第10話 焔の街に消えた魔道士達
魔道士の街エクステリアの北部にあるフレイシア地方。
この地方の荒野で赤い竜の鱗が発見された。
かつて千年の昔、世界を震撼させた凶悪な火竜族の王『邪竜ベルゼド』。
千年前の伝承の証明かと世間を騒がせる。
だが、それは大きな事件の始まりに過ぎなかった。
エクリアの言う依頼人は『青の水鳥亭』一番奥の席に座っていた。その人物は年齢が二十代後半くらいの男性で、なにやらそわそわと周りを見回している。3人はその人物の元へ行くと、まずエクリアが声をかけた。
「お待たせしました。確かグリエルさんでしたね」
「ああ、エクリアさん。すいません、急がせてしまって」
「いいえ、構いません。あ、紹介します。チームメイトのミリアです」
「ミリア・フォレスティです。初めまして」
「こちらこそ初めまして」
3人はグリエルと向かい合うように席に着く。
「すみませんが、詳細をもう一度説明していただけますか」
「分かりました」
エクリアに促され、グリエルは説明を始める。
彼が言うにはこうだった。
依頼内容は人捜し。対象人物は彼の恋人であるリアナ・メイリストと言う女性だ。
彼女が行方をくらませたのは、エクステリアの北にあるフレイシアの街。リアナは仕事でその街を訪れていたのだが、予定期日から1週間近く過ぎても戻って来ないので心配になって依頼を出したという事だった。
「ちょっとお尋ねしてもいいですか?
そのリアナさんのお仕事ってどういう関係のものだったんですか?」
ミリアの問いに、グリエルはやや言い難そうに、
「実は、私もあまり詳しい事を知らないんです。彼女もその辺の事はあまり教えてくれませんでしたから」
「教えてくれない? 恋人なのに?」
「ええ。ただ、『機密』だとしか」
機密。最近ベルモールから良く聞く言葉だとミリアは思った。最近のベルモールの用事とも何か関係あったりするのだろうか。ミリアは思い切ってその事について聞いてみる事にした。
「もしかして、リアナさんって魔道法院に所属している魔道士だったりします?」
「ええ。確かに彼女は魔道法院に所属しているって前に言ってました」
よく分かりましたね、とグリエルはやや驚いたように言う。
「リアナさんの仕事がただ長引いているだけって可能性はないんですか?」
「たぶん違うと思います。リアナは長引く時は必ず連絡をくれましたから」
う~んと考え込む3人。
「ここからは実際に調べないと分からないわね」
エクリアの意見に2人は頷く。
「それじゃあグリエルさん。依頼は確かにお引き受けしました。依頼料は依頼書に書いてある通り、一人400ルーンでいいですか?」
「はい。よろしくお願いします」
「全力を尽くします。あ、リアナさんのこの写真は頂いてもいいですよね?」
「どうぞ。持って行ってください」
こうして、ミリア達はリアナの写真を受け取ると、エクステリア駅からフレイシア行きの列車に乗り込んだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
赤の街フレイシア。
土地柄火の精霊の加護を強く受けており、基本的に火に関する魔法技術の研究がされている。その街並みは赤煉瓦で組まれた建物が軒を連ね、さらに大通りの左右からは、ずらっと並ぶ街灯の揺らめく火が街を照らしていた。
街灯の炎と赤煉瓦で街全体が赤く染まったように見える。赤の街と呼ばれる所以はその辺りにあった。
ミリア達がこの街に到着したのは、もう日が暮れる寸前だった。ひとまず調査は明日からする事にして、宿泊場所を探す事にする。
と、ここでエクリアが二人に提案した。
「みんな、折角フレイシアに来たんだから、今日の宿泊場所はあたしの実家にしない? 実家ならお金もかからないしさ。そのほうがいいでしょ?」
ただより安いものはない。断る理由もなく、ミリアもリーレもその意見に賛同する事にした。
その道中、ふと今朝方新聞で見た記事に関してエクリアに問い合わせてみる事にした。もちろん、その記事とはベルゼドの鱗の盗難事件の事である。
「そう言えば、今朝の新聞見た?」
「私も見ました。何だか大変な事になってましたね」
「ああ、鱗の件ね。博物館から盗まれたって言う。
どうにも容疑者の中にはお父様も含まれてるらしくて、よく魔道法院の役人が聴取に来てるって言うわ」
「グレイドさんが? 何で?」
「多分、発見者だからじゃないの? 大方手放す事が惜しくなったなんて考えてるんでしょ。
大体何で盗難事件の時だけあたしの所まで記者達が来るのよ。発見した時は一度も来なかったくせに」
愚痴りながら剥れているエクリア。
(あ~、やっぱり記者に来て欲しかったんだ)
「何よ、ミリア。その師匠譲りのニヤニヤ顔は」
「ん~ん、別に何でもないよ」
ジト目エクリアの視線をさらっと流すミリアだった。
そんなこんなで、3人はエクリアの実家のフレイヤード邸までやって来た。
