第24話 フレイシア炎上



 暗く闇の底のような静けさの中、森を進み続ける3人。

 ミリアの体の感覚もようやく元に戻ってきたようで、リーレとエクリアの補助を受けなくても普通に歩けるようになっていた。


「チョーカーを外すけど、大丈夫?」


 心配そうにリーレが尋ねる。魔力が再び吹き出さないかどうかの確認だった。


「多分、大丈夫だと思う」


 ミリアがそう答えると、リーレはそっとチョーカーを外した。

 得にミリアの身には何も起こらず、魔力が噴出す事もなかった。3人はホッと安堵の吐息を漏らす。

 改めてミリアは目を閉じ、自分の魔力を確認する。

 やはり思いの他大量に魔力を抜かれてしまっていたらしく、先ほどまで自分に感じていた莫大な魔力はほとんど感じられない。強いて言えば、普段の自分が感じていたくらいの魔力しか感じられなかった。ベルモールが言うには、魔力封印のネックレスが封じていた魔力は全体の8割で、使える魔力は2割。それと同じくらいしか感じられないと言うことは、全魔力の8割方奪われてしまったという事だ。


(まさかこんなに奪われてしまうなんて。魔力制御が出来ていればこんな事態には……)


 ミリアは悔しげに下唇を噛む。後悔先に立たずとはこの事だろう。

 ただ、幸いな事にこれなら暴走の心配はなさそうではあった。


「とにかく、今は一刻も早くフレイシアの街に戻らないと。視覚が戻ってベルゼドが動き出したら街なんてあっという間に滅ぼされてしまうわ」

「ええ。急ぎましょう」


 3人はすぐにフレイシアの街の方へと駆け出した。





 その頃、先に撤退していたリアナはフレイシアの街に辿り着いていた。彼女はすぐに魔道法院のフレイシア支部へと向かう。

 転がるように支部の受付に駆け込んだリアナは、魔道法院のエンブレムを見せながら捲くし立てるように言った。


「エクステリア魔道法院本部所属のリアナ・メイリストです! 急ぎの用件なので、大至急ここの支部長に取り次いでください!」

「これはお疲れ様です。ご用件は私が受けるように言われております」

「そんな悠長な事をしている暇はありません! 邪竜ベルゼドが蘇ったんです! 急いで部隊を組織しないと!」

「邪竜ベルゼド? あなた、正気ですか?」


 まるで信用していないような台詞。だが無理もない。あの伝承上の邪竜が復活したなんて、普通ならば信じる方がおかしい。


「本当なんです!」


 それでも必死に訴えるリアナに、受付の女性は怪訝な顔をしつつ、「……しばらくお待ちください」と連絡用の通信機を手に取った。


「支部長。本部のリアナ調査員がお越しです。なにやら邪竜ベルゼドが復活したとか……

 ……え?」


 女性の顔色が変わったのが一目で分かった。


「はい。分かりました、そう伝えます」


 受付の女性は通信機を置き、大きく深呼吸してから向きなおる。


「支部長は何と?」

「本部から連絡を受けていたから、すぐに部隊を派遣するそうです。

 それと、エクステリアから『灼眼の雷帝クリムゾン・アイズ』殿がいらっしゃるとの事です」


 その名を聞き、思わず身を乗り出し、


「『灼眼の雷帝クリムゾン・アイズ』!? 大魔道アークの魔道士が来られるのですか?」

「え、ええ、そう聞いています」


 受付の女性はやや引きながらそう答えた。


 大魔道アークの魔道士自ら来ると言う事は、本部は賢者ソーサラークラスの魔道士達では手には負えない事案であると判断したと言う事だ。


「本部は事態の深刻性を理解してくださってたんですね」


 ならば、私がやるべき事は唯一つ。


「私も、戦わなきゃ」


 戦う? あれと?

 天を突くかのような巨大な竜の姿を思い浮かべ思わず身震いをする。だが、それと同時に、立ち向かう3人の少女の姿も脳裏に浮かんだ。リアナは頭を振って恐怖を振り払う。


見習いマージのミリアさん達が立ち向かってるんだ。賢者ソーサラーの私が戦わなくてどうする。勇気を出すのよ、リアナ」





 竜の咆哮が森に響き渡る。

 ビリビリと大気が震え、森の木々がざわめいた。


「エクリア! リーレ! 心を強く持って!」

「わ、分かってるわよ!」

「うう……強烈です」


 竜の咆哮は一種の精神攻撃であり、影響範囲にある者全ての心に恐怖を刻み込む力を持つと言う。

 ミリアの発破にエクリアとリーレの2人も何とかパニックになるのを抑えつつ、木々の間をすり抜けるように走る。後ろからはバキバキと幹がへし折れるような音。ベルゼドが木々を薙ぎ倒しながら追って来ているのだろう。


 ミリア達がベルゼドの視覚を奪ってからおよそ15分。想像以上に再生が早かった。やはり自ら竜王を名乗るだけはある。

 その直後、後方で真っ赤な閃光と共に爆音が鳴り響き、森が赤く染め上げられる。吹き付ける熱風に顔を庇いつつそちらに目を向ける。


「い、今のはドラゴンブレス!?」


 竜の吐息ドラゴンブレス。その名の通り竜の持つ魔力の篭ったブレス攻撃で、一般的には種族別にブレスの属性が変わる。ベルゼドはその真紅の体が現す通り、火竜族の持つ火の属性が篭められているようだった。

 だが、その威力は想像以上。それは火炎のブレスと言うよりは、むしろ爆炎のブレスと言うべきか。

 ドラゴンブレスが炸裂した森では、木々を焼け落ち、散った炎が周囲の木々の枝葉までも燃やし始めている。炸裂した場所はブレスの衝撃でもはや木々の名残すら残っておらず、熱で引きつった地面が露出するのみだ。


