第37話 新たな仲間《クラスメイト》
ふと目を開けると、そこは蒼い世界だった。
目の前には巨大な大樹セフィロトの樹。その周囲は沢山の樹に囲まれた、まさに神秘的な聖域。
ミリアはその世界で蒼いローブで身を包んだ少年、セフィロトの樹の精霊と対峙していた。
「あの、シルカの事、助けてくれてありがとうございました」
ミリアは丁寧に頭を下げてお礼を言う。対してセフィは笑顔で頷く。
『礼には及ばないよ。全てはセフィロトの樹の意志だったから』
「セフィロトの樹の意志、ですか」
『そう。セフィロトの樹はどうも君を気にしているみたいだね。
邪竜ベルゼドの戦いと、そして今回。二度もセフィロトの樹が魔力のラインを繋いだ人は本当に珍しいんだ。そもそも、前にセフィロトの樹が自分の意志で助力をしようとしたのは今から二千年以上前の話だからね』
「二千年!?」
『そうだよ。それほど珍しい事なんだ』
「そうなんだ……」
天高くそびえるセフィロトの樹を見上げるミリア。それに答えるようにセフィロトの樹はざわざわと葉を振るわせる。それは、まるでミリアに何かを語りかけているようにも見えた。
『さてと、それじゃあ本題に移ろうか』
改めてセフィはミリアに向き直る。
『ミリア、セフィロトの樹からのお言葉を伝えます。
まず、君は
「はい」
ミリアはハッキリと頷いた。
『ですが、セフィロトの魔法は世界の歴史そのものを書き換える事さえ可能な力。そう簡単に与えるわけにはいきません』
肩を落とすミリア。しかし、セフィは『そこで』と言葉を続ける。
『セフィロトの樹から君への試練を承りました』
「試練、ですか」
鸚鵡返しに聞き返すミリアにセフィは頷いて返す。
『試練は1つだけ。
君が自らの力でこの
「でも、この世界って私達の世界とは全く違う世界ですよね。来れる方法があるんですか?」
『それがなければここに君を呼べないよ』
苦笑するセフィに「あっ、そっか」と照れ笑いを浮かべた。さらにザワザワと枝葉を揺らすセフィロトの樹を見上げ、話を聞いているようにセフィは数回頷く。
『1つだけヒント。セフィロトの樹は全ての世界の歴史を司っている事は知っているよね? つまり、どの世界にも必ず1つ、このセフィロトの樹の端末と言える何かが存在する。その何かを見つけるのが君に課せられた試練って事』
セフィがそう告げたところで、ミリアの視界がスーッと遠ざかって行くのを感じた。その遠ざかる視界の先でセフィが手を振り、セフィロトの樹がザワザワと枝を振る。
そして、最後にセフィの声がミリアの脳裏に直接届いた。
『頑張ってね、ミリア。君が自力でここまで来るのをセフィロトの樹と一緒に楽しみに待ってるから』
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ううん」
ミリアが目を開けると、最初に飛び込んできたのは見知らぬ天井。目線を下ろせば清潔な治療院の入院着。そして自分はそのベッドの上。周囲を見回せば治療院の看護師達が忙しそうにしている。
ふと、その看護師の1人と目が合った。
「あ、おはようございます」
時間が分からないので適当に挨拶する。すると看護師は踵を返して慌てて飛び出していった。
そんな様子にキョトンとしていると、まるで部屋のドアをブチ破るような勢いで2人の人物が転がり込んできた。ミリアの両親、デニスとセリアラである。
「ミリアちゃん! 心配したんだからね!
