第8話 依頼結果報告



 その後、3人はその根っこから必要分だけ切り取って保存袋に入れると、1日かけてフィルンの町に戻ってきた。ミリアの姿を見た食料品店のおばさんがすぐに出迎えてくれる。


「あれまあ、無事に戻って来れたんだね。心配してたんだよ」

「えへへ、ただいまおばさん」


 ミリアは照れたように笑い、ぺこりと礼をする。


「噂の霧の化け物はいたかい?」

「あれの正体は霊草フロムエージェでした」

「霊草って事は植物かい?」


 フロムエージェを知らないおばさんは首を傾げるのみ。それにミリアは説明を加える。


「薬草が突然変異を起こして巨大化した植物型の魔獣、それがフロムエージェです。退治してきましたが、再生能力を持っているのでいずれは復活するって話ですけど、木っ端微塵にしたので少なくとも2、3年間は出てこないと思います」

「じゃあ少なくともその間はあの辺までは行っても大丈夫って事だね」


 問いにミリアは頷いた。


「でも、2、3年とは言いますけど正確な期間は分からないので、もし行くなら護衛を雇うなりの対策を忘れないようにしてくださいね。あと、これお土産です」


 道具袋からたくさんの山菜を取り出しておばさんに手渡す。それを見ておばさんも目を丸くした。


「すごいわねぇ、全部おいしい山菜ばかりだよ。山菜に似た毒草も結構あるんだけど、よく見分けられたねぇ。よかったら店で働かないかい?」

「あはは、お気持ちはうれしいんですが遠慮しておきます。一流の魔道士になるのが夢なので。

 それに見分けられたのはたまたまですよ。この植物図鑑もありましたから」


 図鑑を見て、「あらっ」と反応する。


「これ、ベルモールさんの図鑑じゃないの」

「ベルモールさん知ってるんですか?」

「あの人も良くここに来てたからねぇ。あなた、ベルモールさんのお知り合いかい?」

「ベルモールさんは私の師です。あ、私、弟子のミリア・フォレスティと言います」


 自己紹介が遅れましたとミリアは頭を下げた。


「なるほど。ベルモールさんのお弟子さんね。ベルモールさんは元気?」

「はい。とっても元気です。多分、ベルモールさんが病気になったらこの世界エンティルスが滅びると思います」

「あっはっはっはっは。面白いお弟子さんだね。

 ベルモールさんもメノン山地にはよく薬草を採りに来てるんだよ。その時に、うちの店に食べ物を買いに来てくれてるんだ。

 そう言えばベルモールさんも大量の食料を買い込んでたわねぇ。弟子は師に似るって言うのかね、こういうのって」

「これが普通だと思ってたんですが……」

「とにかく、この山菜はありがたく頂くよ。ただで貰うのもアレだから、そうだねぇ。300ルーンで買い取るって事でどうだい?」

「え? お金ですか?」

「物事は全てギブアンドテイクだろ? 遠慮せずに貰っておきなって」


 おばさんは恐縮するミリアの手に300ルーンを手渡した。思わぬ臨時収入だった。


「あ、ありがとうございます」

「もしまたメノン山地に用があれば、その時に山菜を採ってきたらうちが買い取ってあげるよ」

「分かりました。その時はお願いします」


 ミリアはもう一度礼を言って、待っていたリーレ、エクリアの2人と共に商店街を後にした。







 それから、3人は植物図鑑を図書館に返却してからフィルンの町で一泊し、翌日の朝にエクステリアに向かって出発。そして、定刻通りにお昼ごろエクステリアの駅に到着した。


「さ~て、それじゃあベルモールさんに報告に戻りますか」


 ぐぐーっと背伸びするエクリア。

 依頼任務は依頼者に結果報告をして初めて完了となる。今回は依頼人はベルモールなので、ベルモールに目的のフロムエージェの根を納品する事で完了と言うわけだ。


「ついでにベルモールさんに一言二言文句を言ってやらないと。フロムエージェが大型の植物魔獣って、そんな重要な情報を黙っていたなんて。下手したら私達まとめてあれのエサになるところだったじゃない!」


