第35話 ミリアの杖探し


「またのお越しをお待ちしております」


 お待ちしております、と言われてもなぁ。ミリアは憮然としたままため息をつく。

 杖を買うために王都の街に繰り出してすでに3件目。未だにミリアの杖は買えていない。

 その理由は想定外の事態によるものだった。


 それは最初に立ち寄った魔道士の店『ゴーク』から始まった。魔道士の外套を身に付けた老若男女の魔道士達が大勢店内で品物を見て回っている。王都でも結構有名な店らしい。

 シルカ達3人が魔道士の服のところでお互いの服のセンスを競わせている間に、ミリアは杖の売り場にやって来ていた。ひとえに杖と言っても素材の種類や製作者のブランドなど千差万別。それに従って金額もピンキリだった。

 杖を買った事のないミリアが商品とにらめっこしていると、店員の男の人が話しかけて来た。


「杖をお探しでしょうか?」

「あ、はい。なにぶん初めてなので、何をどう選んだらいいのか」

「なるほど。ではまずこちらへ」


 店員に案内され、向かった先には水晶が設置された機械のようなものがあった。


(あれ、これって)


 若干形状は違うがミリアには分かった。この機械は、ヴァナディール魔法学園に編入する際に魔力の質と量を測った魔道機械の魔力測定器だ。


「あの、これは?」

「杖には素材によって待つ人の魔力に合ったり合わなかったりするのです。合わない杖を使えば術者本人の力を返って削ぐ結果になる場合もありますので、こうして魔力を測って適正な杖をお勧めしているのです」

「はあ、なるほど」


 言いたい事は分かった。分かったのだが、魔力測定器が出てきた場合、行き着く結末が見えてしまいミリアは苦笑いを浮かべる。

 そうとも知らない店員はミリアに測定を促した。


「ささ、こちらに手を乗せて、魔力を通してみて下さい」


 言われるままにミリアは水晶に手を乗せ、自らの魔力を通す。できる限り小さく小さくと心掛けて。

 やがて水晶から七色に輝く魔力のオーロラが溢れ出したと思った直後、水晶体からピシリと音が聞こえた。ミリアは慌てて手を離す。見れば水晶体に大きな亀裂が走っていた。


「あ……」

「え、えっと……故障ですかね。まあ修理に出すのでお気遣いなく。さてと、お客さんの魔力は……」


 結果が表示されている画面を目を向ける。そして店員はそのまま固まった。


――魔力値、2万。属性タイプ、全属性特化型。


 ちなみに、魔道法院の捜査官達の平均魔力が7000と言われている。


「も、申し訳ありません! 当店にはこれほどの大魔力と全属性特化なんてレア属性魔力の方が使いこなせる品物は置いてありません」

「え? 無いの? 何にも?」

「お客さんの魔力だと大抵の杖は魔力を通した途端に発動体が確実に砕けます。しかも、全属性だと制御には最低でも発動体となる魔石が4種類必要になります。そんな高額な品は当店には置いてありません」

「こ、高額って、いくらくらい?」

「オーダーメイドになりますので、最低でも300万ルーンはするかと」


 さ、300万!? ミリアは気が遠くなりかけた。

 300万ルーンと言えばベルモールの経営する薬局エミルモールの一月ひとつきの売り上げに匹敵する金額だ。賢者ソーサラーランクの魔道士であればまだやりようはあるが、まだ正魔道士セイジランクのミリアではどうやっても手が出ない金額だった。

 もしかしたら両親のデニスとセリアラに相談すればポンと全額出してくれるかもしれないが、魔道士としての必需品などに関してはできれば自分の力でなんとかしたかった。

 とにかく、商品が無い事にはどうしようもないのでミリアは次の店に向かう事にする。


「すいません、他を当たります」

「申し訳ありません。またのお越しをお待ちしております」



 こんなやりとりが後の2店舗でも続いたのだ。ミリアの心境もだんだんと諦めの方に傾いてきている。


(後でアルメニィ学園長かベルモールさんに聞いてみようかな)


 むしろそっちの方が早かったかも、とミリアは思った。


「ねえ、ミリア。最後に王城前の広場に行ってみない? 確か今日は露店市場が開かれていたはずよ。何か掘り出し物があるかもしれないわ」

「ん、そうね。行ってみようか」


 シルカの提案にミリアは頷いた。ただ、ミリアの必要とするのは最低でも300万ルーンの超高額品だ。あまり期待しない方が良いかもしれない。そんな後ろ向きなミリアだった。




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 王城前の広場では多くの露店が所狭しと並び、様々な商品を売ろうと売り子の人が道行く人に声を掛けていた。


