出す事はできん」
「な、何故ですか!?」
「それは今回の一件がカイオロス王国の内乱だからだ。他国から侵略を受けたわけでもないし、カイオロス王からの正式な援軍要請があった訳でもない。
もしこの状況で我が国がカイオロス王国に軍を派遣したらどうなる。内乱に付け込んでカイオロス王国を侵略したようにも見えよう。そうなればそなたの立場とてかなり危うくなろう」
「で、では私は。私は何のために……何のために護衛兵の命を犠牲にしてここまで来たと言うのでしょうか。私はここで、あの魔獣達に祖国を蹂躙されるのをここから見ているしか無いと言うのですか……」
全てに絶望したように膝から崩れ落ちるレストリル。そんなレストリルにバルトジラン王は言葉を続けた。
「早まるでない。何も助けないと言っているわけではないのだ。ただ正規軍は出せないと言っているだけだ。我が軍にはこう言う時のために編成した軍がある。
シグノアよ、心得ておるな?」
「はい、父上。再び第3軍を傭兵扱いで派遣します。そうですね、今度は三個小隊くらいの規模を想定して派遣しましょう」
どうやらこの部隊に関しては国王も一枚噛んでいたらしい。
「三個小隊。兵員は約30人ほど。
少ないと思うかもしれんが、我が国ができる事はこの程度だ。これはカイオロス王国の内紛である以上、解決はカイオロス王国の者の手で行わねばならぬ。
それに兵数は少なくとも第3軍は精兵だ。10人で10倍の
はっはっは、と笑うバルトジラン王。
確かに、実際に第3軍の戦いぶりを直接見たミリア達にも彼らの精強さはよく分かっている。どんな魔獣が相手でも兵数の3、4倍程度ならば苦もなく蹴散らすに違いない。だが、今回は相手の戦力の規模が分からない。それが唯一の懸念点と言えるだろう。
そんな事を考えているミリアに想定外の言葉が掛けられる。
「ミリア君。先程言いかけたが、改めて。そなたとシルカ嬢に1つ頼みたい仕事があるのだが」
レストリルから報じられたカイオロス王国の内乱。そこに派遣される事になった
「あの、こう言っては何なのですが、私、一介の学生ですよ?」
「はっはっは。そなたの事はアルメニィ学園長やシグノアからよく聞いているぞ。中等部らしからぬ魔法の使い手だと言うではないか。それに、先程魔獣を倒した実力からして此度の仕事には適任であると余は判断した」
「はあ……」
「うむ、そうだな。仕事を頼む以上は報酬は必要だな。例の物を持て」
バルトジラン王が手を叩くと、近衛らしい騎士が1人、布に包まれた細長い何かを持ってやってきた。
一体何なのかと眉をひそめるミリアの前で、バルトジランはシュルシュルとその布を剥がしていく。布から出てきたのは綺麗な装飾と4つの魔石が施された1本の杖だった。
「そなたは杖を探しておるのだろう? 広場で『私の杖がぁぁぁぁ』と叫んでいたのを聞いていたのでな。余の杖ほどではないがかなりの上等な部類に入る。これを前報酬として渡そうと思うのだが」
「やりましょう!」
「早っ!」
まさに即答。共に仕事を頼まれているシルカがやや引いていた。
「ち、ちょっと良いの? 国王陛下からの依頼なんだよ? そんな安請け合いして大丈夫なの?」
「何とかなるでしょ。流石に陛下も学生に無理難題吹っかけたりはしないだろうし。これまでもベルモールさんにとんでもない依頼を押しつけられてきたけど何とかなったしね」
「何て言って、本当は杖が目的なんでしょ」
「……そうとも言うわね」
ヴィルナの発言はまさに的を射た言葉だった。
バルトジラン王が用意した杖はあの魔獣に踏み潰された杖と比べても見劣りはしない。いや、見劣りしないどころかアレよりも上に見える。これを逃すと次は無いかもしれない。それほどの物だった。
そんな杖を引き合いに出されてはミリアに選択肢など存在しない。
「それで陛下。仕事の内容はどのようなものでしょうか」
「うむ、先程ミリア君が魔法で粉砕した魔獣はミクシティ伯爵だったと話したな? 此度のカイオロス王国の動乱でも人間の
故に、ミリア君達には第3軍と共にバルディッシュ侯爵領に赴き、魔獣化薬の証拠を集めてもらいたい」
「証拠ですか」
「本来ならば第5軍の諜報員達の仕事なのだが、流石に他国で大袈裟に動かすわけにもいかぬのでな。
それに第3軍にこのような
「確かに」
ふと改めて第3軍を思い返してみる。
厳つい男達の集まりである。戦闘能力は高いものの、隠密行動などできそうに見えない。それは団長のライエルも同様だ。裏方で働こうにも彼はむしろ率先して飛び出していくタイプだろう。
「シルカ嬢には傭兵団に扮した第3軍の雇い主となって貰いたい。表向きにはレストリル殿の護衛を務める形でな。ミリア君達は引き続きシルカ嬢の護衛と言う形で良いだろう」
「承知しました、陛下」
「レストリル殿。一先ず今日はその傷を癒して休息を取るが良い。明日までに第3軍には出発の準備をさせておこう」
「ありがとうございます。バルトジラン陛下」
こうして、ミリア達は再びカイオロス王国へと足を踏み入れる事になったのだった。
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