 人ごみに溢れるエクステリア駅を歩きながら、そんな事を決意しているミリアだった。


「あ、あはは……」


 まさかミリアの話が本当になるとは全く思っていなかったエクリアもリーレもただ乾いた笑いを浮かべる事しかできなかった。


 そして舞台は商業区の薬局エミルモール。

 ドスドスと音が鳴りそうな足取りで入ってきたミリアを出迎えたのは、ベルモールではなく彼女が生み出した黒猫型魔道生命体ホムンクルスのニャーミだった。


「いらっしゃいませニャ」

「私よ、ニャーミ」


 ミリアに気付いたニャーミはやる気なさげにカウンターに寝転がった。


「ニャんだ、ミリアか。挨拶して損したニャ」

「お約束通りの対応どうもアリガト。ったく、その辺のやる気の無さはベルモールさん譲りなのかしらね、ホントに。それで、ベルモールさんはどこ?」

「マスターは今出かけてるニャ」

「どこへ?」

「魔道法院ニャ。朝から出てったニャ」


 また魔道法院か。今度は何の用事なんだろう。

 そんな事を考えても仕方ないので、とりあえずカウンターにつく。続いてエクリアとリーレも近くの椅子に座った。


「ニャーミはもういいわよ。後は私達で店番するから」

「そうかニャ? それじゃあ、アタシは奥で寝てるニャ」


 そう言ってヒラリとカウンターから舞い降りると、店内の奥へと引っ込んでいった。

 さて、とミリアは一先ずカウンターの上に畳んである新聞を開く。情報収集は重要なのだ。

 その新聞の最初の1ページ目に、あの竜の鱗の記事が載っていた。


「あ、エクリアちゃんのお父様が見つけた赤い竜の鱗の記事ですね」

「何か進展があったの?」


 リーレとエクリアが肩口から覗き込んでくる。ミリアは2人にも見えるようにカウンター上に新聞を広げた。


――竜の鱗。魔道法院管理下に置かれる。


 フレイシア地方の北部で発見されたベルゼドの物と思われる竜の鱗は魔道法院管理下に置かれ、一通りの調査が済み次第エクステリアの街にある魔道博物館に寄贈されるらしい。その後、近い内に一般公開されるだろうと記事にはそう書いてあった。


「竜の鱗、とりあえずエクステリア博物館に納められるんだって。見に行くなら今の内かな」

「私も竜の鱗見てみたいです」

「そうね。折角一般公開されるんだから、あたしとしても見ておかなくちゃ損ってもんね。なにぶん、あたしもお父様から実物は見せてもらってなかったし」


 記事によると、一般公開はだいたい1、2週間後に予定されているとの事だった。まだ先の話になりそうだ。


「さてと、他に目ぼしい記事はないみたいだし、ベルモールさんが来るまでまた魔法の勉強でもしてようかな」

「そうね。一流の魔道士になるためにはひたすら修練あるのみ」

「で、今日は何をします?」


 リーレの問いに対し、ミリアは一冊の分厚い書物を取り出した。


「これは何の書物?」

「魔道技法についての本よ」


 ミリアは2人の前にその本を広げる。


「魔道技法って魔法を使う時の技術関連の事よね。何か面白そうなのあった?」

「う~ん、どれもこれも今の私達じゃ難しそうなのよねぇ。まだ私達って階級は見習いマージに過ぎないじゃない?」

「まあ、普通は正魔道士セイジ以上の魔道士が読む書物だからね、これは」

「でも……」


 ミリアはペラペラとページを捲っていき、あるページに来たところで手を止める。


「これなら私達でも使えないかなと思ったんだけど、どうかな」

「どれどれ」


 エクリアとリーレはミリアが指差した場所を覗き込む。


「魔力収束?」

「元々、格上の魔道士や魔法耐性の高い相手に相対する時のための技術だったみたい。この魔力収束って過去にあった第2次アーク戦争時代に生み出された技術だし」


 アーク戦争とは、かつてエンティルスで起こった魔道士同士の大規模な戦争の事だ。

 経緯はどうかはもう情報がほとんど残っていないのだが、とあるアークの魔道士が魔道士界に対し戦いを挑み、それを魔道法院や魔道士協会の魔道士達が迎え打った。

 敵のアークはゴーレムの魔道技術や召喚魔法を用いて多数の軍団を作り出し魔法界の勢力を圧倒したが、最終的には魔道士達で結成された魔道士連合による攻撃よって打ち倒されたらしい。それが第1次アーク戦争。