「いろんな店があるね」


 ナルミヤが興味深げに店々を見て回っている。

 露店商とは店を構えるだけの予算が無かったり、はたまた元々いろんな街を移動しながら売る行商人だったり。中には冒険者が遺跡に潜った際に見つけ出してきた魔道具を売っている場合もある。基本的に冒険者と言うものは遺跡や秘境を見つけるために活動する人で、そのための資金を見つけてきたお宝で賄う場合が多い。そのお宝の中にかなりの掘り出し物が混ざっている場合もあるのだ。

 ミリア達の目当てはそう言う掘り出し物である。


「魔道具関連はそこそこあるわね。まあ、魔石動力の全自動耳掃除機とか、開発者の趣味全開の物が殆どだけど」


 露店商の商品を手に取りながら、率直な感想を述べるヴィルナ。それに関してはミリアも同感だ。自動目隠し機なんて一体何に使うんだろう。大体全体の8割近くがこういった使途不明の道具ばかりだった。


「杖なんてピンポイントで魔道士対象の品なんて売ってるかなぁ」

「まあ駄目元ですよ。こう言うのはね」


 渋っているミリアに励ましの声を掛けるナルミヤ。

 と、そんな中、露店商の中で見知った人の姿が目に入った。

 やや小太りの体に気の良さそうな温和な顔。現在サージリア辺境伯家の掛かりつけ商をしているナイデル商会の会長ポルカ・ナイデルだった。


「ポルカさん。どうしたんですか、こんな所で」

「おや、ミリアさん。それにシルカさん達も。サルベリン以来ですね」


 ポルカは気さくに話しかけてくる。この気楽さが彼の売りなのかもしれない。


「ポルカさん、お店はどうしたんですか? 露店を開いているなんて珍しいですよね」

「実はとある冒険者の方々から商品を納入したのですが、あまりにも癖があり過ぎて店頭に置けなかったんです。だからこうして露店でどうにかお金にならないかなと」


 見るとポルカの前には3つ商品が置かれていた。

 1つは鏡のように磨かれた腕輪。1つはなんと刀身のない柄だけの剣。そして最後の1つが魔石が4つ付いた杖だった。


「この腕輪は真鏡の腕輪と言って、魔法を跳ね返す結界を張る腕輪です。ただ、魔力を使ったものならば攻撃、回復、補助問わずなんでも跳ね返すためあまり役に立たなかったとか。

 この剣の方は……まあ使ってみれば分かります」


 どれ、とミリアはその剣の柄を握る。


「そのまま柄に魔力を流すようにしてください」

「こう?」


 ミリアが軽く柄に魔力を流したその瞬間、突然剣が発光し純白の輝く刀身が生み出された。


「ポルカさん、これって?」

「見たまんまの名前。魔力の剣です。魔力を物質化し刀身に変換させる。折れる事もなく切れ味も抜群の魔道剣です」

「それって凄いじゃない!」


 話を聞き驚きの声を上げるヴィルナ。ナルミヤとシルカも興味深げに魔力の刀身を眺めている。


「まあ、そこまでなら良かったんですけどね」

「そこまでなら?」


 シルカがおうむ返しにそう言った直後、ミリアは剣の刀身を消した。そして、「はぁ〜」と大きく一息ついた。


「ど、どうしたの?」

「この剣、魔力の消費が激し過ぎるわ」

「あ〜」


 3人も問題点を察したらしい。物凄く微妙な顔をしている。ポルカは続けた。


「ミリアさんのおっしゃる通りです。この剣、威力は申し分ないのですが、その消費魔力が尋常でなくて。魔道騎士団オリジンナイツの方でもこの剣だと10分戦えないくらいでした」


 魔力戦闘の専門家の魔道騎士団オリジンナイツでも10分持たないとは。不良品にもほどがある。


「ならこの杖も?」


 全く期待していない声色のミリアにポルカも苦笑い。


「これは魔道士が扱う杖です。ただ、鑑定した所、魔力適正値がとんでもなく高くて。最低でも1万を超えないとまともに扱えないようです。おまけに魔石が4つも付いているので、全属性の魔力保持者しかまともに使いこなせないような代物なんです。

 これもまた魔道騎士団オリジンナイツ第4軍の魔道兵団に勧めたのですが、まともに使える人がいなくて。団長のミランダさんなら使えるかと思ったのですが、愛用の杖があるからと断られました」


 これも魔道騎士団オリジンナイツにも使えないシロモノか!