「ドラゴンブレス1発でこの状態なんて、とんでもないわね」

「よくあんなの相手に足止めしようなんて思ったものですね」

「あ、あはは……」


 もう乾いた笑いしか出なかった。


 揺らめくその炎の奥。炎によって赤く染まった空に照らし出される巨大な竜の影。

 もう一度目くらましをしたいが、こんな森の中で撃ったら高確率で近くの木に直撃して大変な事になる。

 何より、同じ手法がベルゼドに通じるとは到底思えなかった。


 やがて、走る3人の目の前に森の木々の出口が見え始める。その奥には多数の松明に彩られたフレイシアの街の特徴的な風景が広がっていた。


「ま、まずいわ。このままじゃ街中まで乱入される!」

「どうすりゃいいのよぉ!」


 はっきり言って、こればかりはミリア達にはどうしようもない。

 森から出た3人は街の手前で立ち止まる。

 そして、それを追うように森の中からベルゼドの巨体が木々を薙ぎ倒しながら飛び出してきた。


 上空にまで飛び上がり、その巨大な翼を広げて雄たけびを上げる。

 すでに日は暮れているとは言え、時間帯的にはまだそう遅くはない。当然街の道沿いにはたくさんの人がいるわけで。


「……」


 一瞬、時が止まったかのような静けさに包まれる。何が起こったのかよく分からない。それがここにいる人達の感じ方だろう。

 その沈黙は嵐の前の静けさ。その後に来る嵐とは――混乱。


「ド、ドラゴンだぁぁぁぁぁぁっ!」

「た、助けてくれぇぇぇぇぇっ!」


 一気に街中がパニックに陥った。逃げ惑う人々。

 フレイシアの街に侵入したベルゼドは、目の前の建物に邪魔だと言わんばかりにその豪腕を一振り。まるで軽い材質の石でできたかのようにいともたやすく粉砕された。

 さらに火焔のブレスで周囲を薙ぎ払う。あまりの高熱にレンガは瞬時に溶け、逃げ遅れた哀れな骸が炭のようになって転がる。

 炎に包まれる街の中で雄たけびをあげる巨大な赤竜。

 まさに、火の街フレイシアは『火の街』の名の通り、灼熱の地獄絵図と化していた。


「……故郷がこんなになってもあたしは何もできないなんて」


 燃える街を見つめながらエクリアが悔しげに呟く。


「君達! こんなところで何をしてるんだ! 早く避難しなさい!」


 後ろからそんな声がかけられる。

 見ればそこにいたのは純白のローブを纏った魔道士の一団。胸には魔道法院のエンブレム。彼らこそはソーサラーのみで組織された魔道法院所属の精鋭魔道士部隊。


「ミリアさん!」


 さらにその後方からミリアを呼ぶ声が聞こえた。

 声の主は魔道法院の正装である純白の外套を羽織ったリアナだった。


「よかった、無事にここまで来れたんですね」


 ミリアの手を取って無事を喜ぶリアナ。どうやらかなり心配させてしまったらしい。

 それもそうだろう。ただのドラゴンですら一般のソーサラーでさえ手に余るレベルなのだ。

 しかも相手は竜王。例え3人いたとしてもマージの魔道士では成す術もなく焼き尽くされてしまうだろう。心配するのは当然とも言える。


「必ず戻るって約束しましたから」


 安心させるようにミリアは微笑んだ。


「それよりも避難しましょう。ここは危険です」


 そっと背後を振り返ってみると、魔道士部隊がベルゼドを迎え撃つべく展開している。つまり、この場が戦場になるという事だ。

 ここはまだフレイシアの東地区。閑静な住宅地だ。

 この先には中央地区があり、そこにはたくさんの工房類がある。

 工房には研究に使われる大量の火晶石などが保存されている。そこで暴れられては目も当てられないほどの被害が出る事は間違いないだろう。

 つまり、何としてでもここで喰い止めなくてはならない。


 ミリア達がその場から離れるとほぼ同時に、ベルゼドが建物を蹴り砕きながらその場に到達した。

 その瞬間に全ての魔道士が一斉に攻撃を開始。多数の火炎弾や電撃がベルゼドに降り注ぐ。


「あれなら何とか時間稼ぎはできるかな」

「時間稼ぎ?」

「ええ。もうすぐこの街に『灼眼の雷帝クリムゾン・アイズ』殿が来るんです。エクステリアの魔道法院本部でもこの一件はただでは済まなさそうだと思ったんでしょう」

「クリムゾン・アイズ。それって」


 ミリアは目を輝かせる。『灼眼の雷帝クリムゾン・アイズ』はエクステリアに滞在する大魔道アークの魔道士の呼び名だ。ミリアの目標でもあり、憧れの魔道士。その人がいれば、ベルゼドであっても何とかなるに違いない。そう信じて疑わなかった。


 戦場から離れるミリア達の後方から強烈な咆哮が響き渡った。

 多少距離があったから影響は少なかったのは幸いと言えるかもしれない。

 だが、その直後の光景にはある意味竜の咆哮より精神的なダメージは大きかった。

 いきなりミリア達の真上を飛び越えるように何かが飛んできた。それが煉瓦の壁に衝突し、真っ赤な花を咲かせて崩れ落ちる。

 それは、あの戦っていた魔道士達の血に塗れた亡骸だった。胴に刻まれた爪痕。竜の咆哮で抵抗できなくなったところを腕で薙ぎ払われたのだろう。


 さらに続けて轟音と爆風が後ろから襲い掛かった。

 建造物は残らずバラバラに吹き飛ばされ、その煽りを受けてミリア達も大きく吹っ飛ばされてしまった。


「くっ……」


 起き上がって目の前を見て愕然とする。

 そこにあったのは、無残に引き裂かれ血にまみれた亡骸と火焔のブレスによって黒焦げにされた亡骸の2種類。そして勝ち誇ったように雄たけびを上げるベルゼドの姿だった。


「そ、そんな。魔道法院の精鋭達が、こんな短時間で全滅するなんて……」


 呆然と呟くリアナの気持ちはミリアにもよく分かる。

 10人以上いた賢者ソーサラーの魔道士達が足止めにすらならなかった。ああも簡単に全滅してしまうとは。


 信じられない。それがミリアの本心だった。


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