第9話 動き始める事件



 ミリア達がベルモールの依頼でメノン山地にフロムエージェを採りに行ってから1ヶ月の月日が過ぎた。

 今日もミリアはほとんど日課となっている朝食を作るために、朝から薬局エミルモールにいた。


「ミリア、悪いけど今日も店番を頼む」


 と、奥から魔道士姿のベルモールが現れた。


「もしかして、また魔道法院の用事ですか?」

「そういう事だ」

「今月に入ってもう10回目じゃないですか。何かあったんですか?」

「ん~、悪いがそれは言えん」

「……」


 ジト目で睨むミリアにベルモールは苦笑する。


「何だ、ミリア。そんな目をしても教えられんぞ」

「ベルモールさん、まさか魔道法院のお世話になるような事をしたんじゃないでしょうね? 人には言えないあんな事とかこんな事とか。または禁断の魔法を使ったとか」

「お前は自分の師匠をもう少し敬ったらどうなのだ、全く。それに……」

「それに?」


 じ~っと見つめるミリアにベルモールは咳払いをひとつ。何となくわざとらしい。


「あ~、いや、別になんでもないぞ。用事の内容は機密なのでね。悪いが教えられん」

「機密ですか」

「そう、機密。枢機に関した秘密、略して機密だ。

 それじゃあ、行ってくるから。もし私が帰ってくる前にどこかに出かけるのならニャーミに店番を任せるといい」


 そうミリアに告げ、魔道士のマントを翻してベルモールは店を出て行った。


「気になる。一体何の用事なんだろう」


 ベルモールが出て行った入り口方向を見つめながらミリアはそんな事を考えていたが、まあそれを知ったからと言ってどうなるわけでもないと考え直していつものようにカウンター前に腰を下ろす。

 まずは毎朝定番の新聞での情報収集だ。


「さて、今日は何か面白い記事は……」


 面白げだったミリアの目が新聞の最初のページを見た途端に驚いたように見開かれる。


――邪竜ベルゼドの鱗、盗難される!


「ベルゼドの鱗が盗難?」


 ミリアは覆いかぶさるように記事を凝視する。

 記事によれば、盗難事件があったのは今からニ週間ほど前。警備していた魔道法院達が何者かに気絶させられ、気が付いたら鱗が展示場から無くなっていたと言うのだ。魔道法院は混乱を避けるために今まで内密に捜査を続けてきたが、さすがに博物館から無くなったと言う事実をいつまでも隠しておくわけにもいかず、一般公開に踏み切ったという事らしい。


 それにしてもとミリアは思った。

 歴史的な大発見である邪竜ベルゼドの鱗。博物館とは言え、その警備は一般の展示品に比べると並ではなかったはず。つまりはそれだけの警備員を多く配置していたはずなのだ。

 事実、ミリア自身、エクリアやリーレと一緒に博物館に観覧しに行った時、その際に見かけた魔道士だけでも見回りが8人に鱗の周りに4人。計12人の魔道士が鱗の警備に当たっていた。それも階級が賢者ソーサラーの魔道士がだ。

 そんな分厚い警備にもかかわらず、鱗を盗まれるなど一体誰が想像できようか。魔道法院直属のソーサラーである以上、無能なんて事はまずありえないはずだ。

 どんな方法で盗んだかはともかく、今分かる事は、少なくとも盗んだ犯人が只者ではないと言う事くらいだろう。


「……まあ、私がいくらこんな事考えたところで何もできないんだけど」


 誰にともなく呟いて、ミリアは新聞を畳む。

 今はとにかく自分の腕を磨く事。いつかはこういう大きな事件を捜査できるようになるためにも。




 ミリアは気を取り直して手持ちの魔道書を開いた。

 今回勉強に使う書物は紋章術の魔道書だ。

 魔法の中には描かれた紋様によって決められた効果を発揮するものが存在する。紋様の種類は多数存在するが、それらを総称して紋章術と呼んだ。

 今ミリアが見ているページに書いてある項目は、『魔力の調整と封印の紋章』について。紋章術には対象の魔力自体を自由に制御できる紋章が存在する。それがこのページに書いてある内容だった。

 魔力調整の紋章とは、紋章に施された効果によって術者自身の意思により放出する魔力を調整する技術。そしてもう1つの魔力封印の紋章とは、対象の魔法による魔力放出を術者によって指定した量に固定化する技術だ。さらには魔力霧散なんて言う紋章術もあり、これに至っては対象に影響を与える魔力自体を霧散し無効化させるため、魔法にかかる事もなければ使う事もできなくなる。いわゆる魔道士を拘束する際によく使われる紋章術だと言う事だった。


 ふとミリアは自分の首から下がっている首飾りに目を移す。この首飾りはベルモールから渡された物で、常に首から下げておくようにと言われている。その宝石部分には魔道書に描かれている魔力封印の紋章が刻まれていた。