どこも痛くない? 後遺症は?」
いきなりミリアに抱きつき、早口でまくし立てるセリアラにミリアは苦笑する。相変わらず過保護な両親だった。
その後に続くように、治療院の医者とアルメニィ学園長に師匠のベルモール。親友のエクリアとリーレ。そしてアザークラスの仲間達も入って来た。
総勢12人。ミリアの個室はいっぱいである。
医者はテキパキとミリアの体調を確認し、満足げに頷いた。
「後遺症も無いし、体力も回復している。魔力の波長にも特に問題は無し。
うん、今日退院しても良さそうだ」
「ありがとうございます」
一同がお礼を言って、医者は退室した。
「えっと、私どれくらい寝てたの?」
「1週間くらいかな」
「1週間も!?」
エクリアの答えにミリアは驚いた。確かに
そんなミリアの心境を察したか、リーレが続けた。
「私とエクリアちゃんは今回関与していなかったからよく分からないんですけど、少なくとも
邪竜ベルゼドと戦ったと聞いた途端にカイト達の顔が引き攣るのが見えたが、今回は見なかった事にする。
「怪我自体はセリアラさんがあっという間に治しちゃったのよね。流石にお医者さん達が引いてたわ」
「でも、傷は塞がったのにミリアちゃんは全く目覚めなかったんです。ずっと青白い魔力のオーラに包まれたまま。
色自体は私の水属性に近いように見えますけど、何というか、神秘性の格が違う感じがしました」
ふと、聖域での出来事を思い出す。夢は覚めるとほぼ忘れてしまうと言うが、あの世界での事ははっきり覚えている。ただの夢ではなかったようだ。
精霊セフィは言った。自分の力で聖域まで来れれば、セフィロトの魔法を自由に扱えるようにしてくれると。
今のミリアの視線の先には明確な道筋が見えていた。
「その辺りの話は追々するわ。
それよりもカイト。シルカは大丈夫?」
話を振られて、カイトは促すように視線を部屋の入り口に向ける。釣られてそちらに目を向けると、部屋の入り口のドアに隠れるようにシルカが申し訳なさそうな感じ全開でミリアの方を見つめていた。
「あ、シルカ。中に入らないの?」
「えっと、その……」
もじもじと指先を弄りながら、シルカは俯いている。やれやれとカイトが直接シルカの手を取って中に招き入れた。シルカは「えっ、ちょっとまだ心の準備が!」と抵抗するが、さらにレミナやヴィルナにも背を押され、気付けばミリアの目の前にまで追いやられていた。
「え、えっと、あの、その」
「どうかした?」
首を傾げるミリアに、シルカは勢い良く頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!」
突然の謝罪に目を白黒させる。
「な、何が?」
「私のせいで、ミリアさんに大ケガをさせてしまって。私、何てお詫びしていいか」
ああ、とミリアは理解した。シルカは
「あれは
「で、でも、私の心が弱かったせいで、あんな薬に手を出して、そしてこんな事に」
えぐっえぐっと涙をダラダラ流しながら縋り付くように謝り続けるシルカ。それを見ていると自分の方が悪いように思えて来てしまい、ミリアは苦笑いを浮かべる。
「シルカだって抵抗してたじゃない。あれが無かったらカイトも決断できなかったかもしれないし」
「う、それは……まあ……」
バツの悪そうにカイトは頬を掻く。
「それに、友達が困っているのを助けるのは当然でしょ?」
「友達?」
シルカは顔を上げる。
「……あれ? 友達だと思ってたのは私だけ?」
「え?」
「それともシルカは私と友達になるのは嫌?」
「そ、そんな事ない!」
ブンブンと首を横に振る。ミリアは満足げに頷き、
「じゃあ、これからはミリアって呼び捨てにしてね。さん付けなんて他人行儀だしね」
「う、うん。ありがとう、ミリア」
ぱあっと明るい笑顔を見せる。それはあの月光蝶に取り憑かれているような不自然な笑顔ではなく、本当のシルカの笑顔だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その後、ミリアはその翌日には退院して学生寮に戻った。
ミリアの眠っていた1週間、どうやら学校は休みになっていたらしい。その原因はシルカの魔蟲奏者によって多数の魔蟲達が学園都市周辺に出没していたためらしい。シルカの話では魔蟲奏者は魔力の波長のあった魔蟲達がシルカの魔力に惹かれて寄って来るらしく、その討伐に上級生のほぼ全員が狩り出されていたにも関わらず、完了までに1週間も掛かってしまったらしい。当然そこにはシルカも参加し、シルカが担当した魔蟲だけは説得して廃墟のどこかに隠れているように指示を出したと言う話だった。
そんな訳で、事件から1週間後のルナの日。
久しぶりにアザークラスの教室に顔を出したミリア。ナルミヤやレミナ、ヴィルナ達と世間話に花を咲かせていたところに、ガラガラとドアを開けて担任のメリージアが教室に入って来た。
「お久しぶりですね、皆さん。
ミリアさんも身体はもう大丈夫ですか?」
「全然問題ありません。もう全快です!」
「ならば結構です」
その後、教壇の前に立ったメリージアは一同の顔を見回す。ふと、その視線がカイトの元を通った時だけ少し笑ったような気がした。
「では、授業に入る前に、本日付けで皆さんのクラスメイトになる人を紹介します。入って良いですよ」
ガラガラ
扉が開いてその生徒が入って来ると、まずカイトの顎が落ちた。
「へ? な、なんで?」
実に間の抜けた言葉がカイトの口から零れだす。
まあ、何となくこうなるんじゃないかなとミリアは考えていたので特別驚く事はない。
その生徒は6人の前で挨拶をする。
「今日から皆さんの仲間になります。シルカ・アルラークです。よろしくお願いします!」
シルカの編入。これから楽しくなりそうだとミリアはニシシと笑う。
季節はもうすぐ夏に差しかかろうとしていた。
第2部 禁断の果実 終
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます