第35話 セフィロトの精霊
「貴方は?」
『僕はセフィ。この聖域の管理人。
そうだね、君達の呼び方をするなら、
「セフィロトの精霊。ではやはりこの樹は……」
ミリアは中央にそびえる大樹を見上げながらそう言う。
その隣で、セフィは同じように大樹を見上げた。
『この樹は君のいる世界の歴史を司るセフィロトの樹だよ。この樹には君の世界がこれまでに歩んできた長い歴史がそのまま詰まっている。
この樹から生えている枝一本一本が世界の歩む可能性のある事象そのものなんだ』
そう言ったところでセフィは自分の頭をこつんと小突く。
『いや、そんな話をするつもりで呼んだんじゃない。
君はあのシルカと言う少女を助けたいんだろう?』
「あ、そうだ。あの、シルカを助けられるんですよね」
『そうだね。もう一度あの枝を見てごらん』
セフィが大樹の枝の先を指差した。ミリアもその方向を見上げる。
そこには枝を覆うように大量の葉が覆い茂っている。もう何枚あるか数えるのもウンザリするくらいの枚数があった。
『セフィロトの樹の枝は1つの歴史。そしてそこを覆う葉は全てその世界に生きる生命そのものなんだ。もちろん、君やシルカを現す葉もあの中にある。
シルカを救うには、まずはあの葉の中からシルカの生命の葉を見つけないといけない』
「あ、あの中からたった一枚の葉を探すんですか!?」
思わずミリアは耳を疑った。あの大量の葉の中からたった一枚を探すなんて一体何年かかるのか。いやそれ以前に、ミリアにはどれが誰の葉なのかのその区別すら付かなかった。
「あの、どれがシルカの葉なのかの区別って付くんですか?」
『さあ。僕にも分からないな』
思わずずっこけそうになる。
管理者であるこの精霊に分からないものをどうやってミリアに探せと言うのか。
もしかして馬鹿にされてる? ミリアはややイラッとしつつセフィを睨む。
それに対し肩をすくめて、
『大丈夫。シルカの葉を探す方法はある。
いいかい、今君にはこのセフィロトの樹との魔力のパスが繋がっている。その魔力を指先に集中させてシルカに触れるんだ。そうすれば、セフィロトの樹がシルカの葉の元まで案内してくれる』
「魔力を集中させて触れればいいのね」
『続きはその後だ。さあ、意識を戻すよ』
セフィがそう言うと同時に蒼い世界から一気に意識が遠ざかった。そしてそのまま目を開く。
状況は変わらない。目の前には全体の5割が既に崩れてチリになっているシルカが横たわっている。
ミリアは自分の両手を見る。いつの間にか右腕の出血は止まっていた。そして、彼女の身体は先程までいた世界と同じ蒼い光で覆われている。
何だか暖かい感じのする魔力。これがあの精霊の言う原初の樹セフィロトの魔力なのだろう。
スッとミリアは立ち上がり、シルカの方へと歩を向ける。
「え、ミリア?」
デニスの声。それと共に視線がミリアに集中する。その視線には戸惑いが感じられた。
全員の視線がミリアに向けられる。
それは、全員が周囲に向ける警戒心が薄れるという事も意味する。
――キシャアアアア!
