第36話 後始末
ミリア達が無事
「何故だ。息子よ、何故お前がこんな事に」
ブライトンの容体に関しては治療院の治療師に話を聞いていた。こうなった原因はブライトンが飲んだ薬によるものであると。そしてブライトンはその薬によって魔獣と化して暴れ回った挙句、こうして1ヶ月過ぎていてもなお意識を取り戻す気配がない。
無論、その薬を渡したのが誰だったのか。魔道法院の上級捜査官である彼には既に調べはついていた。
そう、ブライトンに薬を渡したのは、自分が裏取引をしていた相手、リヴィアであった事を。
ザンバルクは足早に治療院を出ると、一目散にある場所へと向かった。
そう、そこは学園都市の外れにある一軒の酒場。ブライトンがリヴィアと会っていた場所だ。
乱暴に入口の扉を開けて中に踏み込むザンバルク。
目的の人物は一番奥のカウンターでつまらなそうにグラスを傾けていた。
「あら、ザンバルクさんではありませんか。奇遇ですね。こんなお店で会うなんて」
その女性、リヴィアはザンバルクに気付くとそう言って笑った。対するザンバルクはリヴィアの元にやってくると怒りで血走った目でリヴィアを睨みつける。
「……どういうつもりだ?」
「何の事でしょう?」
「トボけるな。息子ブライトンの事だ」
「ああ、彼ですか」
「お前が息子に魔獣化の薬を渡したのは分かっている。何故そんな事をした?」
リヴィアはグラス内の氷をカランと鳴らし、妖艶に微笑む。
「彼が力を求めてましたからね。だから与えただけですよ。力をね」
「ふざけるな!
誰が魔獣になる事を望むものか!」
「手っ取り早く強くなる方法だったのですけどね。本来あり得ない事をやろうとするのですから、相応のリスクがあって当然でしょう」
「何がリスクだ!
貴様らは……貴様らは息子で人体実験がしたかっただけだろうが!」
やれやれとリヴィアは首を振る。
「話になりませんね。
そんな事より、お客さんのようですよ」
「な、なに?」
ザンバルクが振り返るとほぼ同時だった。酒場の入り口からバタバタと多数の魔道士達が踏み込んで来たのは。その中にザンバルクの見覚えのある女性捜査官の姿もあった。
「リアナ捜査官。何故ここが」
「何故も何も、ずっとつけられていたんでしょ。
それに、もっと厄介なのも来てるみたいよ」
「なに!?」
最後に現れたのは銀髪の魔道士。夜闇に溶け込みそうな濃紺の魔道士の外套を身に纏っている。
「だ、誰だ!?」
「私の名はベルモール・モルフェルグス。
「く、
突然の
「この私がわざわざここに出向いた用向きは分かっているな?」
「……」
無言のままベルモールを睨みつけるザンバルクに、ベルモールはおもむろに黒塗りの短刀と一枚の書類を取り出した。
「ザンバルク・ヴェルディア。魔道法院本部からの通達だ。
お前の上級捜査官としての資格や権限を全て剥奪する。
そしてもう1つ。情報漏洩、及び職権濫用による犯罪幇助によりお前を拘束する!
それとリヴィアと言ったか。お前にも一緒に来てもらう」
「私が? そんな理由はないと思うけど」
「ルルオーネや新種の魔獣化薬を拡散しているだけでも十分に拘束する意味があるが、むしろ私としてはもう1つの名前の方に用があるんだよ。ビエラ」
ビエラ。そう呼んだ途端にリヴィアの顔色が変わる。
「お前がシルカに
「ほほう、それは?」
「無論、ベルゼド事件の時にお前が何をしたかだ!」
ベルゼド事件。
千年前に世界を蹂躙したと言われる
その大事件にも関わっていると言うのだ。流石に周囲の捜査官達も騒めき出す。
「お断りしますわ。そもそも、私はリヴィアです。ビエラなんて名前の女は知りません。ベルゼドの事件? 私には何の関わりもない事です」
「そうだろうね。お前とビエラを結びつける証拠なんて、今は写真くらいしかない。たまたま似てるだけと言い逃れる事も可能だ。
だが、ビエラは別件としてもルルオーネを売り捌いていただけでも十分な拘束の対象となる。これは強制だ。お前に拒否権はない。
その後で、この
ベルモールがそう言い放った瞬間、リヴィアの表情が明確に歪んだ。
「私が大人しく捕まるとでも!」
リヴィアが魔力を解き放ち、周囲に衝撃波を込めた突風を叩きつけた。だが、それはベルモールが腕を一振りしただけで霧散する。赤い輝きを宿らせた双眸がリヴィアを射抜く。
「その程度、この私に通じるとでも思ったか?」
「くっ」
リヴィアが身を翻し脱出を図ろうとする。そこへリアナの指示が飛んだ。
