第36話 ヴァナディールの王


 やってしまったかもしれない。ミリアはそう後悔していた。

 いくらやっとの事で巡り合った愛しいヒトを目の前で踏み潰されたからとは言え、あそこまで逆上してしまうとは。何と恥ずかしい。

 チラッと横目で周囲を伺う。人々は遠巻きにミリアの方を伺っている。その視線に秘められた感情は畏怖や恐れに他ならない。何と言うか、魔獣とあまり変わらないように見られてさえいる気がした。


 ミリアは自分の首から下げているペンダントを確認する。

 今回、ベルゼドの事件の時を教訓としてベルモールはミリアの魔力にある縛りを設けていた。1つ目は魔力制御。2つ目は50%の魔力封印。そして3つ目はその根元に20%の魔力封印。即ち、魔力封印と魔力制御による三重の縛りだ。そのおかげで、今回のミリアの暴走で魔力制御と1つ目の50%の魔力封印が弾け飛んでしまったが、辛うじて解放率は80%でとどまっている。まあそれでも周囲に撒き散らされる魔力のオーラが凄まじい事に変わりはないのだが。


 一先ず、ミリアは気を落ち着け、魔力を少しずつ抑える事にする。すると、徐々にほとばしる魔力のオーラがミリアの中に収束していき、数分後にはわずかにミリアの体が輝くのみとなる。

 そこまでになってようやくシルカ達が近くに寄って来た。


「あの、ミリア。大丈夫?」

「あ〜、うん。まだ気を抜けないけど何とか大丈夫かな。ちょっとペンダントの魔力封印と魔力制御が吹っ飛んじゃったから入れ直さないと」

「……何て言うか、とんでもないわね」

「ミリアさんが魔力測定器を全部壊しちゃった理由が分かった気がします」


 流石にまだ怯えが見えるが、今は気にしない事にする。これに関してはエクリアとリーレ同様に慣れてもらうしかない。

 と、そこに――


「魔獣は君達が倒したのか?」


 やたら豪華な装飾の施された外套と、ミリアの買った杖よりもさらに豪華そうな杖を持った50過ぎくらいの魔道士が立っていた。


「派手な花火が上がったからもしやと思ったが。一足遅かったか、残念だ」


 その魔道士は心底残念そうな顔をしている。そんなに魔獣アレと戦いたかったのだろうか。怪訝な顔のミリアの方を向き、彼はふとペンダントに目を止めた。


「おや、そのペンダントの紋章陣が壊れているじゃないか。私が見てやろう」

「え? あ、いや、見ず知らずの人にお世話になるわけには」

「良いから良いから。遠慮は要らんぞ。はっはっは!」


 豪快に笑いながらペンダントを手に取って凝視する。その表情は先程までの飄々としたものではなく真剣そのもの。

 ペンダントの紋章陣をジッと見つめたまま、その魔道士は問いかけた。


「……魔力封印と魔力制御だな。これはどなたが?」

「私の師匠です。ベルモールって言う――」

「ほう、灼眼の雷帝クリムゾンアイズ殿のか。流石に素晴らしい出来栄えだ。さて、ここをこうしてこうすれば」


 魔道士の男性が壊れた紋章陣に手早く線を付け足し修復する。するとあっという間にミリアの体から溢れる魔力のオーラが消失した。


「うむ、これで良いな。念のため後ほど灼眼の雷帝クリムゾンアイズ殿に見てもらうと良い」

「あ、ありがとうございます」


 あまりにも鮮やかな手並みにミリアは驚いていた。3つも重なった壊れた紋章陣から何の紋章陣かを読み取る解析力と言い、それをあっと言う間に修復する技術力といい、只者じゃない。

