第34話 呼び声

――ピクッ


 まるで何かに反応したように、突然百足龍虫ドラゴンセンチピードが振り返った。戦闘中だったにも拘らず、百足龍虫ドラゴンセンチピードの向いたその先。そちらは先ほどデニスとセリアラが向かった方向。つまり、ミリアとカイトがシルカと相対している方向だ。


 時間としては数秒ほどだろう。

 キシャァァ! と雄叫びをあげて、百足龍虫ドラゴンセンチピードは身を翻しそちらに向かおうとする。


「待ちなさい! あんたの相手は私達よ!」


 その眼前を塞ぐようにヴィルナが重力魔法で無数の瓦礫を浮かせて叩きつける。だが、それを意に介さずに百足龍虫ドラゴンセンチピードは打ち付ける岩盤の雨を突き抜けた。


「ちょっと! 私達じゃあ勝負にならないって言うの!?」

「そう言うわけじゃないと思うけど」


 激昂するヴィルナを宥めるナルミヤ。


「ミリアさんの方で何かあったのかも」

「私も、そう思う」


 ナルミヤの推測にレミナも頷いた。


「じゃあ私達も合流しましょう!

 アルメニィ先生!」

「ん? 何だ?」

「地属性魔法で大き目の岩の板を作って欲しいんですが」

「岩の板? 何に使うか知らんが、その程度なら」


 アルメニィは地面に手をつき魔力を流し込む。すると地面が変質し大きな岩の板が生み出された。それを確認して、


「みんな、この岩の板に乗って!

 先生やシグノア会長達も!」


 意図が分からず顔を見合わせるシグノアとルグリアもヴィルナの言に従って岩の上に乗る。


「よし、行くわよ。

 重力魔法、『反重力』展開!」


 ヴィルナが岩の板を見つめてそう告げる。次の瞬間、ヴィルナ達7人が乗った岩の板がふわりと浮かび上がった。


「な、何ですか、これは!?」

「う、浮いてる!?」


 ヴィルナの固有魔法を初めて見たシグノアとルグリアの生徒会コンビは驚きの声を上げる。

 物を浮かせるだけならばシグノア得意の風属性魔法でも可能だが、流石に人を7人も乗せた大きな岩の塊を浮かせるのは無理だ。それ故に2人は戸惑うしかない。

 そしてさらに上書き。

 ヴィルナは百足龍虫を攻め立てた時同様に、岩の板にかかる重力の方向を前方へと切り替える。さらに倍率は2倍で。

 ヴィルナ達を乗せた岩の板は、まるで飛行の魔法さながらに前へと空中を飛び始めた。


「話に聞いていたが、これがヴィルナ君の固有魔法『重力魔法』か。便利なものだな」


 風に髪をなびかせてアルメニィはそう感想を述べた。

 ちなみに勘違いしがちだが、ヴィルナの重力魔法は飛ばすのではない。

 そう、これはである。それはつまり、落下速度は時間と共に加速すると言う事で、気付けば風を切るようなとんでもない速度になっていた。


「お、おい、ヴィルナ。何か速すぎねえか?」


 叩きつける風に表情を引きつらせながらレイダーが言う。その横を百足龍虫ドラゴンセンチピードが通り過ぎて行った。


「そ、そうね。ちょっと緩めようかな」


 流石にやり過ぎた感があったか、反重力で少し速度を軽減する。それでも十分に速く、気付けば隣にデニスが全力疾走し、セリアラが翼で飛翔していた。いつの間にか2人に追いついていたらしい。


「あっ、お前らずいぶん楽してるな!」

「乗りますか?」

「おう、少し疲れたし。セリアラ、頼む」


 ひょいとセリアラはデニスの体を抱き上げるとそのまま岩の板の上に着地した。大人2人増えたが、岩の板はビクともしない。


「これなら百足龍虫ドラゴンセンチピードよりもかなり早く着きそうだな」


 デニスが満足げに頷く。

 と、そこでルグリアがふと気づいたようにこんな問いを投げかける。


「ところで、これはどうやって止めるんですか?」

「……」


 空気が凍りついた。


「をい。お前まさか」

「あはははは、全然考えてなかったわ」


 レイダーのツッコミにヴィルナは笑って誤魔化した。それを見て、デニスは「ここにもミリアみたいなのがいたか」と呟いていたと言うのは別の話。

 やがて、速度がほとんど落ちないまま、ヴィルナ達を乗せた岩盤はミリアとカイトが戦う戦場に到達する。

 その瞬間、強烈な奇声が一同の耳から脳天に突き抜けた。




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





「ギュアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァ!」


 奇声のような絶叫が廃墟の空に響き渡る。

 やがて力を失ったように月光蝶ムーンライトバタフライは地面に墜落した。


 ミリアは月光蝶ムーンライトバタフライの魔力を探る。

 カイトの黄金の魔光オーラによって斬り裂かれた白い魔力は崩れるようにして消えていく。カイトの魔光の一閃オーラスラッシュは上手く月光蝶ムーンライトバタフライだけを断ち切ったようだ。だが、その白い魔力は想定外の行動を起こし始める。気付いたミリアは表情を歪めた。


「……これはちょっと拙いわね」


 そんなミリアの焦燥を他所に、シルカに駆け寄るカイト。


「シルカ!」

「……カイト」


 カイトに目を向けるシルカ。その表情には今までのような欲望に捕らわれた様子もなく、元の優しげな表情に戻っている。どうやら人格は元のシルカに無事戻ったようだ。

 だが、その身体は魔蟲との合成体キメラであり、月光蝶ムーンライトバタフライの一部である羽や触覚はボロボロに崩れて虚空に舞い散っていく。その散っていく残骸に、かつての邪な表情を宿したシルカの姿が浮かび上がる。こちらが今までシルカの身体を占拠していた月光蝶ムーンライトバタフライの精神体なのだろう。


――く……まさかこの私だけを攻撃できる手段があったとはね。

  人間とは実に恐ろしいものよ。

  私はすぐに消滅するだろう。だが、このままで済まさん。シルカも一緒に連れて行くぞ。

  崩れ落ちるシルカの前で絶望するが良い。

  ククク……ハハハハハ!