そんな雄叫びと共に、瓦礫を粉砕しながらその場に
「え?」
そんな間の抜けた声を発するカイトに、猛烈な勢いで
「カイト!」
シルカはまだ残っていた両腕でカイトを突き飛ばした。その直後、カイトが先程いた場所を
その後
「な、何だ、この魔蟲。シルカさんを守っているのか?」
シグノアは呟く。これまでに数多くの魔獣や魔蟲と戦ったが、あのような姿を見た事は一度もない。高い知性を得ている魔獣もいるだろうが、それでも、人間を守ろうとする魔獣など考えた事もなかった。
そんな奇異な視線に晒される中、蒼い魔力に包まれたミリアは更に歩を進める。
「悪いけど時間が無いの。そこを退いてくれるかな。
大丈夫、悪いようにはしないわ」
ミリアは
対して
――キシュウウウ……
もう時間はあまり残されていない。
『さあ、シルカに触れるんだよ』
ミリアの内からあの精霊の声が聞こえてくる。
その声に導かれるまま、ミリアはその魔力を宿した右手でシルカの身体に触れる。その瞬間、ミリアの意識は再びあの蒼い世界、
気付けばそこは巨大な枝の1つ。ミリアの指先はその内の1枚の葉に触れていた。
その葉は既に枯れかけていた。その根元には既に朽ちた別の葉が不自然な形で植え付けられていて、明らかにシルカの葉が朽ち落ちそうになっている原因だとミリアにも思った。
『見ての通りだよ』
後ろからセフィが声を掛ける。
『その葉は何かの原因で根元に全く別の葉が植え付けられている。セフィロトは因果を司る樹だからね。本来こんな歪な形で葉が生える事は絶対に無いんだ。誰かが意図的に手を加えない限りね』
セフィの言葉にミリアはシルカが飲んだと言う薬液の事を思い出す。アレが原因である事はまず間違いないだろう。
「これを取り除けば良いのね?」
『そう。この不自然な葉は彼女の生命に悪影響を与えている。コレを取り除けば彼女は助かる』
どうやって? 問いを続けようとしたその瞬間、ミリアの意識は再び現実へと引き戻された。
再びミリアの脳裏にセフィの声が響く。
『彼女の状況を変える方法は既に知っているはずだよ。無限光は因果を遡る力があり、そして因果を塗り潰す力がある』
(因果を塗り潰す)
『ここまで言えば、どうするかは分かるね。
さあ、唱えるんだ――』
――あの言葉を。
「……アイン・ソフ・オウル」
ミリアの呟き。それと共にミリアの周囲に無数の光が浮かび上がる。その無数の光達はミリアの周囲を数回旋回し、そしてシルカの元に殺到した。
無限光。因果を司る原初の樹の光。それらがシルカの体を覆って行き、そして視界が光に包まれていく。
そして、全ての光がシルカを覆ったところで、ミリアの纏っていた蒼い光は役目は終わったとばかりに虚空に散り、ミリアはその場に意識を失って倒れ伏した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
本当に今日は信じられない事ばかりが起こる日だ。
アルメニィは心底そう思っていた。
視界の先には倒れたミリアに駆け寄る両親の姿。その近くでは、光に包まれたシルカ。それを見守るのはカイト。その側で本来人を襲う存在でしかない魔蟲の、しかも特A級
本来信頼関係など築けないはずの魔蟲に慕われるシルカ。あれはまさにシルカの持つ固有能力なのだろう。
肝心のそのシルカだが、彼女は光の中でまるで上書きされるかのように見る見る失われた身体が再生していく。セリアラの魔法ですら崩壊を遅らせる事しかできなかったあの
(元から存在しない、か。因果を操り現実を塗り潰す。おそらく、それを可能にするのがあのセフィロトの魔法なのだろう)
アルメニィは空を見上げて大きく一息つく。
ふと、ミリア達が編入してくるひと月程前に、魔法学園にベルモールが訪ねてきた時の事を思い出す。
「実は、弟子を育ててるんだ」
聞いて目を丸くした。
「弟子? 君がか?」
「ああ。私と同じ
「それはまた珍しいな。それで、ここに来たのはその弟子の件かな?」
ベルモールは頷く。
「弟子の名はミリアって言うんだが、彼女にとんでもない力がある事が分かってね。出来ればこの学園でちゃんと学んで欲しいと思ったんだよ」
「とんでもない力ねぇ」
あの時は半信半疑だった。
だが、直接ミリアの持つ固有魔法『セフィロトの魔法』を見た今では考えが180度変わった。
(ベルモール。お前があの子をこの学園に預けた理由が今ならよく分かる。あのセフィロトの魔法。数ある固有魔法の中では特にヤバい魔法だ。絶対に裏の世界に渡すわけにはいかない。正しい知識と教養を持つ魔道士に導かなくては)
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