「電撃魔法の使用を許可します! リヴィアを捕らえなさい!」
その瞬間、周囲を取り囲んでいた捜査官の魔道士達から一斉に電撃が走り、リヴィアの身体を撃ち抜いた。リヴィアは声も出せずに二、三度痙攣して崩れ落ちる。
すぐに状態を確認するためにリアナが倒れているリヴィアの元へ向かう。そこで倒れたリヴィアを見てハッとした。
「これ、人形?」
「なに?」
リアナの言葉を聞いてベルモールもリヴィアを覗き込む。物凄く精巧に作られてはいるが、確かにそれは人形だった。
「問答無用ですか。酷いものですわね、魔道法院も」
その声は上から聞こえて来た。
酒場の屋根を支える太い梁の上。そこから亜麻色の髪を1つに束ねた赤い外套の女魔道士がベルモール達を見下ろしていた。その姿はまさに火のロードの元にいた魔道士ビエラに間違いなかった。
「いつの間に!?」
リアナが驚愕に目を見開くが、その隣で間髪入れずに今度はベルモールが電撃を撃ち込んだ。バチっと弾けるような音と共にビエラが落下する。すぐにリアナが駆け寄るが、
「また人形!?」
どうなっているのかと捜査官達は顔を見合わせる。
魔法の中には魔力を人形に流して知覚を制御し、遠隔操作で操るものも存在する。その場合、人形をまるで身体そのもののように扱う事が可能なのだが、欠点として術者は半径20メートル内に必ずいる必要がある。
ベルモールは意識を魔力感知に集中させる。そして――
「そこだ!」
いきなり2階のテラス席目掛けて火球の魔法を打ち込んだ。爆炎と共にテーブルや椅子が吹き飛び粉塵が舞い上がる。店の店主の顔が引きつっているが、これも事件解決のためと心を鬼にして見なかった事にした。
やがて粉塵の中に1つの人影が浮かび上がる。
「まさか本体を見抜かれるとは。さすがは
その人影は埃を払いながら一同の前に姿を晒す。
漆黒の外套の下には漆黒のドレスのような装束。ウェーブのかかった背まである銀髪をサッと搔き上げる。その容姿はまさに人目をひく美貌と言って差し支えないものだった。
「また人形じゃないだろうな?」
「失礼ですわね。この身体は正真正銘私のオリジナルですわ」
そう言って、胸を搔き抱いて揺すってみせる。その仕草に思わず男性捜査官達の鼻の下が伸びる。そして冷気が漂うリアナを始めとする女性捜査官達の視線。そんな魔道法院の捜査官達を無視してベルモールは指を突きつける。
「人形切れなら結構。大人しく捕まる気はないか?」
「ふふふ、ご冗談を」
「ならば腕づくと言う事になるが。この私を相手にして勝てるとでも?」
しかし、彼女は不敵な笑みを浮かべるだけ。
「そうですわね。
ですので、他の相手をご用意いたしますわ」
「なに?」
そう言って、その女性魔道士はピンと何かを指で弾いた。その直後、ベルモールの後ろで「ぐっ」と言う呻き声が聞こえた。
「うぐぐぐぐぐぐ」
振り向いたそこには苦しげに喉を掻き毟るザンバルクが。その喉元には小さな針のようなものが刺さっていた。
「お前、一体何をした!?」
「別に大した事はしておりませんわよ」
ふふふと含み笑い。
「少々、息子さんと同じ姿になるよう、薬を打ってあげただけですわ」
「なっ、なんだと!」
ベルモールがその声を上げるとほぼ同時だった。ザンバルクの身体からどす黒い瘴気が噴出し、見る見るうちに全身の筋肉が膨れ上がり巨大な猪の魔獣となったのは。
「皆さんはどうぞ、その魔獣の相手でもしていてくださいな。私はこれで失礼いたしますわ」
「ま、待てビエラ!」
「そうそうもう1つ。私の名前ですがビエラでもリヴィアでもありませんわ。
私の名はゼルビア。偉大なる魔道士レゾン・ダルターク様を敬愛する使徒の1人。
それでは皆様、御機嫌よう」
そういい残し、ゼルビアは夜の闇に溶け込むようにして消えた。
「レゾン・ダルターク。やはりあのベルゼドの事件も奴らダルタークの仕業か」
ベルモールは舌打ちを1つして目の前の光景に注視する。
――グルオォォォォォォォッ!
咆哮が店全体を振るわせる。
完全に腰の抜けた店主を保護しつつ、リアナは捜査官達に指示を出す。
元上級捜査官のザンバルク。元上司とは言え、捨て置くわけにいかない。魔道法院の捜査官達は魔獣と化したザンバルクを包囲する。
そして、ベルモールも瞳に宿る赤い魔法陣の魔力を解き放った。
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