第23話 復活の邪竜



 ベルゼドの意図を気付いたミリアも焦り始める。

 ほとんど考えなしでフルパワーを使ったのは拙かった。まさかあの魔力をそのまま利用されるとは。このままではあれだけの魔力をそのままベルゼドにプレゼントしてしまう事になる。

 ミリアは何とかして自らの魔力を抑えようと試みた。少しでもベルゼドへ流れ込む魔力を抑えようと。しかし、あのベルモールが封印を施すほどの魔力だ。それが怒涛の如く噴き出している現状、今のミリア程度の力量ではどうしようもない。それでも諦めずにミリアは制御しようと力の限りを尽くす。

 だが、そんな努力をも嘲笑うかのように、ベルゼドはその右腕をミリアの方へと向けた。


「足掻くか。だが所詮は無駄な事よ」


 言って、まるで何かを掴むようにその右手を握り締め、引っ張るようにその手を後ろへと引き下げた。その瞬間、ミリアの身体からまるで引きずり出されるようにより大量の魔力が吹き出し始める。そして、それはまるで導かれるかのように魔法陣の中央にいるベルゼドの元へと吸い寄せられて行く。


「な、なにこれ! 魔力が無理やり引き出されてる! お、抑えられない!」


 そう、ミリアの言う通り、今のミリアの魔力はベルゼドによって完全に掌握されている状態にある。これこそがベルゼドが魔法結界に施したもう1つの罠だった。一度でもその結界に触れた魔法は術者によって掌握され、術者の意図によって対象から強引に引き出す事ができる。魔力融合によく似た魔法だが、こっちは相手の意思関係なく術者の意図通りに強引に引き出すため、遠い昔に禁止され忘れ去られた魔法技術だった。これを使われた以上、相手が例えアークの位にある魔道士であろうとも逃れる事は難しい。ましてや未だ見習い魔道士のマージに過ぎないミリアでは打ち破るのはどう考えても不可能だ。


 そんなミリアの傍までどうにか辿り着いたリーレ。爆発的な魔力を放出し続けるミリアを見上げ、


「何とかしなくちゃ。このままじゃミリアちゃんも廃人になっちゃう」


 とは言え、ミリア同様見習い魔道士のマージでしかない自分に一体何ができるだろう。ベルゼドが使っている魔法技術はどれも現代では失われた魔法ばかりのようだし、それを打ち破るのはリーレでは無理だ。


 ならばリアナはどうか?


 考えて首を振る。リアナもこの魔法陣を知らないと言っていた。知らない魔法陣を破る方法なんて知っているわけがない。

 そこでふとリーレはとある事に思い当たった。


 ――魔法技術?


 そう、ベルゼドの使っているものは今ではすでに失われた魔法技術。ゆえにその解除方法はここにいる誰も知らない。

 だが根本的に考えてみると、解除方法を誰も知らないとは言え、とどのつまりベルゼドの使っているものは魔法技術である事は間違いないのだ。

 魔法であるならば、破る方法はある!


 その事に気付いたリーレはすぐに周囲を見回した。アレがあればこの状況を覆す事ができる。


 ――お願い、近くに残ってて。


 そんなリーレの願いが通じたのかは分からないが、リーレの目的の物はすぐに近くに残っていた。暴風のようなミリアの魔力の余波で近くの岩に張り付いていたのだ。リーレはそれを掴み取り――


 紋章を内側に向けて一思いにミリアの首に巻きつけた。


 その瞬間、あれだけ猛烈な勢いで噴き出していた魔力はまるで霧が吹き飛ぶように辺りから消え去る。ベルゼドの足元の魔法陣も光を完全に失い、その効果も消滅していた。


「何? これは一体……」


 ベルゼドは訝しげに周囲を見回す。そして、ミリアの首に巻かれた物が目に入った。


「それは、余が作った魔力霧散のチョーカーか!」


 指摘され、リーレは得意げに笑う。


 そう、解除方法が分からないとは言え、ベルゼドが使ったのはあくまで魔法の一種でしかない。魔法である以上、魔力で編まれている以上は魔力霧散の紋章の効果からは逃れられない。

 それをミリアの首に巻く事で、ミリアから噴き出す魔力だけでなく、干渉していた全ての魔法陣の効果を打ち消す事に成功したのだ。


 ミリアはそのまま崩れ落ちるように膝を付く。


「ミリアちゃん、大丈夫?」

「う……うん。何とか。ありがとね、リーレ」


 やや弱々しく笑うミリア。かなりの量の魔力を奪われてしまったためか、何となく頭がぼーっとしている。でも動けないほどじゃない。ミリアは頭を振って何とか立ち上がる。


「ちっ、少しは考えるではないか……む?」


 憎々しげに唸るベルゼドだったが、ミリア達の方を見て驚くように目を見開いた。

 その反応に気になったミリアとリーレも周囲を見回す。そこで2人も気付いた。1人足りない。そう、リアナの姿がない事に。

 一体どこに行ったのか? ふとベルゼドの方に視線を戻したところで2人はすぐに気付いた。

 その表情から察したのか、ベルゼドも後ろを振り返る。


「な、なにっ」


 そこにいたはずの赤髪の少女が消えていた。四肢を封じていた鎖はすでに開錠され地面に転がっていて、少し前までその鎖につながれていたはず少女は何と少し離れた所にリアナと一緒に脱出していたのだ。


「き、貴様!」

「エクリアさんは返していただきました。

 簡単でしたよ。あなたがミリアさんの方しか見てないようでしたのでね」


 得意げに笑みを浮かべるリアナとは対称的に、苦々しく表情を歪めるベルゼド。


「おのれ。小賢しい真似をしおって」


 ベルゼドは左手の鱗に目を移す。すでに鱗は眩いばかりの魔力の光を放っている。

 それを見て満足げに笑う。


「だが、わずかに遅かったな。魔力はもはや十分。これだけの魔力があれば余の肉体の再生など容易いものだ。

 さあ、刮目せよ! 竜王ベルゼド、復活の時だ!」


 高らかにそう告げ、ベルゼドは鱗を胸に押し付けた。



 その瞬間、目が眩むばかりの強烈な閃光がベルゼドから発せられ、辺りの暗闇を照らし出す。

 思わず全員が目を背けた。

 そんな中、ベルゼドの鱗から何か赤いものが噴き出してきて、母体となっているグレイドの身体を包み込む。

 それらは瞬く間に膨張、巨大化していき、数刻待たずにまるで見上げるばかりの巨大な全身真紅の鱗を持つ竜へと姿を変えていた。


 ギラギラと光る牙からまるで蒸気のような吐息を噴出しながら、唸り声のような声を漏らす。


『くはぁ……千年だ……

 身動きも取れぬ鱗の中で……

 いつ終わるとも知れぬ長き時を過ごしてきた……

 全ては……再びこの世界に舞い戻るこの時のため……』


 次の瞬間、胸の中央に1つだけ光る緋色の鱗が眩い魔力の輝きを放ち、強烈な咆哮が大気を振るわせる。


『千年の屈辱、数千倍にして返してくれる!』


 巨大な足が大地を叩き、地響きを上げる。


「まずい、逃げないと」


 リアナな震える声で呟く。

 竜族は天界に住む神獣の中でも最大最強と言われる種族だ。中でもこの邪竜ベルゼドはかつて火竜族の王とまで言われていた存在。

 魔道士ランクがソーサラーとは言えリアナ1人では勝負にすらならない。

 もはや選択肢は撤退の一択しかなかった。


「今の私達では復活したベルゼドには太刀打ちできるとも思えません。今は一刻も早く街に戻り応援を呼ばなくては」


 もちろんミリア達も自分達の力量も置かれた状態も分かっているつもりだ。多少高い魔力を持っていたとしても、所詮は彼女達はマージ。見習い魔術師に過ぎない。竜族に勝てるなど思い上がってなどいない。