 そんな声を残し、月光蝶ムーンライトバタフライの白い魔力は完全に消滅した。

 そして月光蝶ムーンライトバタフライの言った通り、月光蝶ムーンライトバタフライが消え去った後も身体の崩壊は止まらなかった。


「何でだよ! 月光蝶ムーンライトバタフライだけを倒せたのに、なんでシルカまで!?」

「完全な合成生命体キメラだったからかもね」


 シルカは苦笑しながら、黒く崩れていく自分の指先を見つめていた。


 そんな時、突然ミリアの側に巨大な岩の塊が落下した。そして、放り出されるように転がり落ちる6人。したたかに打ち付けた腰をさすりながらレイダーが愚痴る。


「イッテェ、いきなり落とす奴があるかよ」

「仕方ないじゃない。強引に止めるには反重力を止めて地面に落とすのが手っ取り早いんだから」


 同じく尻を打って涙目でさすりながら言い訳をするヴィルナ。そこへ、


「重力の向きを反対にして負荷重力倍率を半分にすればゆっくりと減速すると思いますが」


 副会長ルグリアの意見。

 あ、そっか、と今更納得するヴィルナに転がり落ちた全員から冷たい目線が向けられた。


「ふう、どうやら生徒会長権限でヴィルナさんには物理学系の補習を受けさせた方が良さそうですね」


 立ち上がってパンパンと服の埃を払いつつそう述べるシグノアにヴィルナは「うげーっ」と心底嫌な顔をした。


 ちなみにアルメニィは予想していたのか問題なく着地し、デニスはセリアラに支えられてふわりと地に降り立った。

 熱で引きつった岩盤。突き刺さった氷塊。吹き飛ばされて無残な惨状の芝生。

 それらを見回してアルメニィは一言。


「それよりも、これは一体どう言う状況だ?」

「あ、アルメニィ先生!

 シルカを! シルカを助けてください!」


 カイトの縋るような声がアルメニィの耳に飛び込んでくる。。

 言われて視線を向けると、そこにはカイトに抱かれたまま横たわるシルカの姿があった。


「シルカ君、その身体は!

 ええい、それどころじゃないな!」

「私が診ます!」


 セリアラがシルカの元に舞い降り、癒しの光ヒールライトを使った。柔らかい光がシルカの体を包み込む。だが、セリアラが使う光の治癒魔法ですらシルカの身体の崩壊をほんの少しだけ遅らせる事しかできなかった。


「……私の治癒魔法でもダメとは。

 これは、おそらく呪いのようなものかもしれません」

「呪い?」


 カイトはハッとする。


「まさか、月光蝶ムーンライトバタフライの」

「おそらく、倒された月光蝶ムーンライトバタフライがシルカさんの命を一緒に道連れにしようとしているのだと思います」

「くっ、まるでが使ってきた魔法のような真似をしおって!」


 悔しげに歯噛みするアルメニィ。

 アルメニィの言うアイツが誰を意味するのかミリアには分からない。が、このままではシルカは助からない。それだけは確定的に明らかだという事だけは分かった。

 だが、今のミリアに何ができる? 自分以上の癒しの力を持つ神族のセリアラ。そんな彼女ですら手に負えないモノをミリアの力ではどうにもできない。


(大きな魔力があってもシルカ1人救えないなんて……)


 自分は、なんて無力なのか。

 そんな悲壮な心境に陥りかけた時、不意にその声がミリアに届いた。



『手を貸そうか?』



 思わずミリアは顔を上げて周囲を見回す。

 しかし、ミリアの周りにはミリアに語りかけているような人は誰もいない。それに、先程の声はまだ幼い、10歳にも満たない子供の声のように感じた。


「だ、誰?」


 戸惑うようにミリアは呟く。しかし声はその問いには答えず、こう続けた。


『彼女を助けたいんだよね。僕達なら彼女を救えるよ』

「ほ、ホントに?」

『うん』

「なら、お願い。シルカを助けて」

『それじゃあ、目を閉じて。君を今からこちらに招待するから』


 藁にもすがる思いとはこの事だろう。ミリアに躊躇いはなかった。

 いや、その声。その雰囲気に何となく覚えがあった。だからだろう。ミリアが何の迷いもなく信じる気になったのは。

 言われるがまま、ミリアは目を閉じる。意識を深くにまで沈める。導かれるままに。

 やがて、ミリアの視界は大きく開いた。



 その光景は見覚えのあるものだった。

 青白い光に包まれた世界。

 目の前にはどこまでの高さがあるのか想像もつかないような巨大な大樹。見ればその気の表面には無数の文字と輝く蒼い光が無数の帯のようにその樹から地面を伝って周囲に伸びている。

 そして、周囲には中央に聳える大樹ほどではないにしろかなり巨大な樹が森を形作っていた。

 神秘的。

 受けるイメージにはそれが最も相応しいだろう。


『ようこそ、ミリア。原初の樹セフィロトの聖域へ』


 振り返るとそこには、淡い蒼のローブを身に纏った男の子が浮かんでいた。



 

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