第34話 シグノア王子の追及


「……妻のアリマーの意見です」


 絞り出すようにバランはそう口にした。

 対してシグノアは「やはりか」と呟く。それを聞いたバランは顔を上げた。


「殿下、知ってらしたのですか?」

「簡単な論理ロジックだよ。そもそも、その手紙は一体誰に宛てた密書だったのか」


 シグノアはバランが握り潰した密書を丁寧に伸ばして封書に収める。そして騒つく会場の中、シグノアは歩を進め、やがて名前で足を止めた。


「これは貴方宛ての密書ですね。ミクシティ伯爵グロウテイン卿」


 ハッとしたようにバランはグロウテインの方を向く。一方のグロウテインは、


「さ、さあ。何の事だか」


 目線を逸らしてあくまでとぼけるが、やはり動揺が隠し切れていない。シグノアはさらに続ける。


「グロウテイン卿、貴方は随分と前からバルディッシュ侯爵と付き合いがあるようだね。結構貴方の屋敷に頻繁にが出入りしているようだが。一体何をやり取りしているのかな?」

「……」

「聞いたところによると、その行商人はサージリア領にも足しげく通っているようじゃないか。バラン卿は知っているかな?」

「いや、私はあまり行商は利用しないので」


 バランははっきりと否定した。

 そもそも、サージリア辺境伯家には現在ナイデル商会と言う掛かりつけの商人がいる。それに第2夫人シルヴィアの実家は豪商アルラーク商会だ。そもそもの話、他の行商人など屋敷に来る理由はほとんど無かったはずだとバランは記憶していた。


「その行商人は誰と会っていたのか。まあ、言うまでもないが」


 第1夫人のアリマーとその子供達。

 ここまで言えは自ずと答えは誰にでも想像がつく。


「でもね、僕からしてみれば貴方がどこの誰と付き合いがあろうがどうでもいいんだ。それが国益に反しなければね」

「ならば――」

「だけど、今回は見逃せない。貴方はそれだけの事をしたんだ。

 確認する。

 グロウテイン卿。貴方はシルカさんの秘密をバルディッシュ侯爵に売り渡したな?」

「ひ、秘密?」

「ああ、そうだ。貴方はシルカさんの秘密を娘のアリマーから聞いた。そしてその秘密がバルディッシュ侯爵が喉から手が出るほど欲しがるだろう事も予想がついた。だから婚姻という形でバルディッシュ侯爵にシルカさんを譲り渡そうとした。そうだろう!」

「ば、バカな、わ、私は知らん!」

「ではその密書はなんだ?

 なぜバルディッシュ侯爵はパーティーの失敗をサージリア家のせいだと言っている? 全てはシルカさんの秘密を知っていたからじゃないのか!?」

「し、知らんものは知らん!

 そもそも殿下! パーティーの失敗は虫の化け物が暴れたからではないですか! そんなものはたまたまです! 偶然です!

 それとも殿下は信じておられるのですか!?

 あんな『魔蟲奏者』なんて言う虫の魔獣を意のままに操るなんて事を! そんなものはただの噂です! そんな信憑性の無い噂を私が隣国のバルディッシュ侯爵に話したと言うのですか!」


 グロウテインは一息に大声でまくし立てた。あまりに熱く叫んだせいだろうか。沈黙する会場にぜえぜえと言う荒い息使いだけが響いていた。


「グロウテイン卿」


 そんな沈黙を破るように、静かにシグノアは呼びかけた。


「な、何ですか」

「なぜ貴方が知っているんですか。パーティー会場で魔蟲が暴れた事を」

「え?」

「僕は貴方にはこの封書の中身を見せていない。なのに、なぜ内容が分かったのですか?」

「そ、それは……そ、そうだ。アリマーに聞いたんだ」

「なるほど、まああり得なくはないでしょうね」

「そ、そうでしょう」


 あからさまにホッとしたように見えるが、これはあくまで牽制。シグノアの本題は次だった。


「では、これも答えてもらいましょうか。

 グロウテイン卿。貴方は今、魔蟲を意のままに操ると言った。シルカさんがその力を持っている事をなぜ知っている?」

「そ、それは、噂で」

「そこまでなら噂を聞いたって事で片付くだろうね。だが、貴方はその力を『魔蟲奏者』と呼んだ。何故能力の名前まで知っているんだ?」

「そ、それも噂が」

「噂になるはずがない。『魔蟲奏者』はシルカさんの持つ固有能力ユニークスキルの名前で、その危険性からアルメニィ学園長の指示で外に漏れないように厳重に管理されてるんだ。学園内で何度か使った事があるから、その見た目くらいは噂にはなるかもしれないが、名前まで知るには限られた人から直接聞くしかない。

 教えてくれ、グロウテイン卿。あの名前、一体誰に聞いたんだ?」

「そそそそれは」

「そして一番の問題は、この『魔蟲奏者』の内容から名前まで何故かバルディッシュ侯爵が知っていたんだよ。一体どこから漏れたんだろうな。ヴァナディール王国内ですらほとんど誰も知らないはずの『魔蟲奏者』の名前から能力の内容まで」

「うぐ……」

「それと、先程の魔蟲が暴れた話だが、その密書には何も書いていない。ほんの2週間前の隣国であった事件。その内容を知るにはアリマー夫人に聞くしかない。そうやって逐一情報を得ていたんだろうね」