 と、そこへ――


「ああ、やっと追いついた」


 聞き覚えのある声にミリアは振り返る。

 そこには大勢の兵士と共に生徒会長にして王太子のシグノアの姿があった。


「シグノア先輩! いや、今はシグノア殿下かな」

「先輩で構わないよ。もしかしてさっきのとんでもない爆裂魔法はミリアさんかい?」

「まあ、そうです」


 はぁ〜、と驚いたような呆れたような声を出すシグノア。


「上空に打ち上げて正解だった。あんなの地上で炸裂させたらこの広場どころか王城にまで被害を受けるところだよ」

「あ、あははは」


 ミリアは笑って誤魔化すしかなかった。


「シグノアよ。その娘達は知り合いか?」


 その時、ミリアの近くにいた初老の魔道士がシグノアに声を掛ける。王太子に対して随分気安く声を掛ける人だなと思っていると、そのシグノア自身から思いがけない言葉が飛び出してきた。


「彼女達は前に話したアザークラスの生徒達です。覚えてますか、父上」


 ………

 ……

 …

 父上?


 ちょっと待てとミリアは自らの思考を整理する。

 シグノアはこのヴァナディール王国の王太子。その彼が父上と呼ぶこの人は。つまり――


「こ、国王陛下!?」


 思わず上げたその声に、初老の魔道士はまるでいたずらが成功した子供のようなしてやったりの得意げな笑みを浮かべる。


「ふふ、如何にも。私が……」


 ゴホンと咳払いを1つ。


「余がこのヴァナディールを治める王。

 バルトジラン・フォン・ヴァナディールである」






    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






 その後、話を聞きたいとの事でミリア達は王城に招かれていた。

 ほとんど立ち入る機会などあろうはずがない場所に、流石のミリアも緊張気味。それは他の3人も同じだった。


「シルカは貴族の令嬢なのに緊張してるの?」

「そりゃそうでしょ。そもそも普段からサージリア家とは距離を置いていたのに、王城に訪れる機会なんかある訳がないわよ」

「そう言えば、シルカさんが貴族だって知ったのはほんの一月ほど前でしたね」

「それまではお爺ちゃんのアルラーク商会に身を寄せてたからね。名前だってシルカ・アルラークって名乗ってたし」


 そんな話で気を紛らわせつつ、国王バルトジランとシグノアの後について広い廊下を歩いていく。

 2階の廊下に差し掛かったところで何やら職人風の人やら侍女メイドさんやらが忙しげに出入りしている部屋があった。

 ふと覗くとそこは大会議場らしく、円卓状の大きなテーブルが中央に鎮座し、その一番奥には国王の座する豪華な玉座が設置されていた。

 が、そんなものよりミリア達の目を引いたのは、壁に空いた巨大な大穴である。見たところ、内側から何か大きな力でぶち抜いたように見受けられた。


(そう言えば、広場で買い物中に城の方から何かが砕けるような音がしてあの魔獣が降ってきたな。もしかしてここから?)


