第33話 貴族会議


 王都ヴァナディ。

 傭兵団の襲撃があったその翌日、ミリア達は無事にこの街に辿り着いた。シルヴィアを乗せた馬車はそのまま王都の貴族街にあるサージリア邸へと入って行く。

 元々、王都に来た目的は貴族達を王城に集めて会議をするためで、手続きを含め2日ほど掛かる。その期間には何とか間に合った感じだ。

 ミリアはシルカ、ヴィルナ、ナルミヤの女性陣で街に出る事にした。ちなみに彼女達の通うヴァナディール魔法学園はこの王都の南側にある学園都市にあり、王都からもそう遠くはない。なので、普段から遊びに来ようと思えば来れる位置にある。

 ただ、ミリア自身が目的もなくぶらつくのがあまり好きではないため、何かしら目的が無い限りは来る機会がなかったりする。


「ところでミリア。何か見たいものがあるんだって?」

「うん。ちょっと魔道士の店にね。王都になら結構たくさんのお店があると思うし」

「魔道士の店ね。ミリアももう少しオシャレに気を使えば良いのに。外見は美人なのに勿体無いよ?」


 シルカがそんな事を言うのだが、ミリアにとっては自分の容姿などあまり興味も無い。容姿など魔道士にとっては何の武器にもならないと考えているからだ。


「やれやれ、ミリアには浮いた話は縁遠そうね」


 ヴィルナは肩をすくめる。

 実際、そう言うヴィルナも五十歩百歩である。アザークラスのメンバーは総じて変わり者が多いため、あまり近づいてくる人がいないのだ。


「で、何を見に行くの?」

「ちょっと杖をね」

「杖?」


 シルカ、ヴィルナ、ナルミヤが3人揃って首を傾げる。


「ミリアさん、杖って必要です?」


 ナルミヤが3人を代表してそう尋ねた。

 元々、魔道士の持つ杖と言うものは魔力の増幅を扱うのがほとんどで、物によっての良し悪しはあるものの大体はブースト目的で使われる。

 3人の認識もまさにそれで、ただでさえ強大な魔力を持つミリアには最も不要そうに見えた。

 だが、ミリアの認識は3人とは違う面に着目していた。


「杖って、魔力を操る補助アイテムでもあるでしょ?

 どうも私って魔力制御や魔力封印でどれだけ魔力を絞っても限界があるみたいでね」


 ああ、と3人にも理解できたようだ。


「ミリアさん、癒しの魔法ですらアレでしたからね」

「アレには驚いたわ。癒しの魔法であんな事が起こるなんて」

「悪魔の呪いだっけ? あはははは、シルヴィアさんも上手い事言ったわね〜」

「……」


 とりあえず、不謹慎なヴィルナはミリアの無言のデコピン一発で沈黙させた。


「今のはヴィルナが悪いわね」

「私もそう思います」



 なお、アレと言うのはミリアの癒しの魔法によって出現した肉塊の事である。

 ミリア達を襲った傭兵団の生き残りは全員捕縛され王都に連行された。その内、ミリアの癒しの水ヒールウォーターによって肉塊が発生した者達は直ちに魔道法院管理下の治療院に送られ、治療を施されたと言う。

 そこで分かった事。

 ミリアの癒しの魔法によって発症した治癒能力の暴走は思っていた以上に厄介な代物だったらしいと言う事。

 治療院に送られた傭兵の男はすぐに手術を行い肉塊は残らず切り取られた。傷口も縫合したので、後は本人の自然治癒力によって傷口が塞がるのを待つのみ。そう治療院の担当医達も思っていた。

 ところが、手術を終えた1時間後。そう、僅か1時間後の事。突然傭兵の男が呻き声を上げたと思った途端、縫合された傷口を無理やり引き剥がすようにして再び肉塊が湧き出てきたと言う。再び肉塊を切り取ったが、そのさらに1時間後には元の木阿弥。

 つまり、この症状はミリアの施した癒しの魔法の魔力が尽きるまで同じ事を繰り返す。そう言うシロモノだった。


 それを聞いたミリアは流石にこのままにはしていられず、シルヴィアにも相談した結果杖で魔力を調整すれば良いのではないかと言われてこうして魔道士の店を回っているのである。




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 一方、場所は変わってヴァナディール王城の2階にある大会議場。そこに王国を運営する政府の重鎮達と、王国各地の領地を治める貴族達が揃っていた。

 階級では侯爵から辺境伯、伯爵まで。その中にはエクリアの父グレイド・フレイヤードとリーレの父ローレンス・アクアリウスの姿もあった。


「やあ、グレイド殿。1年前は大変でしたな」

「ローレンス殿。いやはや、我が身の未熟さを恥じるばかりです。貴方の娘さんにも本当に世話になった」

「ははは。リーレンティアには魔道士としての経験を積ませるためにエクステリアに行く事を許可したのですが、まさかドラゴンと戦うとは。流石の私も肝を冷やしました。いやはや、現実は物語よりも奇なりとはよく言ったものですな」

「私も、竜の鱗を発見して必要以上に浮かれていたようだ。二度とこのような事が無いように気を引き締める次第です」


 グレイドとローレンスはお互いに頷きあった。


「ところで、本日の議題は何なのかローレンス殿は聞いていますか?」

「いや、私も特に何も」

「シグノア殿下の名で集めたのですし、結構重要な事なのでしょう」

「そうですね。お、噂をすれば。シグノア殿下が参られたようだ」


 2人の視線の先に、王族の正装に身を包んだシグノアが護衛のルグリアを伴って会場に現れた。そして、その後ろから齢50を超えた男が1人。その身には王族の正装、さらに上から金色の鮮やかな縁取りが縫い込まれた豪華な魔道士の外套を纏い、頭上には竜王を模った装飾の冠。その右手には彼の背丈ほどもある数々の宝石をあしらった杖が握られていた。

