第3章 結婚狂想曲

第1話 召喚魔法と送還魔法

 シルカ・アルラーク。

 彼女がアザークラスに編入となってから最初の木の精霊ドリアドの日。アザークラスの面々は大魔道アークベルモールの指導を受けていた。

 本日のメインはシルカの魔蟲奏者についてである。


「それにしても、魔蟲は操れるものなんだな。さすがの私も驚いたぞ」


 見上げるベルモールの先には上機嫌にキチキチ歯を鳴らす百足龍虫ドラゴンセンチピードの姿があった。もちろん、この百足龍虫ドラゴンセンチピードはシルカが月光蝶ムーンライトバタフライに身体を乗っ取られていた時にシルカと一緒にいたあの百足龍虫ドラゴンセンチピードである。あの時にデニスとセリアラに吹き飛ばされた胴体部分はすでにある程度元の長さまで戻っている模様。


「この子も本当は優しいんですよ。素直だし」

「見た目はそんな風には見えないんだがなぁ」


 頭部の上で撫でているシルカにさすがのベルモールも苦笑い。

 確かに襲ってくる様子は全くないが、相手はあの百足龍虫ドラゴンセンチピード。討伐難度特A級の魔巨獣ギガントモブだ。警戒しない方がおかしい。

 しかもここはヴァナディール魔法学園ど真ん中のグラウンドである。さすがにシルカが呼び出した時はパニックになりかけたものだ。今も怯えた様子の生徒達がグラウンドの隅からミリア達の方を伺っていた。


「ふむ、魔蟲奏者の力に関しては私には君に教えられる事は何もなさそうだ。あの魔巨獣ギガントモブ百足龍虫ドラゴンセンチピードがここまで大人しくなっているならばもう十分だろう。

 ならば私から君に教えるべき事は、その魔蟲達の扱いについてだろうな」


 ベルモールは周囲を見回し、


「流石に魔蟲を常に従える訳にもいかないだろう。ただでさえ従う魔蟲がまた増えてるんだから。

 だから、君に教えるのは召喚魔法と送還魔法だ」

「送還魔法?」

「召喚魔法は呼び出す魔法だが、呼び出したまま放ったらかしにはできんだろう。だから再び送り返す魔法として送還魔法がある」

「あ、なるほど」


 ミリア含め一同は納得した。全員召喚魔法に関しては耳にした事があったが、送還魔法の方は初耳だった。確かに呼んだ以上返す魔法があって当然である。


「召喚魔法は魔法陣から対象の相手を呼び出す事になる。つまりは紋章魔法の1つという訳だ。紋章陣は流石に素手では無理だから」


 そう言いつつベルモールは空中に手をかざし、指先で円を描く。すると、何とその空間に穴が空いたのである。ベルモールはおもむろにその穴に手を突っ込むと、中から一本の杖を取り出した。


「まずはこの杖で……ってどうしたお前達?」


 気付けばアザークラスの生徒達が呆然と口をパクパクさせていた。


「どうしたって、ねえ」

「うん」


 ヴィルナの言葉にミリアが頷く。


「ベルモールさん、杖なんか持ってたんですね」

「ってそっちかい!」


 ビシッとキレのいい見事なツッコミが決まった。何だかんだ言って良いコンビだった。


「そうじゃなくて、その空中の穴は何なんですか。むしろそっちを教えて欲しいです」

「うん? ああこれか。

 残念だがこっちはまだ早い。少なくとも君達が三次元空間と仮想空間の概念を理解しないと扱えないんだ」

「仮想空間?」

「この学園に通っていればその内術式理論とかの科目で習うはずだ。それまでお預けだ」


 ミリアとヴィルナがぶーぶー言っているのをスルーして再びシルカに向き直る。


「さて、まず召喚魔法だが、先ほど言った通りこの魔法は紋章術の一種になる。だからまずは魔法陣を作成しなくてはならない。まず私が見本を見せよう」


 そう言いながら、ベルモールは杖先に魔力を宿しながらグラウンドの地面に魔法陣を描き始めた。一体何を呼び出すつもりなのか、魔法陣のサイズはかなり大きい。30メートルくらいはあるのではないだろうか。