「そこの穴は察しの通りだよ。さっきの魔獣を父上が風の魔法で外まで吹っ飛ばしたんだ」

「はっはっは! いやぁ、戦闘は久しぶりだったからな。つい力が入ってしまった」

「『過重の紋章陣』に暴風サイクロンクラスの魔法30発は流石にやり過ぎです。父上はもう少し加減を覚えてください」


 すまんすまんとは言うが、あまり反省しているようには見えない。良くも悪くも自分の父親デニスに似てると感じたミリアだった。







「さて、まずは改めて自己紹介しよう。ここヴァナディール王国を統治しているバルトジラン・フォン・ヴァナディールだ」

「ミリア・フォレスティ。ヴァナディール魔法学園に通う学生です」

「同じく、ヴィルナ・アライナーズです」

「ナルミヤ・マリージアです。お目にかかれて光栄です、国王陛下」

「シルカ・アルラーク・サージリアです」


 シルカの名を聞いたバルトジランは、「ほう、君が」と目を細めた。


「君達の話は息子シグノアから聞いている。皆、類稀な資質を持った者達らしいな。

 それとシルカ君。どうもカイオロス王国のバルディッシュ侯爵家と結婚話が進んでいたと聞いたが」

「はい」

「君の真意を聞きたい。君はこの結婚話に賛成か? それとも反対か?」

「国王陛下。私には私の意思があります。その意に背くような結婚話は到底受け入れられません」

「なるほど。しかし、我ら王族も含め、貴族家に生まれた娘は時として家のために見知らぬ家に嫁がねばならない事もある。それが貴族に生まれた娘の宿命とも言える事だ。

 君は自らの家が不利益を被ると知ってもなお自分の意を通すと考えるのかな?」


 バルトジランの言う話は所謂政略結婚の事だろう。家と家の繋がりは家族としての繋がりが最も強い。そのために娘に嫁がせてその家との繋がりを作る。それが政略結婚の意図だ。

 全く、自分の好きな人とも結婚できないとは、本当に貴族は面倒くさい。ミリアは心底そう思った。


「陛下。私はこれまでサージリア家を離れ、祖父のアルラーク商会に身を寄せていました。今はヴァナディール魔法学園の学生です。サージリア家を離れたのは第1夫人のアリマーさんとその子供、デクターとミルラの嫌がらせにうんざりしたからです。

 そして私がサージリア家を離れてからもうすぐ10年です。その間一度も連絡すら寄越さなかったくせに、こう言う時だけ娘として利用しようとするのは道理に合わないのではないでしょうか。

 正直、私も兄リュートも、母のシルヴィアであっても今後サージリア家を出る事になっても構わないとまで考えています。今後サージリア家の好きに扱われないように。私もそのために魔道士になったんですから」


 シルカの独白を目を閉じて聞いていたバルトジランは、「そうか。そこまでの決心が」と呟いた。


「父上?」

「先程の魔獣なのだが、アレは元人間だ」

「父上、その話は」

「シグノアよ。彼女達は最早当事者のようなものだ。全てを知っておく必要があると思うが、違うか?」

「いえ、確かにその通りです」

「皆にも言っておくが、この話は他言無用に頼む」

「分かりました」


 ミリア含め4人が全員頷くのを見てバルトジランは話を続ける。


「あの魔獣は元々は人間だったのだ。ミクシティ伯爵家当主グロウテイン卿。シルカ君は知っているのではないか?」

「グロウテイン卿。確か、アリマーさんの父親の名前だったかと」

「その通りだ。そして、この度の調査で隣国カイオロスのバルディッシュ侯爵と内通し、『魔蟲奏者』の情報を流したのがあの者だという事が明らかになったのだ。どうやら娘のアリマーからその話を聞いたようだな」

「あの人が……」

「それを問い詰めたところ、彼奴は何かの薬のような物を飲み干して、直後魔獣と化した。ミリア君は知っているのではないかな?」

「忘れもしません」


 人を魔獣化させる薬。それは忘れもしない。決闘の場で相手のブライトンが突如魔獣と化した事。そしてシルカが月光蝶ムーンライトバタフライ合成魔獣キメラと化した事を。


「あの薬には組織ダルタークが絡んでいました。まさか、バルディッシュ侯爵家も?」

「余はその可能性が高いと見ておる。

 ふむ、よし決めたぞ。ヴァナディール王国国王の名を持って、この度の結婚話は破談とする。

 それとミリア君達には余から依頼がある」

「依頼、ですか」

「うむ、その内容は――」


 そう言いかけたその時だった。


「陛下、シグノア殿下護衛を務めるルグリアです」


 扉がノックされ、外からルグリアの声が聞こえてきた。


「どうかしたか?」

「至急、陛下にお目通りを願いたいとお客様が」

「至急?」

「ルグリア。そのお客ってどなただ?」


 シグノアの質問。その返答に思いがけない人物の名前が飛び出してきた。



「カイオロス王国バルディッシュ侯爵家の三男、レストリル氏です」




 今、事態が大きく動こうとしていた。



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