 少なくともシルカ達はそう思った事だろう。だが、ミリアには違った。


「この杖買うわ!」

「ええっ!?」


 思わずポルカが声を上げた。まさか買うと言う言葉が出てくるとは思ってなかったのだろう。


「あの、本気ですか? 言っちゃ悪いのですが、この杖普通じゃありませんよ?」

「本気の本気。本気と書いてマジよ。

 丁度今杖を探しててね。魔道士の店を3軒回ったんだけど、私の魔力に合う杖が無かったのよね」

「そう言えば、ミリアさん。3軒とも魔力測定器壊してましたね。確か魔力値が2万とか」

「に、にまん?」

「そんな訳で、合う杖を探してたのよ。きっとこの杖は私に使われるためにここにあるんだわ!

 で、ポルカさん。これいくら?」

「そうですね。なら2万ルーンでいいですよ」


 2万ルーン。一般の杖でも3万ルーンくらいするのが相場なので、2万ルーンはかなり格安と言える。


「随分と安くしてくれたみたいだけど、それで良いの?」

「どうせ処分品ですし、ミリアさんやシルカさんにはこれからもご贔屓にしてもらいたいですし」

「私達、まだ正魔道士セイジですけど」

正魔道士セイジですよね。先行投資って奴です。将来に期待してますよ」


 それならとミリアは料金を支払おうと肩から下げていた鞄から財布を取り出した。シルカの護衛などで今はかなり懐が暖かい。2万ルーンなら即金で払えるくらいには。

 そして、財布の中を確認したその時――



 城の方から何かが砕けるような大きな音がした。


 何の音かと確認しようと振り向いたその先に、太陽を隠すように巨大な何かがミリアの方に飛んで来ているのが見えた。


「あ、危ない!」


 ミリアはポルカの服の襟を引っ掴むと力任せに投げ飛ばし、自分はその場から転がるように飛び退いた。

 その直後、その巨大な何かはさっきまでミリアが立っていた所に落下し地響きを立てた。


「な、何なのよ、一体?」


 同じように飛び退いていたヴィルナが非難の声を上げた。



 彼女らの目の前で、その何かはムクリと起き上がる。

 全身漆黒の毛皮に包まれ、頭部には天を衝く2本のツノ。さらに背中には2本の腕が生えている。そして全身からは漆黒の霧――瘴気が噴き出していた。


「ま、魔獣!?」

「何でこんな所に!」


 それを見て慌てて逃げ出す露店市場の人々。それを兵士が先導して何とかパニックになるのを防いでいる。


「ミリア、今の内に私達も……ミリア?」


 ポルカを連れて逃げようとするシルカ。そんなシルカに声を掛けられたが、ミリアの返事は無かった。ただ、呆然と前の地面を見つめている。


「わ……私の杖が」

「あ」


 シルカは気づいてしまった。ミリアが購入しようとした杖が、魔獣が落下した衝撃でポッキリと折れてしまっている事に。


「で、でも、魔石部分が無事なら……」


 そんな絶望の中何とか光を見つけようとするミリアの努力を踏みにじるように、魔獣は雄叫びを上げ大きく足を踏み出した。そして、その巨大な足が地面に並べられていた商品を踏み潰す。そう、ミリアの杖の魔石部分も一緒に。


「あ……あああああ」


 その時、ブチっと何かが切れる音を聞いたと後ほどのシルカは言った。


「私の杖があああああぁぁぁぁ!」


 さらにバチバチッと何かが弾ける音がミリアから聞こえた。と、その次の瞬間、とんでもない魔力がミリアから噴き出した。それはまさに吹き荒れる暴風のよう。その魔力の波動は瞬時にして魔獣の身体を取り巻いていた瘴気を吹き飛ばしてしまった。

 恐らく、魔獣にも何が起こったのか分からなかっただろう。気付けば目の前には白銀色の魔力のオーラを炎のように纒う夜叉ミリアが真っ赤な魔力を拳に宿して振りかざしていた。


「この馬鹿ああああぁぁぁぁぁ!

 豪炎の爆裂弾フレイムフレアぁぁぁぁ!」


 繰り出した拳は目にも留まらぬ速さで魔獣の胴体に突き刺さる。そしてそのまま遥か上空へと殴り飛ばした。

 ミリアの細腕の一体どこにそんな力があるのか。慣れているエクリアとリーレ以外ならばそう考えるだろう。

 呆然とする一同の中、街の上空、魔獣の姿が目視で確認できるギリギリの高さで豪炎の爆裂弾フレイムフレアが炸裂。巨大な深紅の花のような爆炎と大地までも震わす轟音。衝撃波が周囲に広がる雲までも残らず吹き飛ばしてしまった。


 もはやそこには魔獣の姿はなかった。


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