「ベルモールさんも結構たくさんの技術を持っているんだなぁ」


 ちょっとやってみようかな、とミリアはバックから魔水晶とランプを取り出した。このランプは魔力変換の技術と光の魔法効果を併用して明かりを灯すタイプの物だ。そしてその原料となる魔力媒体が魔水晶という事になる。つまり、この魔水晶自体に魔力制御や魔力封印の紋章を描き込んだ場合、ランプの明るさが変わってくるのである。

 とりあえず最初はそのまま魔水晶を組み込んで明かりを点けてみた。すると、眩い光がランプから放たれ店内を明るく照らす。まあ、これが普通の動作だ。壊れてない限りは明かりが点くのが当然である。

 続いて魔水晶を取り外し、そこに魔力封印の紋章を描き入れてみる。ミリアは魔道書と見比べながら注意深く紋章を描き込んでいった。


「こんなもんかな」


 紋章を描き込んだ魔水晶をランプに装着し、スイッチを入れた。パッと明るい光が部屋を照らす。だが、その光は先ほどと比べてほとんど変わっていないように見える。


「あれ? おかしいな。放出魔力を半分にまで抑えるように設定したのに」


 魔力放出を半分に制限したのだから、光の強さも半分になるはずだった。つまり、現段階ではちゃんと魔力封印の紋章術が作用していないと言う事になる。

 ミリアはランプから魔水晶を外し、もう一度魔道書の紋章と見比べてみる。だが、彼女の目にはどこが違っているのか全く分からなかった。

 視線で貫通するほど魔道書と魔水晶を凝視しながらう~んと唸っているミリア。そこへ、


「何唸ってるの、ミリア?」

「へ?」


 顔を上げると、いつの間にかそこにはエクリアとリーレの姿があった。


「あれ? いつ来たの?」

「いつって、ついさっきだけど。気づかなかったわけ?」

「あはは、私って集中すると周りが見えなくなるみたい」


 能天気に笑うミリアに、おいおいと突っ込みを入れるエクリア。


「そんなのじゃ店番としてどうかと思うんだけど。誰かに商品を盗まれたらどうするのよ」

「それなら大丈夫。ベルモールさんがここの商品全部にトラップしかけてるから。ここの店においてある薬って最後にある処理を施さないと猛毒になるんだってさ」

「も、猛毒?」

「最後にその解除処置を施さないまま飲んでしまうと、その人の体内からほとんどの魔力を薬に奪い取られて廃人になってしまうんだって。ほら、魔力と精神力は2つで1つだから」

「なるほどね。許容範囲以上の精神力を奪われれば、そりゃあ廃人にもなるわ。でもそんな危険なトラップ、客商売として大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないかな。ベルモールさんは、『店から勝手に商品を持ち出すような悪党に人権はない』とか、『魔力を吸い取った後は毒は一般的な薬になって体内に吸収されるから証拠が残らない』とかそんな事を言ってたし」

