第33話 守る者、真の騎士の剣
その魔力の波動は
「あっちは一体何と戦ってるのかしら」
「分からん。確かカイトとミリアの相手はシルカだけだったよな」
「間違いない。でも、この力。
レミナの言葉に目を丸くしてヴィルナは振り返った。
「ち、ちょっとまってよ。
動揺するヴィルナに答えられる者は仲間内にはいなかった。
だが、その変化を察したのはヴィルナ達だけではない。その場には合流を果たした討伐隊の5人もいたのだ。
魔力の波動を感じた方向を見ていたアルメニィ。見ている先では微かに三色の幕が空間を覆い、そしてそれが弾けるのが見えた。
「今のは、
まさか、
「ち、ちょっと待て。レイダー、あそこにミリアがいるのか?」
デニスがレイダーに問いかけてくる。その声は明らかに動揺で震えていた。
「ええ、まあ」
「しかも、たった2人で
デニスの脳裏によぎったのは、
「ぬおおおぉぉぉぉぉ!
ミリアァァァ! パパが今行くからなぁぁぁぁぁ!」
まるで咆哮のような雄叫びをあげてデニスが駆け出す。その眼前を遮るように
「どけぇぇぇぇぇ!
デニスの繰り出した眩く輝く魔力を纏った拳は大木ほどの太さのある
しかし、
一にして全。全にして一を体現する
が、その攻撃が繰り出される前に、今度は上空から無数の光の矢が降り注ぎ、デニスを襲おうとした
「ミリアちゃんのピンチなんです。邪魔はしないで頂きたいですね」
上空には美しい大きな翼を広げた女神が舞っていた。ただし、その表情は笑顔ではあるものの、見る人は皆こう言うだろう。
あれは、女神の皮を被った夜叉だと。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
それは彼がまだ少年だった頃。
彼は芝生の上に座って、近くで剣を振るう青年の姿を見つめていた。青年の剣はまるで舞うかのように繊細で流麗。それでいて強さと鋭さも兼ね備えていた。
青年はふわりと体を翻し、そしてその勢いを利用するように剣で横に薙ぐ。ビシュッと空気を切り裂く音が彼の耳にも届いた。
「うわぁ、すごいなぁ!」
小さな手でパチパチと手を叩く彼に、青年はタオルで汗を拭きながら笑った。
「何だ、見ていたのか」
「うん。やっぱりお兄ちゃんって強いんだね。僕もお兄ちゃんみたいな立派な騎士になるのが夢なんだ」
「立派な騎士か」
青年は苦笑して、
「まだまださ。俺はまだ真の騎士の剣を身につけてないからね」
「しんのきしのけん?」
彼は首を傾げる。そんな彼の頭をやや乱暴に撫でて、青年はこう問いかけた。
「騎士になりたいのか?」
「うん! お兄ちゃんみたいな魔道騎士になるのが夢なんだ!」
「そうか。なら覚えておくといい」
青年は彼の肩に手を置き、
「真の騎士の剣はね、斬る相手を選ぶんだよ」
「?」
「自分の本当に斬りたい相手だけを斬り、斬りたくない相手を斬らない剣なんだ。例え、相手が2人いたとしても、その剣は本当に斬りたい相手だけを斬る。
それが守る者。騎士の持つ本当の剣の技なんだ」
「ふ〜ん」
「ははは、ちょっと難しかったかな?」
「僕もできるようになるかなぁ」
「もちろんだ。俺の弟なんだからな。
きっと、できるようになる。自信を持て、カイト」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ミリアとカイトの方でも戦いは最終局面を迎えようとしていた。
対する
カイトの纏う気配が変わったのは
「カイト、お前に攻撃できるのか? この身体を?」
「
こう頼んでも出て行ってはくれないんだろ?」
「言うまでもあるまい。私はこの身体を気に入ってるんだ。頼まれたって出て行ったりはしない。
それに、もはや私がこの身体から出るのは不可能なのだよ」
「不可能?」
「そもそも私がどうしてシルカの身体に宿ったのだと思う?
シルカの記憶を見る限り、私がシルカの身体に精神を宿したのはシルカがある薬を飲んだ時からだ。
私自身の記憶は満月の夜に闇のような真っ黒な人間と戦いそこで途切れている。どうやらその人間に敗れたようだ。そして気が付いたのはこのシルカの身体の中だ。
ここまで言えば分かるだろう。
シルカの飲んだ薬液はこの私。魔蟲『
「そんな……」
呆然と立ち尽くす。
例え
「どのようにしてももはや融合してしまったシルカの身体と私の魔蟲の身体は元には戻らない。
ならばもう戦う意味は無いだろう?」
反動が取れてきたのか、
そんな時だった。
――カイト!
どこからともなくそんな声が響いた。
「シルカ?」
「な、なんだと!?」
見上げるカイトとミリアの前で、突然
それは風属性の魔力。そう、シルカの持つ魔力の色だ。
やがてその魔力が1つの姿を形作る。それは今目の前にいる
――カイト、騙されちゃダメ!