 それから数年後、倒されたアークの魔道士がその激しい執念と怨念から亡霊魔道士リッチとなり、ゴーレムや召喚獣、さらにそれにプラスして冥界のファントムまでも呼び出してエンティルスを荒らし回った。その結末は、激しい攻防の末、残る3人のアーク達によってどこかに封印されたと言う。それが第2次アーク戦争と呼ばれる戦いだ。

 魔力収束はその第2次アーク戦争において高い魔法耐性を持つ召喚獣やファントム達を殲滅するために生み出された技術だと、書物には書かれていた。


「でもこれって複数の魔道士が術者に対して魔力を集中させ、それを術者が纏め上げて放つ技よね。そんな莫大な魔力を制御するなんて事できるのかしら?

 それに、この魔力収束を使うには術者に多数の魔道士が放つ魔力を保有できるだけの魔力容量が必要になるわ。それについては……」


 言いかけて、エクリアにはミリアが何を言いたいかが何となく分かってしまった。


「なるほど。ミリアが使うって訳ね、この魔力収束を」


 魔力容量は保有魔力に比例して大きくなる。元から莫大な魔力を持っているミリアならば、その容量だって言わずとも知れた事。それを考えれば、ミリアならば現時点でも使えなくはないかもしれない。

 ただ問題は、


「でもミリア、これ制御できるの?

 自分の魔力でさえもちゃんと制御できてないのに、そこにさらに他の人の魔力までも上乗せされるのよ?

 とてもじゃないけど制御できそうにない気がするんだけど」

「まあ、その辺はほら、練習あるのみじゃない?」


 ケラケラと能天気にミリアは笑う。

 と、その時、


「おいおい。今度はソーサルアリーナの特別室までも吹っ飛ばす気か?」


 入り口方面にはやや呆れ顔で歩いてくるベルモールの姿があった。


「お帰りなさい、ベルモールさん」

「またまたお邪魔しています」

「ん、構わんよ」


 はっはっはと笑うベルモール。それに対し、ミリアは道具袋の中からフロムエージェの根っこを取り出してカウンターに置いた。


「おお、ちゃんと採集してきたようだな。関心関心」

「……」


 むーっとジト目で睨むミリアに、あくまで面白げにベルモールは、


「どうした? 折角のかわいい顔が台無しだぞ?」

「お世辞には誤魔化されませんよ。フロムエージェが植物型の魔獣だなんて聞いてませんでした」

「そりゃそうだろ。話してなかったんだから」

「何で話してくれなかったんですか?」

「あのな、普通は目的の植物を調べる際に植物型の魔獣だって分かるだろ?

 そうやって自分で調べる事もまた修行なんだ。違うか?」

「確かにそうですけど」


 意外にまともな意見が出て、やや戸惑うミリア。この人でもたまにはまともな事を言うんだなと思った。

 が、


「それに、事前に教えてしまったらフロムエージェの事を知った時の反応を楽しむ事ができなくなるじゃないか」


 やっぱりそれが本音ですか。少しでも見直そうと思った私が馬鹿だった。

 やれやれとミリアはため息をついた。

 バサバサとベルモールの腕に降りてくる鷹が一羽。


「あれ、この鷹ってメノン山地で上空を飛びまわってた鳥……」


 言ってはたと気づく。どうやらこの鷹はベルモールが生み出した使い魔だったらしい。使い魔と術者は視覚を共有する事が出来ると聞いた事があった。つまり、ベルモールは使い魔を使って逐一ミリア達の動向を眺めていたという事だ。

 フロムエージェの正体を知って動揺しまくっていたミリア達の様子も。

 何て悪趣味な。

 それが3人の共通の思いだった。


「何はともあれ、依頼は無事に完了だな。『青の水鳥亭』に依頼料を送っておいたから貰ってくるといい」


 そう言って、ベルモールは依頼書に完了の印を押した。これを『青の水鳥亭』のカウンターに持っていけば依頼料を貰う事が出来る。

 店を出て行く3人の後姿を見ながら、面白げに笑みを浮かべるベルモール。


「……フロムエージェを倒してくるとはね。さすがに気になって使い魔で様子を見てたけど、その必要もなかったか。

 そろそろ、正魔道士セイジのクラスも見えてきたかな」



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