第22話 罠



「今だっ!」


 リアナの合図と共にミリアとリーレも魔力を練り上げる。そんなミリアが黄金色の矢を生み出す前にリアナとリーレは魔法の構成を完成させていた。魔法の組み上げ速度も魔道士の力量の一つ。その点ではまだミリアよりもリーレの方が上だった。

 そしてリアナ。彼女の使った電撃の魔法はミリアとリーレが使う放電スパーク系の魔法のさらにワンランク上、紫電プラズマ系の魔法だった。扱う魔法のランクも発動速度も全て上。賢者ソーサラーのリアナと未だ見習いマージのミリア達とではまだそれだけの差があるという事だった。


 投げ放たれた電撃の矢がベルゼドの背中目掛けて殺到する。

 が、その直前で周囲にいた魔道士2人が割って入り、障壁を張って電撃の矢を受け止めてしまった。二重の障壁とは言え、ここまで完璧に魔法を遮断するとは。この護衛の魔道士達も只者ではない。


 丁度その時だった。ミリアの魔法が完成したのは。


「リアナさん、避けてください!」


 その声に反応し、振り返るリアナの目の前でミリアが自身の身長の倍ほどもある巨大な電撃の矢を振りかざしていた。使った魔法は間違いなくリーレと同じ放電スパーク系の魔法。だが、ミリアの持つ莫大な魔力で扱うとこの規模になる。

 慌てて転がるようにその場を離れるリアナとリーレの2人。。それと同時に、ミリアの渾身の力を込めた電撃の矢が投げ放たれた。


 もうそれは矢と言うには規模が違う。むしろそれは槍だ。

 輝く槍は大気をバチバチと弾きながら一直線に飛翔。護衛魔道士2人の障壁をまるでガラスでも割るかのようにあっさりと貫き通した。


 だが、それがベルゼドの背に突き刺さるその瞬間、振り向きざまにその左手を一振り。それだけで電撃の槍が霧散してしまった。


「そんな、あの威力の魔法ですらも左手一振りで……」


 さすがに愕然とするリアナ。

 ベルゼドは打ち払った左手に目を向け、薄く笑う。


「なるほど。大した威力だが、余の障壁を打ち破るにはまだまだ力不足だったようだな」


 不敵な笑みを浮かべたまま、ベルゼドは3人を見回す。

 それはベルゼドの持つ存在感なのか、体がうまく動かせないような感じを受けた。そう、まるで全身に重りを付けたかのように。

 気持ちで負けてはダメだとミリアは気力を奮い起こす。


「エクリアを返せ!」

「それはできぬ相談だ。余の肉体の再生には多くの魔力が必要なのでな。この娘は火のロードの子だけあって保有魔力は申し分ない。余の復活に役に立ってくれる事だろう」

「そんな事、絶対にさせるもんか!」

「抗うか。いいだろう、やってみるがいい。この――」


 ベルゼドは手をかざし高々と告げた。


「余の束縛から逃れる事ができればの話だがな!」


 その瞬間、突然3人の足元から漆黒の靄のようなものが吹き出してきた。そしてそれは3人の体に絡みつき、まるで拘束具のようにその動きを封じてしまう。


「し、しまった!」


 ミリアは何とか振りほどこうとするが、まるで動かない。人間離れしたミリアの力ですらどうにもできないのだ。リーレやリアナには言わずと知れた事。


「全然動けないです~」

「リアナさん、何とかなりませんか?」

「この束縛を生み出した魔力を上回る力を解き放てば何とか……」


 上回るとは言っても、この束縛はあのベルゼドが生み出したもの。邪竜の魔力を上回る事などできるのか?


「このっ」


 限界まで魔力を解放するミリア。彼女を取り巻く闇の拘束具がミシミシと軋み声を上げる。だがそれだけだった。拘束を打ち破るにはまだ足りない。

 落胆したような顔色を一瞬見せるベルゼド。


「その程度か。よもやと思ったが、どうやら期待外れだったようだ」


 言いつつ、ベルゼドはエクリアの頭に左手を乗せた。


「ならばやはり当初の目的通りにこの娘から魔力を頂き、そして足りない分を貴様らの魔力で補うとしようか」


 何とか逃れようとエクリアも身をよじるが、ベルゼドの手にまるで吸い付いたように頭が外れてくれない。

 ベルゼドが何かを小声で口ずさむ。ベルゼドの左手が輝きを帯び始め、それに反応するようにエクリア自身の身体も光り始める。紛れもなくそれは魔力の輝き。それが左手を通してベルゼドの中に流れ込んでいくのが目に見えて分かる。


 その瞬間、脳裏によぎる一つの光景。


 幾人もの廃人と化した魔道士達と、それに混じって同じように倒れ動かないエクリアやリーレの姿。それと重なるようにある光景がフラッシュバックする。




 それは荒野に散らばる血に塗れた子供達の姿。ミリアの友達だった子供達の姿。

 かつて守る事のできなかったミリアの友達の姿だ。



 ――また、友達を守る事ができないのか。

 ――嫌だ! 私はもう、友達を失いたくない!