 シンと静まり返った会議場はやがてザワザワとした喧騒に包まれ始めた。グロウテインがバルディッシュ侯爵に売り渡した情報はシグノアの話だと第1級機密情報に該当する。何故ならば、この情報は王族と一部の宰相など最上級役職の者しか知らなかった情報だからだ。それを外部に漏らすなど、最悪国家反逆罪が適応されかねない重罪だった。


「くそっ、もはやこれまでか!」


 グロウテインは椅子を蹴るように立ち上がる。そしてシグノアを押し退け逃走を図ろうとした。が、そんな見苦しい悪足掻きが通用する訳がない。それもこの国の中枢でだ。


「逃がさない!」


 シグノアの隣からまるで風のように躍り出たルグリアが槍を振るう。その速さはまさに閃光の如く。足を払われたグロウテインは周囲を巻き込んで転倒する。

 その時、会議場の入口の扉が開き、バタバタと兵士が入ってきた。近衛を担当する魔道騎士団オリジンナイツ第1軍の兵士達だった。


「グロウテイン卿、貴方を拘束する。

 今回の一件、どうやらアリマー夫人にも話を聞く必要がありそうだな。ベグニール将軍、そちらの手配も頼む」

「はっ」

「あくまで丁重にね」

「お任せを」


 団長のベグニールはシグノアに一礼すると、兵士の一部を連れて会議場を出て行った。後は兵士達に任せて大丈夫だろう。

 そんな一瞬の気の緩みが次のグロウテインの行動を見逃した。グロウテインは懐から何かの薬液を取り出すとそのまま一気に飲み干した。


「ぐ……ぐおあああぁぁぁぁ!」


 会議場にグロウテインの絶叫が響き渡る。

 一同全員が、グロウテインは服毒自殺を図ったと思っただろう。だが、現実はもっと深刻だった。

 その異変に真っ先に気付いたのはやはりシグノアだった。


「みんな、離れろ!」


 この声とほぼ同時だった。グロウテインの体からドス黒い魔力――瘴気が噴き出したのは。


「くっ、この力は」


 シグノアが呻くようにそう呟く。そう、この力は学園の闘技場。あのミリアと戦っていた魔獣と化したブライトン。それと全く同質の力だった。


 ズンッ、と地面が揺れる。ムクリとグロウテインが立ち上がる。その体はすでに人のものでは無くなっていた。全身を覆う漆黒の毛皮。側頭部から伸びる2本のツノ。まるで凶暴なクマを思わせるような外見に加え、背からはさらに1対2本の腕が生えていた。

 全身から噴き出す瘴気はブライトン以上。その力は上級魔獣にも匹敵するのではないか。それがシグノアの見立てだった。


「戦えない者は今すぐ会議場を出るんだ!

 兵士達は貴族のみんなの脱出を援護しろ!

 ルグリア、僕達はアレの相手だ!」

「はっ、殿下!」


 脱出する貴族達をかばうようにシグノアとルグリアが立ち塞がる。その隣にさらに2人の男性が並び立った。


「殿下、我々も助力しましょう」

「こういう時にでも少しは汚名を返上せねばなりませんからな」

「ローレンス卿、グレイド卿。ありがとう」


 そして、もう1人。


「シグノアよ。これが以前話にあった、人を魔獣に変える薬という物か?」

「左様です、父上」

「そうか。では、余も久し振りにこの杖を振るうとするか。ローレンスもグレイドも、それで良いな?」

「もちろんでございます」

「久し振りに陛下の戦いを間近で見られるとは。感無量です」

「そうか。ではまずは」


 そう言うと、国王バルトジランはコンと杖で床を叩いた。その瞬間、床に大きな紋章陣が展開。それが地面から空中に浮かび上がる。


「さて、城内を焼き尽くす訳にはいかんからな。まずはこれだ」


 バルトジランが杖を一振り。すると彼の周囲の大気が渦を巻き、たちまち風の砲弾を形成する。その数はなんと30。


「では行くぞ。暴風の砲弾サイクロンボール


 風属性の攻撃魔法、旋風ウインド豪風インパルスと続く上級魔法暴風サイクロン。バルトジランが放ったその魔法は全て目の前に展開した紋章陣に撃ち込まれる。そして――


「解き放て、過重の紋章よ」


 最後に紋章陣を一突き。その瞬間、紋章陣が渦を巻き、先程の魔法よりも遥かに巨大な風の砲弾と化した。

 これこそが『過重の紋章陣』。同じ魔法を束ねる事で威力を跳ね上げるバルトジランが考案した紋章術だ。


「グオオオオォォォォォ!」


 その巨大な風の砲弾の直撃を受けた魔獣グロウテインはたちまち錐揉み回転で吹き飛ばされ、壁をぶち抜きながら城外にまで飛び出していた。


「おっと、やり過ぎたな。シグノアよ、追うぞ。あの程度でくたばる魔獣ではあるまい」

「は、はい」

「はっはっは! 久々の戦いだ。腕がなるわい!」


 嬉々として我先に飛び出して行った国王を追う王太子。それを見送りやれやれと肩をすくめる侯爵2人。


「バルトジランも国王になって少しは落ち着いたかと思ったが、昔からあまり変わっていないな」

「どれ、街の人々に被害が出てはいかん。我々はそちらに回るか」


 お気楽な事を言いながら、ローレンスとグレイドも大穴の空いた会議室を後にした。


 国王バルトジランと火と水のロード、グレイドとローレンス。この3人が親友だった事は今ではあまり知られていない。


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