確かに私の身体はもう元には戻らないかもしれない。
これが力を得るための代償だったのなら、それは受け入れないといけない事だから。
でも、私と
その意味は全然違うよ!
シルカの言葉にカイトはハッとする。確かに、人族であるシルカと魔蟲である
人族には理性があり、一般常識がある。
やって良い事と悪い事の分別をつけられる。
だが魔獣の一種である魔蟲は違う。
魔蟲達は常に自分の欲望に忠実に動く。奪いたい物は奪い、殺したい者は殺し、喰らいたいものは喰らう。それに関して一切の躊躇をしない。それが魔蟲の考え方だ。その考え方はシルカの身体を奪った後でも変わっていない。カイトを喰らって取り込むと告げたその事からも明らかだ。
だが――
「シルカはそれでいいのか?
もしかしたらシルカごと殺してしまうかもしれないんだぞ」
魔力で象られたシルカの表情に笑みが浮かぶ。それはまさにいつもカイトを見ていたあの幼馴染シルカ・アルラークの顔だった。
――私はカイトを信じるよ。カイトは魔道騎士になるんでしょ?
フッとカイトにも笑みが浮かんだ。
(やっぱり俺にはシルカが必要なのかもな)
カイトは剣を握り直し、そして真っ直ぐに
「悪い、どうも弱気になってた。
お前がシルカの姿をしていようが、魔蟲であるお前が魔蟲の本能で行動していればいずれ誰かに狩られるだろう。そんな事はさせられない。
お前は、この俺が倒す!」
――カイト……
「チッ、余計な事を。
シルカ、ここまではお前の意志を尊重して行動したがもうそれも終わりだ。
これからは私のやりたいようにやらせてもらう。お前は引っ込んでいろ!」
「いいだろう。ならばこの場でカイト、お前を殺し喰らってやる。そうすればその絶望でシルカ自身の精神も完全に生きる力を失い二度と表には出て来れなくなるだろう」
「そうはいかない。俺は、絶対に負けられない」
カイトは目を閉じる。
かつて子供の頃、兄であるライエルに聞いた剣の極意。
『真の騎士の剣は斬るものを選ぶ。斬りたいものだけを斬り、斬りたくないものは斬らない剣。それこそが、守る者である騎士の扱う真の剣の極意なのだ』
今なら分かる。その剣の極意が。
視界を閉じる事により純粋に魔力のみを感じ取る。これまでデニスが課した修行で練習した事だ。
それにより感じ取れる魔力。
背後に何かに無理やり押さえ込まれているかのような光り輝く七色の魔力。これはミリアのもの。
遠くにはミリアほどの輝きはないものの、同じ七色の魔力が1つに白い魔力と白銀の魔力が1つずつ。これはアルメニィ学園長とミリアの両親であるデニスとセリアラのもの。物凄い勢いでこちらに近づいてくる。それに追随する形で4つの魔力がある。こちらはアザークラスの4人だろう。
そして、目の前。
緑色の魔力とそれを覆い隠そうとする邪な感じがする白い魔力。
(……分かる。あれがシルカと
兄さん、分かったよ。兄さんの言っていた剣の極意が。これなら、斬れる。
剣を構えるカイト。その剣に魔力が結集していくのが、傍で見ていたミリアには感じられた。
やがて無色のはずの無属性魔力はカイトの闘気と融合して黄金色の輝きを放ちだす。
(凄いわね、カイト。本気を出したパパと同じ黄金色の
でも、一手足りない。
……無理してでも私がやるしかない)
一方のカイトは魔光を宿した剣を振りかざし、そして魔力を足に流してブーストを掛ける。そして一直線に
「そんな猪突猛進で一直線な攻撃にこの私が当たるとでも」
嘲りながらも
「えっ!?」
何もないはずの空中で動きを止められるはずが無い。戸惑いの目で周囲を見回しハッとする。
その背後の空中、周囲の瓦礫や柱から伸びる氷の蔦。それによって編まれた巨大な網。
今の
キッと憎しみの篭った視線を向けた先で、ミリアが得意げに笑みを浮かべる。傷が開いたためか、魔法を使った腕からかなりの出血を伴ったまま。
「リーレの得意技
シルカを救うのよ、カイト」
「ありがとう、ミリアさん。
さあ、終わりにするぞ、
「や、やめろカイト! シルカの身体がどうなっても良いとでも言うのか!?」
「今の俺には見えてるんだ。
そして、今の俺にならきっとできるはず。
斬りたいものだけを斬り、斬りたくないものは斬らない。その真の騎士の剣が」
カイトは黄金の
「斬るべき相手は
斬り裂け!
一太刀。
カイトの無属性の魔力相手では
振り下ろした剣から放たれた黄金の剣閃は縦に両断するように
その瞬間、まるで劈くような奇声のような絶叫がシルカの口から響き渡った。
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