フレイヤード家のお屋敷はフレイシアの街の外れに建っていた。その大きさはまさに領主館顔負け。さすがは領主グレイド・フレイヤードの屋敷だとミリアは思った。
「うわぁ~、エクリアちゃんのご実家も大きいですね」
「『も』と言ったか、『も』と」
リーレも水の街ウォータミア周辺を治める領主ローレンス・アクアリウスの娘だ。となると同じくらいのお屋敷に住んでいたとしても決しておかしくはない。
「……世の中不公平だわ」
1人、両親がそう言う特別な地位にないミリアは心の中で涙するのであった。
ちなみに、ミリアは自分の両親が元大魔王候補と三大女神という事は知らない。元々、両親2人はそう言う地位に関してはほとんど無頓着だったし、何より父デニスは大魔王の後継者争いに嫌気がさして魔界を出たため、ミリアにもその事については何も話していなかったのだ。
何はともあれ、エクリアが入り口のドアベルを鳴らした。すると、しばらくして中から侍女らしきエプロンドレスに濃紺のロングスカート、メイドキャップを身に付けた女性が扉を開ける。
「どちらさまでしょうか?」
「あたしよ、フロン」
「あっ、これはエクリア様。戻って来られたんですか?」
フロンと呼ばれたメイドの女性は表情を緩ませる。
「ちょっと依頼でこの街に用があってね。
そうそう、こっちはあたしの友達のミリアとリーレよ」
「ミリア・フォレスティです。初めまして」
「リーレンティア・アクアリウスです。リーレと呼んでください」
ミリアとリーレは揃って礼をする。
「フロンです。以前まではエクリア様のお世話をしておりましたが、修行のためにお屋敷を離れてからは雑務全般を担当しております」
2人の前で丁寧にフロンは礼をした。
「ところでフロン。お父様はいる?」
「はい。グレイド様は自室にいらっしゃると思います」
「お父様に聞きたい事があるから、取り次いでくれる?」
「はい」
こうして、フロンに案内されたミリア達は、屋敷の3階にあるグレイドの自室前にやって来た。フロンがおもむろに部屋の扉をノックする。
「グレイド様、エクリア様がいらっしゃいました」
「エクリアが?」
中からやや低めの渋い声が聞こえてくる。
「分かった。中に入れてくれ」
「はい」
そう言って、フロンは扉を開けて入室を促す。
室内には多数の本棚が並び、難しそうな書物が大量に陳列されている。そしてその中央にあつらえられた机にはかなりの量の書類と格闘する男性魔道士の姿があった。エクリアと同じ赤い髪をオールバックにした、見た目50台後半の魔道士。彼こそが『火のロード』、グレイド・フレイヤードその人だった。
「お久しぶりです、お父様」
「うむ、よく戻ったな。魔法の修行は順調か?」
「はい。一応は」
そうかそうかと頷くグレイド。それから視線をミリア達の方に移し、
「ところでそちらのお嬢さん方は?」
「私の友達でチームメイトのミリアとリーレです」
エクリアに紹介され、よろしくお願いしますと礼をする2人。グレイドも「うむ」と頷き、2人をまるで値踏みをするような目で順に見回す。
「……なるほど。素晴らしい才能を持ったお嬢さん方のようだ。エクリアもいい刺激になるだろう」
「そ、そうですか?」
「あはは、エクリアちゃん。褒められてしまいました」
「調子に乗らないの」
2人の反応にうむうむと頷き、
「ところで、連絡もせずにいきなり戻ってくるとは珍しいな。何かあったのか?」
「はい。ちょっとお父様に聞きたい事がありまして」
「ほう、聞きたい事とな?」
「私達、今リアナと言う女性を捜しています。そのリアナさんがこの街で行方不明になったと言うので、お父様は何か情報を得ていないかと思いまして」
「失踪事件か……」
それを聞いてうんざりしたようにため息をつく。
「お父様?」
「この大量の書類が見えるだろう。これは全部その失踪事件に対する報告書だ。
実はな、この街で失踪している人は1人2人ではない。実に二桁にも上る人が失踪しているのだ。それも、全員が魔道士と言うおまけつきだ」
「えっ、それじゃあリアナさんはその内の1人に過ぎないと言う事ですか」
「そう言う事になる。しかもその失踪者の中にはほとんど廃人のような状態で発見された者もいる。犯人の情報も全くない。今のところは完全にお手上げ状態だ」
それを聞いて3人は顔を見合わせる。
「何だか大事になりそうな気がしてきた」
「これからどうします?」
「とにかく、まずは情報を集めないと。そうね、今日の夕食は情報収集も兼ねて酒場に行きましょう」
「えっ、折角こんなお屋敷に来たのにここの料理を食べれないの?」
「あのね。この街に何しに来たのよ。料理よりも依頼が先」
至極当然の事だが、あくまでミリアは不満顔。ぶーっと頬を膨らませている。
「この件が無事に解決したらご馳走してあげるから」
「本当? 約束だよ!」
「はいはい」
「よ~し、じゃあ頑張るぞ~!」
途端にやる気全開のミリア。非常に現金な性格だった。
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