「うわあああああぁぁぁぁぁっ!」


 ミリアの口から発せられる奇声。耳を劈くようなその声は空気を貫き大地までも振動させる。


 そしてリーレは見た。

 ミリアの首から下げられたネックレス。そう、ベルモールが言っていたミリアの魔力を封じていると言うあのネックレスの宝石が、ミリアから発せられた魔力の衝撃で粉々に砕け散る様を。


 直後、猛烈な波動と共に凄まじい魔力の迸りがミリアから発せられた。生み出された衝撃波に近くにいたリーレやリアナは体を拘束する漆黒の靄ごと簡単に吹き飛ばされた。


「み、ミリアちゃん?」


 顔を上げて前を見れば、そこには先ほどまでのミリアの姿はなかった。そこにいたのは眩いばかりの白銀のオーラを炎のように全身から吹き出す1匹の魔獣とも呼べるもの。荒れ狂う魔力はまるで暴風のように周囲に撒き散らされている。それはもはや見習いマージなんてレベルのものじゃない。いや、賢者ソーサラークラスの魔道士ですらこれほどの力を持つ者はいないだろう。


 でも――


 リーレは思い出す。ベルモールはミリアを指して造りが不完全なダムだと言っていた。排出口が不安定なダムの水を放出すれば、決壊して大量の水が溢れ出す。

 今のミリアはまさにそれだ。制御不能となった魔力がミリア自身から吹き出すように溢れ出ている。ミリア自身の魔力がどれだけあるかは分からないが、決して無限じゃない。吹き出す量がここまで常識外れだといつ枯渇するか分からない。魔力が枯渇した魔道士の行き着く先は廃人のみ。何とかして止めなければ。リーレは吹き荒れる魔力の余波をその身に受けながら、何とかミリアの元へ向かおうとする。


 一方のミリアと言えば、自分の身体の内より吹き出る魔力を感じながら、眼前の敵を見据える。

 自分の持つ魔力をこれまで何とか制御しようと頑張ってきた。だがさすがに今のこの溢れ出る魔力を制御するなど到底無理だとミリア自身も感じていた。

 でも、それでもいい。今は制御する必要なんかない。相手は邪竜ベルゼド。力の赴くままに、流れるままに全魔力を持って叩きつけてやればいい。

 ミリアは両手を頭上に広げる。その中心に猛烈な勢いで吹き出す魔力が寄り集まり巨大な球体へと変貌する。それは純粋な魔力の塊。魔法でもなんでもない、物理的な力となった魔力の結晶体。ミリアの持つ膨大な魔力だからこそ使えるシロモノだ。


「え? ち、ちょっと!」


 それを見て逆に慌て出したのはベルゼドに捕らわれているエクリアだった。あんな巨大な魔力を叩きつけられたら、間違いなく自分も巻き添えになる。

 そんなエクリアとは反対にその姿を見て、歓喜に口元を歪ませ呟くベルゼド。


「……素晴らしい。やはり余の目に狂いはなかった」

「あ、あんた何を言って……」

「頂くぞ、その魔力を!」


 言うと同時に、ベルゼドは右腕を振り上げる。それを合図とするかのように、突然足元が、正確にはベルゼドを中心に祭壇が作られた大地全体にも及ぶ巨大な魔法陣が輝きを放つ。そう、リーレが見つけ出したあの魔法陣が。


「え?」


 突然の事にリーレやリアナもその一言しか発せられなかった。

 ベルゼドを中心に形成された魔法陣の結界は、魔法陣を覆うように光のドームを形成する。

 そこにミリアの魔力球が接触した途端に球体は魔力の粒子状に分解され、次々にベルゼドの手に持つ赤い鱗に吸収されて行った。


 そこまで来て初めてミリアを始めとした3人にもそれが何の魔法陣なのか理解できた。

 魔法を魔力の粒子に分解し、鱗に吸収する。つまりは魔力分解と吸収の魔法結界。


「あんた、まさか最初っから……」


 エクリアの呟きにベルゼドはにやりと笑う。


「そうだ。余の狙いは最初からあのミリアとか言う娘の魔力にあったのだ。

 正直初めて見た時は驚いたものだ。あの小さな身体の中に現在のどの魔道士よりも強大な魔力を宿しているとはな。あの娘の魔力を手に入れる事ができれば、余の復活は現実のものとなる。

 だが、いざ強引に捕らえるとなればあの魔力を使ってどれほどの抵抗を見せるか分からん。


 だから余は一計を案じたのだ。捕らえられぬなら直接魔力を使わせて、それを吸収してやればよいとな。あえてあの娘の親しい友人、つまりお前を捕らえ、少し危機感をつついてやれば見ての通り。まあ、ここまで魔力が噴き出す事は少々予想外ではあったがな」


 それも些細な事だとベルゼドは嘲笑する。


 全てはベルゼドの掌の上。ここまで全てが計算通りとは。

 その事実を知るには遅すぎた。


「さあ、余の復活のため、貴様の魔力を貰い受ける!」





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