「前者はともかく後者は犯罪者の発言な気がするけど……」


 この店の薬、その内裏社会で取引されるんじゃないかと不安に思うエクリアだった。


「それに、壁にそれに関しての注意書きもちゃんと貼ってあるからね。私がここに来てから今までの間では盗みを働いた人はいないわ」


 エクリアはチラッと横目で壁の張り紙を見る。そこには『無断で持ち出した場合、死のうが廃人になろうが当店は一切の責任を持ちません』とか物騒な事が書いてあった。


「このお店って危険な所だったんですね。私、ちっとも知りませんでした」


 ジッと張り紙を見つめながら、リーレが真顔でそんな事を言った。


「いや、普通に買い物をすれば全然危険じゃないんだけど」


 やっぱりリーレはちょっとズレてるなと思うミリアだった。


「ところで何を調べていたんですか?」

「ちょっとね。魔力封印と魔力制御の技法について調べてたのよ」

「魔力封印か……」


 そう言えばとエクリアはベルモールが言っていた事を思い出す。


「ミリアってベルモールさんに魔力を封じられているって聞いてるんだけど」

「うん。大体7割くらい封じてる。この首飾りなんだけど、ほら、この宝石のところ」


 首から下がっている首飾りを2人の目の前に持ってくる。リーレとエクリアもそれを見て、中に何かの紋章が描き込まれているのに気がついた。


「これって」

「そう。これが魔力封印の紋章。この首飾りを身に付けている限り、最大でも3割の力しか使えないのよ」


 この首飾りを外してしまえば全開で使えるんだけどね、とミリアは付け加える。


「その首飾りにそんな力があったのか。てっきりミリアのいい人のプレゼントかと思ってたわ」

「いい人って?」

「例えば、想い人とか」

「あはは。残念だったわね。そんなロマンティックな物じゃなくて」


 と、その時ふとリーレが思い出したように呟く。


「そう言えば、エクリアちゃんもブローチを持ってましたよね。ルビーの宝石の入った」


 リーレの言葉に今度はミリアがニヤリと笑う。


「ふ~ん、ブローチねぇ」

「常にかかさず持ってるって言ってましたよね」


 悪意の全く無いニコニコ顔のリーレに、正反対に何かをたくらんでいる彼女の師匠顔負けのニヤニヤ顔をしているミリア。弟子は師匠に似るとはよく言ったものである。


「こっちもそんなロマンティックな物じゃないわよ」


 言って、エクリアは懐から赤い宝石の入ったブローチを出して見せた。


「これはあたしがエクステリアの街に修行に出る時に、お父様が下さったブローチなのよ。火を司るルビーの宝石を施したブローチ。あたしのお守りであり、そしてお父様のような一流の魔道士になる決意の証でもある物なの」


 エクリアはブローチを大切そうに握り締める。

 なるほど、とミリアは思った。

 あのブローチは彼女にとっては目標とする人からのプレゼントであり、目標へと歩むための道標でもある。だから、エクリアは常にあのブローチを持ち歩いているんだろう。どんな時でも、自分の目標を見失わないために。


「と、話の腰を折って悪かったわね。それで何をしているところだったの?」

「うん。折角だから、この魔力の制御を実際に使ってみようと思ってね。こうして実験をしてたんだけど」


 言いつつミリアは魔水晶をもう一度ランプにセットし、スイッチを入れる。再び明るい光が店内を照らした。

 2人は照らし出された店内を見回しながら、


「どこかおかしいの?」

「この魔水晶には今魔力封印の紋章を放出量5割の設定で描き込んであるんだけど、効果が全然出てないのよね。だから何が違ったのかこうして見比べてるんだけど」


 ミリアは魔水晶を外して、また魔道書に描かれた紋章と見比べる。それを一緒に覗き込んでいたリーレがふとある事に気付いた。


「一番外側のこの文字、ちょっと違いませんか?」

「え?」


 言われて見比べてみると、確かに線が1本足りないようにも見える。しかし、それは本当に小さな部分で、パッと見ではほとんど気づかないくらいだろう。


「よく気づいたわね、リーレ」

「えへへ」


 感心したように言うエクリアに対し、リーレは照れたように笑っている。


「じゃあちょっと付け足してみるね」


 ミリアはルーペを覗き込んで、足りない線を1本付け足す。すると、一瞬紋章全体が赤い光を放った。


「おっ、今度は良さそう」


 期待に胸を膨らませながら、ミリアはその魔水晶をランプにセットする。スイッチを入れると再びランプが光を放ち始めた。その光は明らかに前回の光よりも弱い。


「効果が出た!」

「やりましたね、ミリアちゃん!」


 喜ぶエクリアとリーレに対し、ミリアはやや神妙な顔で、


「う~ん、あんな小さな線1本足りないだけで効果が出なくなるなんて。紋章術って難しいね」

「紋章術の紋章には、部分部分にそれぞれちゃんとした意味があるらしいわよ。どれがどういう意味があるかまでは知らないけどね。その魔道書に書いてなかった?」

「あはは。実はね、部分ごとの意味についてはたくさんありすぎて後回しにしちゃったのよね。やっぱり最初から全部読まないとだめかぁ」

「上達に近道はない。何事も基礎は重要です」


 うんうんと2人も頷く。

 さて、とミリアは魔道書を閉じ、


「ところで今日は『青の水鳥亭』で何か依頼がないか見てから来るって言ってたよね。何かいい依頼あった?」


 そう問うと、思い出したようにエクリアが言った。


「あ、肝心な事を忘れるところだった。ミリアはこの後から時間取れる?」

「この後? 店番はニャーミに任せればいいから大丈夫だと思うけど」

「ちょっと急ぎの依頼があってね。これなんだけど」


 それを聞いて、エクリアは肩から下げたバックから依頼書を取り出してミリアに見せた。


「人捜し?」

「出来るだけ早く依頼者が来て欲しいと言ってるらしいのよ」

「なるほどね。で、依頼者はどこに?」

「今、『青の水鳥亭』に来てもらってる」

「分かった。じゃあ、少しだけ待ってて。ニャーミに店番頼んでくるから」


 言って、ミリアはすぐに窓辺で日向ぼっこしているニャーミに店番をお願いする。やや面倒くさげにあくびをするが、「分かったニャ」とカウンターの上に飛び乗った。


「よし、じゃあ行こう」


 こうして、ミリアはエクリア、リーレの二人と一緒に『青の水鳥亭』へと向かうのだった。


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