 彼の名はバルトジラン・フォン・ヴァナディール。ヴァナディール王国の現統治者。即ち、現在のヴァナディール国王である。

 国王の登場に会場で談笑中だった貴族達は王に正対し臣下の礼を取る。

 バルトジランは会議場正面の王座に腰を下ろすと、全体を見回し、杖で床をコンと突いた。


「皆、突然の招集にご苦労だったな。本会議の議題は我が息子のシグノアが用意したものだ。余は口出しせぬゆえ、ここでそなた達の議論の様子を見させてもらおう。

 では、シグノアよ。後は頼む」

「はい、父上」


 シグノアは一礼し、壇上に登った。それと同時に各貴族達は座席に着いた。


「さて、本日の議題について話す前に、サージリア辺境伯。1つ確認したい。貴方の家の娘、シルカさんが隣国カイオロスのバルディッシュ侯爵家に嫁入りすると噂で聞いたのだが、真実まことか?」


 突然話題を振られてサージリア辺境伯家の当主バランはややしどろもどろになって「は、はい」とだけ答えた。他の貴族達からの視線が集中する。


「それはおめでたいね。ところで、どうして事前に私達に知らせてくれなかったんだい? 知らせてくれれば祝いの品や相応の祝福ができたものを」

「そ、それは、私達としても突然だったもので。カイオロスのバルディッシュ侯爵からシルカを嫁に欲しい。出来るだけ早めに侯爵領に来てもらいたいと」

「それで、私達への報告は事後で良いと考えた訳か?」

「は、はは」


 シグノアは「ふむ」と隣にいるルグリアから報告書を受け取る。


「先月の第3の精霊の休日にバルディッシュ侯爵領の領都バウンズでお見合いパーティが行われたそうだね。報告によればそのパーティは怪しい占星術士などの乱入で滅茶苦茶になって終わったと聞いている。

 バラン殿、この一件後の婚約話は一体どうなっている?」

「そ、それが、あの一件からバルディッシュ侯爵からは何の音沙汰もなく。我々もどうしたら良いのか……」


 戸惑うようにバランはそう話す。


「何の音沙汰もない……か。

 ところでバラン卿。貴方はバルディッシュ侯爵領で2回、シルカさんが襲撃を受けていた事を知っているか?」

「なっ、えっ、し、襲撃!?」

「その様子だと知らないようだね。そのお見合いパーティーの日の夜と、ヴァナディール王国への帰路で立ち寄った宿場町でだ。

 1回目はかなりの腕利きの暗殺者が5人。2回目が凶暴な人工合成魔獣バイオキメラの群れ。どちらもどうやら目的はシルカさんの身柄だったようだよ」

「な、なぜ娘を?」


 どうやら本当に分かっていないらしい。シグノアは肩を竦め、


「自分の娘の事なのに何も知らないんだね。

 この場では詳しくは話せないが、相応の理由があると考えてくれていい。

 その襲撃はシルカさんの学園のクラスメイト達と母親のシルヴィアさん、僕が密かに動かしておいた魔道騎士団オリジンナイツ第3軍のおかげで事なきを得たわけだが、ここで1つ興味深い事実がある。そのシルカさんを狙った襲撃は全てその『お見合いパーティー』が失敗に終わってから起こっているんだ。それに関してはバラン卿、貴方はどう思う?」

「え? どう、と言われましても」

「襲撃の黒幕について、何かしら思い当たるフシがあるんじゃないかな?」


 会議場がザワザワとざわつき出す。どうやらシグノアの言わんとしている事に行き着いた貴族達が出てきたようだ。


「ま、まさか、襲撃の裏にバルディッシュ侯爵がいると?」


 震える声でバランが何とか声を絞り出す。信じたくない。そんな気持ちが声から感じられた。

 だが、シグノアは容赦しない。

 シグノアはバランの元までやって来ると、書類束の中から一通の封書を取り出した。


「バラン卿、これは第5軍の諜報員が入手した密書だ。ここに何が書かれているか、自分の目で確認してみてくれ」


 バランは受け取って封書から便箋を取り出し無言のまま目を通す。その表情は最初は無表情。やがて驚愕に彩られ、そしてついには怒りが顔に溢れ出してきた。


「な、何なのだ、これは!」

「バルディッシュ侯爵から貴族宛に送られた密書だよ。諜報員達が入手して複製しておいたんだ。

 見ての通り、そこにはあのパーティーが失敗したのは全面的にサージリア家が悪いと書いてある」

「ふ、ふざけるな! アレに関しては我々も被害者なのだ! それを一方的にこちらが悪いなどと!

 し、しかも落とし前にシルカを寄越せだと! 婚姻ならば良しとしたが、このような不埒な考えを持っていたとは!」


 バランは怒りのままにまくし立てる。だが、そんな彼をシグノアは見ていなかった。彼が見ていたのはその時の周囲の様子。他の貴族達の反応だ。

 案の定、その手紙の内容を見て肩を震わせた者がいた。それはバランの第1夫人、アリマーの父ミクシティ伯爵家当主グロウテインに他ならない。


「実は、昨日またシルカさん達がここに来る道中に傭兵の集団に襲われたと報告があった。まあ、その情報も事前に分かっていたので簡単に制圧されたけどね。

 ところでバラン卿。シルカさんとシルヴィア夫人を王都に呼んだのはどうしてだい? 今回の会合には夫人達には用はないはずだろう?」

「そ、それは……シルカも一度王都で夫人達のお茶会に参加したほうがいいと……」

「貴方の意見か?」



「……妻のアリマーの意見です」



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