 そして描き始めてからおよそ5分。ようやくベルモールは杖を止める。


「よし、まあこんなところか」


 巨大な魔法陣を見ながら満足げに頷く。


「じゃあ行くぞ。よく見てるんだぞ」


 ベルモールは杖をかざし、言葉を紡ぎ出す。


「我が魂に繋がりし盟友よ。盟約に従いて我が呼び声に答えよ」


 召喚の呪文か。ベルモールがそう言葉を続ける毎に魔法陣は眩い魔力の輝きを放ち出す。そしてその輝きが最高潮に達した時、ベルモールは最後の一言を発した。


「出でよ! シェラハ!」


 その瞬間、魔法陣から凄まじい魔力が噴出。それは突風となって周囲に吹き荒んだ。

 慌ててミリア達はシルカの乗った百足龍虫ドラゴンセンチピードの陰に隠れて暴風をやり過ごす。その百足龍虫ドラゴンセンチピードも警戒心全開で「キシャアアアア」と威嚇している。

 直後、魔法陣から目にも留まらぬ速さで何か巨大なものが飛び出していった。その巨大なものはそのまま上空で体長の倍ほどもある巨大な翼を広げて旋回。そのままベルモールの前、つまりはミリア達の前に地響きを上げて降り立った。


「………」


 流石のミリアですら言葉が出なかった。

 現れたのは見上げるほどの巨躯を誇る巨大な風の竜ウインドドラゴンだったのだから。


『私を呼ぶなど珍しいではないですか。何かあったのですか?』


 シェラハと呼ばれた風竜はベルモールに顔を寄せて思念のような声で語りかける。それはミリア達の脳裏にも届いていた。


「いや、特にはないな。ただ教え子達に召喚術について教えていたんだ」

『教え子達?』


 シェラハが顔をミリア達に向ける。


『貴女が人にものを教えるなど珍しい。明日は暴風雨ハリケーンでしょうか』

「言ってくれるね。私だって人に教えるくらいはできるさ」

『どうだか』


 シェラハはフシューと鼻息を吹き、緊張で身を硬くするアザークラスの生徒達を一瞥する。


『なるほど。面白い素質を持った子達が集まっているようですね。中でも……』


 シェラハの目がミリアに止まる。


『貴女、名は何と?』

「あ、えっと、ミリア・フォレスティです!」

『貴女には何か不思議な力を感じますね。何かの加護を頂いているのですか?』

「加護、ですか」


 ミリアは考える。

 確かに加護らしきものはあるにはあるかもしれないが、それはある意味あちら側の気まぐれによるものが大きい。そんな不確実なものを加護と呼んで良いものだろうか。


「自由には扱えませんが、一応原初の樹セフィロトの加護があるかも」

『セフィロト?』


 スッとシェラハの目が細められる。


『なるほど。私の盟約者ベルモールが弟子にするわけですね』


 竜の顔は変化がよく分からないが、何となく少し笑ったような気がした。


『さて、盟約者よ。私はこれからどうしたら良いのでしょう?』

「ん? いや特にやる事は無いからそのまま帰ってもらおうかと」

『え? いや、せっかく来たのですから貴女の教え子達と実戦を交えて手ほどきなどは?』

「いや、流石に死人が出るから。竜族と戦うのはまだ早い」

『いや、でも』


 久しぶりに呼ばれて張り切っていたのだろうか。尚も言い縋るシェラハに、ベルモールは素早く魔法陣に一文を書き足して魔力を打ち込んだ。


「また何かあったら呼ぶから。それじゃあ」

『あ、そんな無理矢理な、盟約者ぁぁぁぁぁ――』


 シェラハは魔法陣から発せられた光に絡め取られるようにして吸い込まれて消えた。

 そのドタバタについていけない生徒達はぽかーんとベルモールを見つめていた。


「とまあ、これが召喚魔法と送還魔法だ。送還魔法の原理は簡単。召喚陣に『反転』を表す一文を書き足すだけ。紋章術の詳しい方法はミリアも勉強してるから一緒に学ぶといい」

「え、教えてくれないんですか?」

「こういうのは自分で調べた方が頭に入るものだ。決して面倒な訳じゃないぞ」


 本音がダダ漏れのベルモール。やれやれとミリアは肩をすくめた。



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