 ただ――


「あの、リアナさんは先に戻ってください」


 唐突にそんな事を言うミリアに驚いた


「ミリアさん達は?」

「当然逃げますよ。あんなのと真っ向勝負して勝てるとは思えませんから。

 ただ、魔力を無理やり奪われた反動か、まだ体に力が入らないんです」


 そう、ミリアはベルゼドから大量の魔力を強引に引き出された影響で意識がまだ安定していないのだ。

 エクリアに肩を借りてやっと立っていられるくらいの状態。当然、まだ走れるほど体力は全然戻っていない。

 しばらく無言で3人を見詰めていたリアナは、意を決して踵を返した。

 4人残ってもみんなまとめて邪竜の餌食になるだけ。ならば、自分にできる事をするしかない。それがリアナの判断だった。


「分かりました。一刻も早く魔道法院から援軍を要請してきます。でも、約束してください。必ず、生きて再会する事を」

「もちろんですよ。私達も黙ってやられるつもりはありませんし」


 ミリアは笑顔で頷いた。それを確認すると、リアナは元来た森へと駆け込んで行った。






 さて、と3人はもう一度、眼前に迫る巨大な竜に向き直る。


「どうする? 私達の実力じゃあ、足止めすら出来ないと思うけど」


 自嘲気味に言うエクリアに、「そんな事ないわ」とミリアは首を横に振った。


「私達にもできる事はある。2人ともよく聞いて」


 ミリアは自分の考えた作戦を2人に伝える。倒す事は出来ずとも、ここから逃げるための方法はある。それを聞いて、「なるほどね」と目線をベルゼドに向けた。


「確かにそれなら私達にも出来るわね」

「ただ……竜族の高い再生能力を持ってしたら、これでもほんの数十分の足止めくらいにしかならないと思うけど」

「それで十分よ。私達がここから無事に逃げるにはね」

「よし、やりましょう、エクリアちゃん」


 リーレとエクリアはミリアを抱えたまま、素早く魔力を練り上げる。たちまちリーレの頭上に大きな水球が生み出される。それと同時にエクリアの方には大きな火球が生み出されていた。

 だが、やはり竜を打ち倒すにはどう見ても不十分な魔力。ベルゼドは嘲るように巨大な剣のような牙が並ぶ口元に笑みを浮かべた。


『何をするのか知らんが無駄な事を』

「無駄かどうか、試してあげます!

 水の砲弾アクアボール!」


 まずはリーレが腕を振るう。生み出された水球が一直線にベルゼドの頭部目掛けて飛翔する。

 所詮は水の塊。おそらくはそう思ったのだろう。避けるまでもないとばかりに微動だにせずに水球をまともに浴びた。水球はパアンと風船が割れるように破裂し、ベルゼドの頭部を水浸しにする。


 これが一体何の……そう言いかけたその時、目の前には今度はエクリアの放った火炎の砲弾ファイアボールの火球が迫ってきていた。先ほどの水球に比べればまだ破壊力はありそうだが、それでもまだまだ自分の体を傷つけられるほどではない。そう判断したベルゼドは、その火球も甘んじで避けなかった。


 だが、次の瞬間、ベルゼドの想定外な事が起こる。

 突然目の前に霧が巻き起こり、一瞬にしてベルゼドの眼前を一面の白に染め上げたのだ。


『な、なにっ!?』


 慌ててその目の前の霧を振り払おうとしたその瞬間、強烈な爆炎と凍てつく槍がベルゼドの両目を撃ち抜いた。


『ぎゃあああぁぁぁぁぁぁっ!!』


 溜まらず絶叫を上げる。

 竜の鱗は無理でも柔らかい両目はマージの魔法でも打ち抜けるのだ。


『よ、余の目が!! おのれぇ、取るに足らぬ小娘どもがよくも余の尊い目を!!』


 苦痛にのた打ち回るベルゼド。

 そう、これがミリアがエクリアとリーレに教えた作戦。

 水と熱を利用して霧を発生させベルゼドの視界を奪い、その隙にエクリアとリーレの魔法を持ってベルゼドの視力を完全に奪う。竜の鱗は無理でも柔らかい両目はマージの魔法でも十分に撃ち抜けるのだ。

 さすがに視力を奪われては正確な攻撃など出来るわけがない。


 ベルゼドが七転八倒しているその隙に、3人はその場から脱出した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る